第10話 それから

「……つまんねぇ」

 荘志は、自習室の机に突っ伏して、そう呟く。

 荘志の隣の席には、誰もいない。

 代わりに、昼食が入ったコンビニのレジ袋がある。

 

 荘志と美琴が話さなくなってから、一週間が経った。

 それからというもの、荘志の日常は美琴と出会う前の、無気力なものに逆戻りしていた。

 ふとすると、荘志の頭の中に、美琴の笑顔がフラッシュバックする。

(忘れられるわけ、ねぇだろっ……)

 荘志にとって、夢を失うことはとても辛いことだった。


 ――でも、こんなこと言っても仕方がない。

 荘志は苦しい顔をしつつも、勉強をしていた。







「つまんないなぁ……」

 図書館を出ると、美琴は小さな声でそうこぼした。

 隣には、誰もいない。


 美琴と荘志が話さなくなってから、一週間が経った。

 今までの日常は、美琴にとって夢のようだった。

 ずっと恋から離れていた美琴が、久しぶりに恋をした。

 こんなに恋に夢中になれたのは、初めてだった。


 でも、美琴は自ら恋に蓋をした。

 ――もう恋なんてしない。

 美琴はそう自分に言い聞かせた。


 でも、ふと思い出してしまう。荘志の笑顔を。


 そんな暗い逢魔が時――。



「――あ〜、白木さん〜」



 ――っ。


 その女は、突然現れた。


「わ〜、偶然だね〜」

 彼女は、取り繕った緩やかな声でいう。

「……何?」

 美琴は素っ気なく返す。

「なに〜、つめた〜い。やだぁ、かずくん、お友達に会っちゃった!」

 そう言って、華恋は『かずくん』と呼ばれた男の腕に抱きついた。

「あ、これ彼氏の一也かずやね〜。イケメンでしょ〜」

「よろー」

 可憐の彼氏と紹介された男は軽薄な挨拶をする。

 薄茶めいた髪の毛に、ガッチリしたガタイは荘志に匹敵するほど。チャラチャラした印象だ。


「そういえば白木さん、は〜? もしかして、別れちゃったの〜?」

「……もとから付き合ってないから」

「そっか〜。まああんなヤンキーみたいなのはちょっとアレだよね〜」

 ――あなたの彼氏もヤンキーみたいだけど!?

 美琴は溢れそうになる怒りを、胸に飲み込む。

 ここで変に反論しない方がいい。それを分かっていた。

「あんな脳筋みたいなののどこがいいんだか、ってかんじだよね〜」

 ――我慢……我慢。

 荘志のことを悪く言われ、美琴の中にふつふつと怒りが湧いてくるが、必死に我慢する。

「……うん……それじゃあね」

 美琴が限界に達して、立ち去ろうとした時、


「え〜、なにその、ダサッ」


 華恋は美琴のバックに付いている、ウサギのキーホルダーを見ながら言う。

 華恋の何気ないその一言。

 それに対し、美琴の何かが切れた。



「これは! 荘志くんが選んでくれたキーホルダーなのっ!」


“バチンっ”



 美琴は、可憐の頬にビンタした。


 一瞬、時が止まったように静寂が訪れる。


 ――や、やっちゃったぁ。


 つい、大切にしていた荘志に貰ったキーホルダーを馬鹿にされて、華恋に手を出してしまった。


「な、なにすんのよっ!」

 少々のタイムラグを経て、華恋は血相を変えて叫ぶ。

「おい、テメェなに華恋をキズ付けてんだよっ!」

 一也も、顔を怒りに滲ませて美琴との距離を詰める。

 その距離は一足一刀。一也は今にも美琴を殴りかかりそうな勢いで睨む。


 ――こわい。

 美琴は華恋を手を出してしまったことを、今さらながら後悔する。

 これからこの男に殴られるのだろうか。

 ――た、助けて……!

 美琴は恐怖に涙が溢れそうになったその瞬間――、



「――その女に触るんじゃねぇ」

 


 ドスの効いた低い声が響いた。

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