第173話 扉の向こう側へ
「じゃ、じゃあ開けるですねん」
緊張を隠せないデンは巨大な鉄扉のたたき
誰からともなくゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
デンは静かに念を込める。すると、巨大な扉が内側にギギギと重厚感のある唸り声のような音と共にゆっくりと開いていった。
先に入っていくデンの後を追うように、ムサネコ、バイケン、ラヴィアンが続く。拓けた視界に飛び込んでくるのは、やたらと高い天井と、無機質な石が丁寧に削られて組み上げられた仄暗い壁。
「ただのただっぴろい空間だぜぇ」
「ええ、ここに鬼はいないんですね」
バイケンとラヴィアンがそれぞれ短い感想を漏らしていると、一人先に前を行くデンが振り向いて、大げさに肩を竦めてみせた。
「はぁ、さっきも言ったのですねん。鬼たちは大広間で宴会中だって」
「それにしたって、見張りもいないんですか?」
「宴会が始まれば、地下牢に閉じ込められている連中を除いたら、城の中の鬼はみ~んな大広間に集まるですのん」
調理や配膳は誰がやるんですか? とラヴィアンは口に出しかけるが、たぶんどうでもいい質問だと思い直して口を紡ぐ。
「おい、小鬼。んじゃよ、大広間に鬼が一堂に集まってるなら、いっそのこと、まとめて爆破しちまえば俺たちの勝ち確じゃねぇか?」
ムサネコの問いに、デンは宙に浮いたまま手足を素早くバタつかせた。どうやらイライラしているようである。
「オマエはバカなのん? 鬼には火耐性を持つ者も多いから、そいつらには逆に養分を与えることになる。ちなみに酒呑童子さまは当然耐性を持ってるし」
意外と本気で行けると思っていたのか、ムサネコはデンの言葉にわかりやすく肩を落とす。一つ溜息を吐くと、頭をポリポリとかきながら、再びデンに尋ねた。
「まぁ、言われてみりゃ確かにそうだわな。ちなみに、その大広間ってとこには何体くらいの鬼がいんだっけか?」
「数で言えば数百体はいるですのん。ただ、数よりも厄介なのは個体の強さ。オマエらがさっき外で倒した鬼とは強さも格も段違いの鬼たちばかりなのですねん」
「段違いつってもよ、お前も知ってると思うが俺たちゃ大江山四天王を倒してるんだぜ。さすがにそれよか強ぇ鬼はいねーだろうよ」
「四天王戦は2勝2敗だって聞いたのですのん」
「う……。ま、まぁよ。そうだったかもしんねぇけど……」
デンのハッキリとした物言いに、つい言葉に詰まるムサネコ。目の前のモヤっとした空気を手を広げて振り払うような仕草を見せると、思わず声が大きくなる。
「それでも五分じゃねぇか! 四天王ってのは酒呑や茨木の次に位置づけられる実力者ってことは間違いねぇだろ? なら今の俺たちなら――」
「勝ち目はないですのん」
「ッ――!?」
ムサネコの言葉を遮り、敗北を断言するデン。あまりの意外な言葉に顎が落ちたまま呆然とする。代わりに声を荒げたのはバイケンだ。
「て、てめぇっ! 一体どっちの味方なんだぜぇ?」
「もちろんオマエラ。今はですけどねん」
「……その割には随分ヘラっとしてんじゃねぇかぁ」
「アタイは元々こういう鬼なのですねん。そんなことより、こんなところでもたもたしてる場合じゃないですのん。早く酒呑童子さまを倒しにいかないと」
「ハァぁぁ? オメーが勝ち目がないとか言うから、どうしたもんかと途方に暮れてんじゃねぇかよぉ! 責任取って何か考えやがれぇ!」
あーそっか、とのんびりした声を出すと、納得した様子で考え込むデン。しばらく
「
「ハァ? 何言ってんだオメーはよぉ? 宴会してる鬼ども相手にどうやってそんな――」
「そこの白いのがさっき言ってたじゃないかですのん。爆破してやればいいって」
「そりゃオメーが速攻で却下しやがったじゃねぇかぁ」
「フリでいいですのん」
「フリだぁ?」
デンは鬼だからなのか、それとも元々の本人の性質だからなのか、とにかく説明が大まかで、要領を得ないことが多い。
「つまり、具体的に何すりゃいいんだぜぇ?」
「さっきも言ったですのん。鬼は耐性を持ってる」
「おう、だから?」
「赤鬼、青鬼、黄鬼。この三種類が大部分を占めるですねん。コイツらはそれぞれ、火耐性、水耐性、風耐性持ち。これでわかったか?」
わかったような、もうちょっと説明が欲しいような。バイケンが何とも言えない微妙な顔つきを浮かべていると、ラヴィアンが横から手を挙げて答える。
「ようは弱点属性で攻撃するってことですかね? でもさっきフリって言ってたから、実際には攻撃はしないで弱点属性攻撃を放ったように見せかけて、鬼の色ごとに分断する……とか?」
