第8話 再来

「じゃあな、美琴!」

「じゃあね、荘志くん!」

 荘志と美琴は、駅前で別れる。

 荘志は近所に住んでいるので、図書館から家まで歩いて帰っている。だが、美琴がまたナンパに遭うかもしれないので、荘志は電車で帰る美琴をいつも駅まで送っていた。

 

 荘志に手を振り別れて、美琴は軽い足取りで駅の中へ向かう。


 二人の夏休みの日常が始まって、二週間程が経った。

 二人の両片想いの関係は、変わらず進行中である。

 それでも、二人はこの日常が好きだった。

 恋仲にはならずとも、二人で過ごす毎日は、二人にとってかけがえのないものだった。


 ――今日も楽しかったなぁ。


 美琴はそんなことを思いながら駅に入ろうとした時――、



「――白木さん、久しぶり~」



 後方から、抑揚のない声が掛かる。

 その女・・・は、現れた。


「——い、岩間、さん……。なんで」


 岩間華恋いわまかれんは、張り付けたような満面の笑みでこちらを向く。


「久しぶりだね~。あ、お祭りの時に会ってたか~」

「な、なんの用?」

 美琴が聞く。


「別に~。白木さん、また男に色目使ってんの~?」


「なっ……」

 華恋は、嫌味全開で言った。


 美琴と華恋は、同じ中学の知り合いだった。……もちろん、仲が良かったわけではない。


 それは、ありふれた嫉妬心から生まれた。


 遡ること、中一の頃。

 華恋に、好きな男の子ができた。華恋にとって、初恋だった。

 華恋はその男の子にアピールをするが、なかなかうまくいかない。

 それでも華恋は諦めずにアピールをした。

 そしてある日、華恋は勇気を持ってその男の子に告白した。

 しかし、返ってきた返事は『ごめん、好きな人がいる』——。


 その好きな人が、美琴だった。


 華恋はそれを知って、美琴に対し深い嫉妬心を持つ。


 それ以来、華恋は美琴のことを毛嫌いした。

 華恋は、廊下ですれ違えば足を引っかけたり、物を隠したり、無視したりと、美琴に対して陰湿な嫌がらせを始めた。

 典型的な嫉妬からの嫌がらせだった。


 些細なきっかけから起こった二人の関係は、陰惨なものだった。


 美琴はそれを、ずっと一人で我慢し続けていた。一人で、抱え込んでいた。


 それ以降、美琴は男子と接することも避けるようにした。

 そうすれば華恋の妬み心も減ると思ったから。

 こんなことになるなら、男の人と関わりたくなかった。


 ちなみに高校生になってもその名残で美琴は男子とあまり話さなかったため、美琴はずっと恋をしてこなかったのだ。


 華恋とは中学を卒業してからは、もう二年以上会っていなかったのだが……――。


「へへ、まあどうでもいいけど。久々にあんたと話してみようと思っただけ」

「……そう」

 華恋は嫌らしい顔で言う。


「そういえばこの前の男、彼氏~? あんなヤンキーみたいなやつ、どこがいいの~」


 ――っ。


「――そ、それは……違う!」


 美琴は一歩可憐の前に進み寄る。


「荘志くんは、そんなのじゃないっ!」

 

「な、なによ……」


 美琴は中学時代はずっと我慢してきたが、初めて華恋に反論した。


「荘志くんはすごく優しくて、強くて、かっこいい人だから……!」


「…………」


 美琴は、力強く言い放つ。


「私のことを悪く言うのはいいけど、荘志くんのことは悪く言わないで!」


 ――――。


 美琴は自分の突飛な行動に、自分でも驚いた。


 それほど美琴は、荘志を馬鹿にされることが嫌だったんだと気付いた。

 美琴にとっては荘志は、誰よりもかっこよくて、大切な人。そんな荘志を悪く言われるのは、許せなかった。



「――アンタさあ、調子乗ってない?」



 華恋が、包み隠さない低い声で言う。


「ひゃっ……!」


 華恋は美琴の首を掴み、壁に押し遣る。


「ずっと思ってたんだけどさ、アンタちょっとかわいいからって調子乗ってるよね」

 華恋は美琴を睨みつけて、言う。


「ホンッッットに、気分悪いんだケド!」


 華恋は吐き捨てるようにそう言って、美琴を離し、去って行った。



 美琴は地面に座り込んでしまう。

 目には涙が滲む。

 美琴にとってずっとある種のトラウマだった華恋が、また現れるなんて……。



 ――やっぱり私、恋なんてしないほうがいいのかなぁ……。



 夜の涼風が、ふと一筋吹いた。

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