第165話 真打ち
鬼の結界の手前で、今か今かと待つ一行の元へ戻ってきたクロベエ。
泣きながら戻ってきた時はギルたちはギョッとしたが、ようやく落ち着きを取り戻したクロベエの話を聞いて、その理由に
「なるほどな。お前の言っていることが確かなら、俺たちにもチャンスが巡ってきたって訳じゃねぇか。まさか鬼同士で仲間割れとはな」
ムサネコはクロベエの報告を聞くと、悪巧み風に口角を上げた。クロベエはムサネコが酷い冷血漢に思えて、わなわなと震えている。
「茨木のおねーちゃんはボクをかばったから捕まっちゃったんだ! それなのに何だよチャンスって! 父上でも言っていいことと悪いことがあるぞぉ!」
クロベエは猛然とムサネコに飛びかかる。
「うぜぇッ」
「ぐべっ」
が、勝てる訳もなく、ネコパンチで軽々とはたき落された。
「うぅ、この鬼畜ぅ! 妖怪! 化け猫! 父上のバーカ!」
「うるせぇぞ。ちょっとは落ち着け。誰も茨木をそのままにするとは言ってねぇだろ。ただ、罠とも限らねぇし、見極めは慎重に行って然るべきなんだよ」
腕を組みながら鼻息荒くムサネコが言うと、バイケンもその意見に同調する。
「あぁ、ここから先は一つのミスが全員の命の危険に直結するだろうなぁ。もしこれがヤツらの策略で、茨木が囮だったりしたら総倒れもありえるんだぜぇ」
「ふ~む」
バイケンの意見に、黙考していたじろきちが声を漏らした。
「何だぁじろきち? お前は何か考えでもあるのかだぜぇ?」
「うむ、まぁないことも無いのじゃが、まずはクロベエの報告の続きを聞かぬか? おヌシら、皆興奮して茨木の話しかしとらんぞ」
「まぁ確かに」
おそらく最年長? のじろきちの意見に一同は首肯する。
じろきちに促されると、クロベエは魔城の見取り図を地面に記していき、城下町や城の警備体制、どこに何体くらいの鬼がいるのかを伝えた。
「ということは、クロベエは城の二階まで行ったんですね。そこに茨木童子の部屋があったということは、鬼の双璧と呼ばれている酒呑童子も同じく二階にいる可能性が高そうですね」
ラヴィアンの推測はごく自然なものに思えたが、クロベエは小さくかぶりを振る。
「どうかな。茨木のおねーちゃんは普段は城にあまりいないらしんだ。自分じゃ外を出歩くのが好きみたいに言っていたけど、見る限り酒呑童子との関係が良好には思えなかった。実力は五分かもしれないけど、城の中での待遇には差がありそうだったよ」
「へぇ、よく見てきましたね、クロベエのくせに」
「何だよー! ラヴィアンまで酷いじゃないか!」
「冗談ですよ、冗談。でも、その見立てが確かなら、酒呑童子の居場所は掴めないってことになりますね」
ラヴィアンの言葉を受けて、一行に沈黙が降りる。しばらく時が流れ、静寂を破ったのはギルだった。
「……わかった。じゃあ二手に別れようよ。本隊は正面突破。別動隊は茨木を訪れて話を聞きに行く。酒呑童子の居場所や弱点、その辺りを聞き出せたらこっちに有利な展開が作れると思うし」
「それならボクは別動隊だね。でも、一人じゃ心細いからじろきちも一緒にどう?」
クロベエはじろきちにご執心なのだ。銀色の毛並みが美しい狐に一目惚れした様子なのだが、ぞんざいに扱われていてもまだ諦めていないらしい。
「うむ、嫌じゃ」
「ガーン!」
一秒でフラれるクロベエ。心なしか、目には涙が浮かんでいるように見える。あまりに残酷な秒殺劇を見かねたのか、ラヴィアンがすかさず助け船。
「まぁまぁ。それなら私がクロベエと行きますよ」
「いや、お嬢はダメだ」
ラヴィアンの発案をムサネコが拒絶する。
「どうしてですか? クロベエ一人じゃさすがに不安ですよ」
「お前は本体で後方支援と回復。それが適材適所だろ」
「でも……」
「そっちはギルに行ってもらう」
本隊の先陣を切るつもりで、やる気満々でシャドーボクシングをしていたギルの動きがピタリと止まる。
「はい? 何言ってんのムサネコさん? 俺は本隊でしょ。ここで修行の成果を発揮しなかったら、何のために今までやってきたんだかわからないって」
「いや、お前は別動隊だ。どういう訳か、お前は茨木にすこぶる相性がいいみたいだからな。仮に茨木が鬼どもの囮だった場合、お前以外に勝ち目があるヤツはここにはいねぇ」
「え~。だって、別動隊って何か地味じゃん。クロベエみたいな卑怯な地味キャラがやるもんでしょ」
昔はこんなことを言う子ではなかったのだが、学業から離れて自然の中で過ごすうちに野生化して、どんどん口が悪くなってきている様子のギル。
「何をー! ボクは地味キャラなんかじゃないぞぉ。自分こそ呪いまみれの呪い小僧じゃないか」
「何だと、この地味キャラ卑怯猫がぁ!」
「おぅ、やったらぁー!」
ギルはクロベエの髭を両手で鷲掴み、クロベエは爪でめちゃくちゃにギルの顔面を引っ掻いている。緊張感のない二人に一行は呆れて言葉を失っている……と。
『そなたら、この期に及んでまーだそんな。ほんと相変わらずだねぇ』
空から風鈴の音のような涼やかな声が零れてくる。一行が一斉に見上げると、夜空の星々が流星となって次々と地上に降り注いでくる。その中のひと際大きな流星の背に乗って、一人の少女が真上から落ちてきた。
『きゃー! どいてどいて! みんな死んじゃうよォォォ』
「うわぁぁぁあっぶねぇーーッ!」
【ズドーン】と辺りに低音が鳴り響き、山の中腹にぽっかりと空いた穴の中から「ごほげほっ」と言う咳払いが聞こえてきた。間を置いて、土煙と共に穴から這い上がってきた、土埃にまみれた少女が現れる。
「真打ちの登場じゃな」
そうじろきちが漏らすと、ムサネコはふんと鼻を鳴らして悪態をつく。
「相変わらずはどっちだか。テメーはそのカッコつけて登場したがるクセをどうにかしろっつーの」
少女は「たはー」と言っては少し照れくさそうに、おでこをぺチンと叩いた。
稀代の陰陽師、
降臨。
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