ネコの夢が覚める日【ウビーニの短編集】

ウビーニ

1.災害を起こしてしまう人への傘

明日は、自分が爆発する日。物や人を巻き込みながら、自分が吹き飛ぶ日だ。自分は「災害人」と呼ばれる、不特定多数の人間の生命を脅かす可能性のある人間だった。

だから今日、小型の爆弾を抱えて、一人で爆発した。


災害人は、それぞれ自分が起こしうる「災害」をあらかじめ把握しておき、できるだけ被害を最小限にする努力をしなければならない。

だからといって自分を爆破しなければいけない、というわけではなかったのだけれど、ここしばらく、自分は災害を起こしていなかった。

ほぼ一定の周期のあるはずの災害人が、今までにないほどの時間を空けた後に起こす災害は、一体どのような被害をもたらすのか、想像できなかった。


それがとても怖かった。今目をつぶって、朝起きたら、自分の爆発の巻き添えになった近所の人たちの死体を見ることになるのではないか。そう思うと、怯えて夜も眠れなかった。


自分は、自分のせいで死んだ人を見たことがあった。あれは、自分には耐えられるものではなかった。

本当のことを言えば、自分の身に起こることについては大して怖くはなかった。でも、他人に起こることについては、そんなもの、言葉にできるものではない。

喉に石を詰められたような、雨の中の奈落に沈むような、みんなに自分を認識してほしくなくなるような、そんな気分になる。


だから、そのずれまくって、どのような被害をもたらすか分からなくなった爆発を、自分を爆破することによって、更に先延ばしにしてしまおう、と思いついたのだった。

この周期の問題に対してどんな行動が最適なのか、それを見つけ出せる人間がいるはずはない、と思っていた。大人に相談せず、一人でこのような行動に出たのは、そんな理由からだった。


ちらほら人の姿が見える、川の下流の方で爆弾に火を付けなくて良かったな、と、自分の身をぶちまけた火薬のにおいを嗅ぎながら思った。

ひとけのない上流まで苦労して登ってきた自分を、心の中で褒めた。


初めて爆弾に火をつけた瞬間を思い出しながら、カラカラに乾いた眼球で、緩やかな川の流れを見つめていた。

さらさらと流れる川を見ていると、なんだか不思議な気持ちになった。今から少しずつ鮮やかな緑に変わっていくと思われる木々の葉っぱたちに囲まれて、川は頼りない水の音を出している。

下流の方では立派な橋が架かっていたが、その川の始まりは、こんなにも小さいことが意外だった。


散り散りになった自分の身に視線を移して、これからの暇な時間のつぶし方を考えた。

爆弾に火をつける前に見たスマホは、午後4時を示していた。

元々自分が爆発する予定だったのは、明日の午前10時頃。それまでの18時間が、とても長く感じることになるだろう。


そんな中、ふと、落ち葉が動く音に気付いた。カサカサ、何かの生き物がそれを押しつぶす音だ。

爆発音以来は自然の音以外聞こえなかったから、久しぶりの刺激だった。

「あーあ、何をしてるんだか。」

突然のその声に、驚く。


慌てて、指が減った右手で眼球の向きを変えた。

制服のスカートを風でひらひらさせながら、こちらを見下ろす、幼馴染が立っていた。呆れた表情をしている。

「今度は何を考えたの。」


驚きながら、手元の石ころをどかして、地面に文字を書く。

「どうしてここに」

幼馴染はふんと鼻を鳴らして、「私の質問に先に答えてよね。」と不機嫌そうに言った。


勝気な彼女には、口でも、喧嘩でも勝てたことはない。しぶしぶ地面の文字をこすって消す。

どんな文字を書けばいいのか、焦って言い訳を考える。


言い訳をしようとしていることに気付いた幼馴染は、わざとらしくため息をついて、爆発のせいで落ち葉が吹き飛び、剥き出しになった地面に腰を下ろした。

あ、スカートが、と心配する自分をよそに、幼馴染はゆっくりと周囲を見回す。

風の音と、川の音に耳を澄ませている。川の水や木々の一つ一つに、時間を掛けながら視線を移していく幼馴染の横顔は、いつもより大人びて見えた。

「いい所じゃん。」



「それはそうと、明日は雨だって知ってるの?」

思わず手を止める。

「うそ!」

急いで文字を書きなおす。


幼馴染は、とある木の根元に、赤ちゃんのハイハイのように這って移動し、そして、見慣れたスマホを手に帰ってきた。

その木の根元は、自分が爆弾を抱える前に、自分の服や、スマホ、懐中電灯などを置いていた場所だった。


他人のスマホをすいすいと慣れた手つきで操作して、明日の天気予報を見せてくれた。

雨のち曇り。降水確率は80パーセント。

思わずうなる。

自分が起こす災害の被害を最小限にする方法として自分を爆破することは、良い判断だと思っていたけど、これはいけない!

「しらなかった」

「バカ。そんなことだと思った!」

頭をぺちぺち叩かれた。自分もそう思う。文句は言えない。

「ねえ かさ かして」

幼馴染はちらっと地面の文字を見て、即答した。

「やだ。」

「けち!」


一度帰ったはずの幼馴染は、太陽が沈み始めてあたりが暗くなってきた頃に、もう一度落ち葉を踏みに来た。

憎まれ口を叩きながらも、手にはピンク色の傘を持っていた。


木の根元に置いていた自分の服や、スマホなどを広げた傘の下にしまい込み、

そして、その傘が風で飛ばされてしまわないよう、持ち手の部分や露先を土に埋めた。

彼女が置いていった傘に自分を集め終わり、朝を迎える頃には、ぽつぽつ、と自然の音が増えてきていた。

空の明るさは、夜とさほど変わっていない。そんな空から落ちてくる音が、夜の間親しんだ他の音を、段々と侵食していく。


きっと、いま誰かが落ち葉を踏んでも、自分はその音に気づかないだろうな、と思った。だから傘が雨音をはじく、ボツボツという唯一の「人間の音」が、唯一安心できた。


いつの間にか、幼馴染の顔を思い浮かべていた。

「いい所じゃん。」

そう言いながら浮かべた表情だ。


今日が終わって、次の災害の予定日が判明して、自分が幼馴染と会話できる状態になって、親に言い訳して…そして、色々な問題が解決したら。

そうしたら、また、幼馴染とここに来たい。


土の匂いが濃くなるのと同時に込み上げてきた、喉に石が詰まったような、雨の中の奈落に沈むような感覚に目を回しながら、ぼやりとそう思った。

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