第50話 【サキソマ編 参】純粋な悪

 目が覚めると外は真っ暗で、居間に置いてあった時計を見ると夜中の1時を少し回ったところだった。


 サキソマは立ち上がり、着の身着のままで家を出る。外はどしゃ降りの雨。


 向かった先はレイリオの家。あまり深くは考えていなかったが、昼間の言いがかりに納得がいかないと言うのが思いつく限りの理由。


 雨の中、三十分ほど歩き到着すると、外から家の中を覗く。飼い犬がサキソマに気づき吠えたので、刃物で喉元を突き刺して殺した。一切の躊躇も無くなっていた。


 庭に入り、玄関のノブを回すと当然のようにカギが締まっている。家の周囲を歩いていると大きな窓が目に入ったので、庭で積み途中になっていたレンガを拾って窓を叩き割る。


 そのまま家に侵入すると薄明りの中、大きなベッドに枕が二つ見えた。どうやらレイリオの両親の寝室のようだ。


 物音でレイリオの父親が飛び起きたのか、背後から突然掴みかかってきたので、振り向きざまに腹をえぐるように刃物で何度も突き上げる。


 視線を回すと部屋の隅で口元を手で抑えて震えている母親らしき人物に目が留まる。ゆっくり近づいていき、手で口を塞ぐと、間髪入れずに胸を数回突き刺した。



「あいつらは……どこだァ?」


 家の中を徘徊する。一階の部屋を一通り見て回ったが、彼らはどこにも見当たらない。二階に上がり、最初に目についた左側のドアを開けると、そこには起きたばかりと思われるレイリオが奥の窓の手前に立っていた。



「だ……誰っ!?」


 レイリオが叫ぶと、「俺だよ、サキソマ」と言って口元にうっすらと笑みを浮かべた。その瞬間、まるで図ったかのように外に雷が落ち、サキソマの姿を一瞬だがレイリオの目にはっきりと映し出した。


 何人もの返り血を浴びた服は真っ赤に染まり、手には刃物を握りしめている。その姿はまだ幼い少女を絶望させるには十分すぎるものであった。



「こ、こここ、ここは私たちの家だ! い、今すぐ出ていけッ!」


 レイリオが震える声を何とか取り繕って叫ぶがサキソマは全く意に介さない様子で問いかける。



「あのさァ、改めてだけど、実際、俺のことどう思ってた?」


 レイリオは俯き、恐怖に耐えながら、間を置き思考を巡らせる。サキソマの方を向くと、眼差しに力を宿して薄い唇を動かした。



「……最初は別に気にならなかったけど、見る度に気持ちが悪いと思っていたわ」


「何だとッ!? テメェはこの状況がわかって言ってんのかァッ!?」


 サキソマは、レイリオから発せられた予想外の言葉に激怒した。怒りに打ち震えながら無言で刃物を構えてレイリオに近づいていく。すると次の瞬間、右の側頭部に激痛が走り、思わず左膝を地面についた。


 振り向くと、そこにはウルマーが長い棒を持って立っていた。サキソマは殴られた側頭部を手で押さえながら立ち上がる。



「そうか、テメェが、そこにいたのか……」


 声に出すと、ウルマーが再び棒を振りかぶって襲い掛かってきた。ほぼ同時にウルマーに向かって飛び込み、先に刃物で右手首を切りつける。ウルマーはあまりの激痛に膝をついて悲鳴を上げた。


 さらに上半身を足で突き押して仰向けに倒すとその上にまたがり、今度は左手の上腕部に力の限り刃を突き立てた。



「うぎぃぃやぁぁぁぁぁ!!」


 激痛で床を転げまわるウルマーをしばらく眺めた後、「コイツはいらねぇな」と言って、喉元を真横に切り裂いた。そして、レイリオの方を振り向くと再び声を掛ける。



「……で、俺のことをどう思っていたって?」


 兄が殺される様子、そして狂気に支配されたサキソマを見て、レイリオはふっと気を失って膝から崩れ落ちた。ゆすって目覚めさせようとするが、レイリオは一向に目を開けない。


