第9話 些細な歪み

「今日も疲れたー」

 荘志は眠たそうに言う。


 華恋が美琴の前に現れた日の翌日の帰り。


 美琴は荘志の無邪気な姿をぼーっと眺めていた。


『白木さん、また男に色目使ってんの~』


 ――っ。


 昨日の華恋の言葉が思い返される。

 華恋のことを思い返すと、中学のころに受けてきた嫌がらせも一緒に思い返される。


 ――これまでずっと恋を避けていたけれど、やっぱり恋をしてもいいことないのかもなぁ。


「なあ」


 美琴が思い悩んでいると、荘志が美琴の顔を覗き込むようにして見る。

「美琴、今日どうしたんだ? なんか、めっちゃぼーっとしてるけど」

「い、いや! ちょっと考え事!」

 美琴は慌てて誤魔化す。


「……おい」

 荘志は急に声音を低くする。


「うん? ……ちょ、えぇ!?」


 荘志は美琴の顎を持ち上げ、顔を近づける。


 ――まって!! ど、どういうこと~!!


 荘志のいきなりの行動に、美琴は戸惑いながらも鼓動が高鳴る。

 荘志の目は、真剣そのものだ。


 美琴は顔を真っ赤にしながらも、覚悟を決めて目を閉じる。


「美琴――、これどうしたんだよ」


「ぅん……え?」

「これだよ」

 荘志は美琴の首を指す。

「傷ができてる……」

「あ、あー……!」

 ――キ、キスじゃなかったぁ~。

 美琴は恥ずかしさに顔を紅色させる。


「こんな傷、普通できねぇだろ。なんかあったのか?」

 荘志は心配そうに言う。

「……いや、なんでもないよ!」

「いや、なんでもないことないだろ」


 ――荘志くんに心配かけたくない。荘志くんに迷惑かけたくない。


 今は二人にとって大切な時期だ。

 荘志くんに余計な気を使わせる訳にはいなかい。

 それに……、こんなことしてたらまた華恋が嫌がらせしてくるかもしれない。


 ――私なんかが、恋なんてしない方がいいんだ。


「……荘志くんには関係ないじゃん」


「……はぁ?」


 美琴は初めて、荘志に冷淡な態度をとる。


「関係ないでしょ?」

「んなわけねぇ――」


「もう、いいから!」


「……え?」


 ――恋なんて……!


「もう、いいから!」


 美琴はそう強く言い、荘志を突き放す。


「……明日からは一人で勉強させて。お弁当も自分で用意して」


「なん、で……?」


「帰りも一人で帰るから。……じゃあね」


「お、おい……!」


 美琴は一人でスタスタと歩いていく。


 昔のように、自分の恋心に蓋をして。


 本心とは真逆のことを言って。


 大切な人に、ひどいことを言って。



 ――これで、いいんだ。



 目に滲んでいた涙を荘志は知ることがなかった。



 こうして、白木美琴は失恋した。





 ――なんで……。俺嫌われちゃってたのかな……?


 荘志は一人取り残される。


 急に美琴に、ある意味での別れを告げられてしまった。


 ――くそっ……!


 荘志は近くにあった壁を叩く。

 前まであんなに仲良しだったのに……。

 あんなにいい感じだっだったのに……。


 ……でも、


 ……でも、よく考えれば、あたりまえなことかもしれない。


 美琴に愛想尽かされちゃったんだな……。


 第一、あんな可愛い子が俺なんかのために毎日勉強を教えてくれて、お弁当を作ってきてくれたのがおかしいんだ。

 美琴だって自分の勉強があるのに、俺のために時間を使うのは時間の無駄だ。

 こんな出来すぎた話なんて、あるわけない。


 これ以上俺が美琴に近づいても、美琴のためにならない。

 きっと、そうだ……。



 ――これで、いいんだ。



 荘志は涙ながらに別れの覚悟を決めた。


 あーあ。また夢叶えられなかったわ……。

 


 こうして、小高荘志は失恋した。







―――――――――――――――――


 シリアス展開が続いてしまい申し訳ありません。

 明日は九時と十八時に、二話投稿します。

 物語はクライマックスへと向かって行きます。最後までお読みいただけたら嬉しいです。

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