最後は自信なさげに声が小さくなったが、デンは手を叩いて喝采を送る。
「オマエ賢いですねん。だーい正解」
「そ、そうでもないですけど。でも、よかった」
ラヴィアンはホッとした表情を浮かべて胸をなでおろす。その様子に目もくれずに、デンは三人の正面に移動してそれぞれを見る。
「んじゃ、オマエラに質問。水属性、雷属性、土属性。使えるヤツは手を挙げるねん」
「時空間魔法を少々。あと、黒魔法は初級くらいは一応。けど、あんま自信がねぇ」とムサネコ。
「風魔法オンリーだぜぇ」とバイケン。
「わ、私も風魔法しか使えなくて」とラヴィアン。
「なぁにぃ! オマエラ、ぜんっぜん使えねーのですねん!」
「んなこと言われてもよぉ。って、ちょっと待て」
「どうしたのですねん?」
バイケンは話に飽きたのか、毛づくろいに夢中になっているムサネコの方を向くと、その両肩を鷲掴みにした。
「ムサシよぉ。お前って妖怪ハクタクに転生してんだよなぁ? んじゃ幻術が使えんじゃねぇのか?」
「あ? 言われてみりゃそうだけどよ。でも、ほとんど使ったことがねぇんだよな」
二人の会話を黙って聞いていたデンだが、何かを思ったのか、素早く印を結ぶと目を見開き、ムサネコに手をかざした。眩い青白い光に一同は目を奪われる。
「ふぅん。白いの。確かにオマエ、幻術が使えるみたいですねん。その身体中に埋まっている眼。四つ解放すれば使えるっぽい」
「……それがお前のアビリティ、〈鑑定〉ってか?」
「そうですのん。それより、時間がない。やれるならとっとと行く」
「ったく、生意気な小鬼だぜ」
そしてムサネコは静かに目を閉じる。そのまま髭を何度か弾いてから、再びゆっくりと目を開いた。その両目の上では額の眼がギョロリと開いている。
「んじゃま、とりあえずやってみっか」
ムサネコは首を回してコキコキと鳴らすと、大広間へ通じる扉に向かって一人、歩みを進めた。
「あの! ギルはどうします? 待ちますか?」
その後ろからラヴィアンが声を掛ける。そこには縋るような声色が含まれていた。
「アイツラなら今こっちに向かってる。でも、待たずにこのままの方がよさそうですのん」
ふわふわと宙に浮いたまま、デンがラヴィアンを諭すように言った。
「どういうことですか?」
「アイツラはじきに地下牢から上がってくる。そのまま進めば、大広間奥の階段に出てくるですねん」
「それがどうして待たなくていいことになるんですか?」
「鬼を分断したら、おそらくは黄鬼は二階へ逃げるからですねん。ギルたちがそのまま上に行けば踊り場の先で鉢合わせになる。オマエラが大広間に残った赤鬼を突破すれば二階で合流出来るはずですのん」
「でも、ギル一人で大丈夫でしょうか? クロベエはほとんど役に立たないですし」
何とかギルたちを待つ方針に話を持って行きたいという思いがありありと感じられるラヴィアンの物言いに、デンは一刀両断で切り返す。
「もし黄鬼にやられてしまうようなら、この戦い自体に勝ち目はないですのん。
それに、どの道ギルがここに来るには大広間を通ってこなければ無理。鬼の中には鼻が利くヤツもいるから、透明になってたって安全とは言えない。
それなら大広間の全員を相手にさせるよりも、分断して数減らしをして相手をさせる方がギルの生存率も上がるはずですねん」
魔城の構造や鬼の性質に一番詳しいのはもちろんデンだ。それに、言っていることも筋が通っているように思ってしまったのだった。
こうなってはもう反論はできない。ラヴィアンはデンをひと睨みすると、諦めたように表情を緩め、口角をやや上げて頷いた。
「わかりました。なら急いだほうがよさそうですね。ムサネコさん、やってもらうことが多いですけど大丈夫ですか?」
吹っ切った様子のラヴィアンに突然話を振られても、ムサネコは威風堂々とした佇まいを崩さない。
「問題ねぇよ。大広間に入ったら
「白いの。幻術を発現したら雷で青鬼を追っ払って、土属性で黄鬼を追っ払うですのん。そして、赤鬼は大広間に残す。間違えると全員袋叩きにあって即詰み。気をつけろ」
「んなことわーってるっての!」
ムサネコはどこか怒ったように肩をいからせながら、ズンズンと大広間の扉に向かって歩いていく。
(あっぶねぇ。普通に間違えるところだったぜ……)
ムサネコが内心焦っていたことなど知らず、バイケン、ラヴィアン、そしてデンがその後に続く。
ここからが本当の戦い。
この扉の向こうに酒呑童子が待っている。
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