 サキソマはレイリオの服をすべて刃物で切り裂き裸にすると、以前、自分の父親と母親がやっていたように自分も裸になって、レイリオに重ねた。


 それだけでは飽き足らず、父親がやっていたように髪の毛を鷲掴みにしたり、首を絞めたりしながら体を重ねてみる。すると、今までに味わったことのない苛烈な快楽がサキソマの全身を駆け巡った。


 すると首を絞めている最中にレイリオが目覚め、薄目を開けて何か声を漏らした。サキソマはふっと両手を離す。


 二人は息を切らし、しばらく黙って見つめ合っていたが、レイリオは突然サキソマの顔に向かって唾を吐くと、鬼の形相の中に血の涙を浮かべていた。



「何度だって言ってやる……お前は醜い、気持ちが悪い。お前は……お前だけは死んでも許さない。この魂が灰となって尽きるまで永遠に呪ってやる――」


 レイリオの呪詛を聞き終えると、サキソマは細い目を見開き、力の限り両手で首を絞めた。レイリオは手足をバタつかせて暴れたが、しばらくすると突然糸が切れた人形のように力を失った。サキソマは目的を果たしたことである種の満足感を得ていた。


 その時、サキソマの頭の中に声が入ってきた。



『サキソマよ。貴様は罪を重ね過ぎた。よって、貴様にふさわしい【器】に収容する』


 それは、聞き取れはするが、人の声帯では出せないような、太く、禍々しく、脳裏に響くような声だった。


 一瞬の後、頭の中にどす黒い闇が流れ込んでくる感覚を覚えるとともにサキソマは意識を失う。



 そして再び目覚めた時。真っ先に視界に映った自分の胴体、手足。それは人のものではない。醜い身体をした化け物だった。


 辺りを見渡すと、一度も見たことも訪れたこともない鬱蒼とした森の中。再び頭の中に声が入り込んでくる。



『その姿は罪を犯した貴様の【器】だ。邪悪で凶悪で卑劣な貴様は、その醜い牢獄の中で生涯誰にも愛されることなく、孤独に無様に生き続けるがいい』


 サキソマは何度も声に出して返答を求めたが、声はそれきり聞こえなくなった。ただ、自分がどこか別世界の何者かに強制転移させられたこと。そして、入れられた器が人外だということは理解した。


 近くの川に行く。水面に映る自分の姿を見る。なるほど、確かに醜い。しかし、だからどうなのだとサキソマは思う。むしろこの身体の方が前の身体よりも何十倍も大きいし、何よりも力強い。



(俺は二度と罪の意識を抱くことはない。ただ、見た目さえ目立たなくなれば色々と好都合なのだが)


 サキソマはそんなことを思いながら、前世の習性からか川沿いを当てもなく歩き続けた。


 転移してから数日が経ったある日、サキソマは川辺で醜いカエルの化け物と出会った。カエルはサキソマを見るなり汗をかき始めた。サキソマはカエルに尋ねる。



「そうビビんなよ。俺はお前を食ったり殺したりする気はない。それよりも、この姿を目立たなくする方法を知らねぇか?」


 すると、カエルは薄気味の悪い表情を浮かべて返答する。



「へ、へぇー、アンタ何も知らないようね。アタシたちのような異形には、〈変化メタモルフォーゼ〉というアビリティが成長過程の中で付与されることがほとんどなのよ。まぁ擬態の一種ね。アンタがどうしてもって言うなら、発動方法を教えてあげてもいいけど」


 カエルの言うように、〈変化メタモルフォーゼ〉は妖怪や異形の種であれば成長期を過ぎた段階で所有していることが多く、それはサキソマも例外ではなかった。


 見た目も言い方も気に入らないし、気は全く合わなかったが、利害が一致していたサキソマとカエルのヨウザは手を組むことになった。


 そして、二人は人の姿に化けては人を襲い、その道中で極悪人がいれば声を掛け、仲間にしていったのであった。


 この時から半年後。貿易都市アルヴェスタを恐怖に陥れるA級凶悪クラン〈骸蛇がいじゃ〉が生まれた。

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