第6話 息抜き

 勉強終わり、いつものように二人は図書館から出ると、外はいつもと違う雰囲気だった。

 辺りいっぱいに広がる屋台、浴衣を着て歩く人々、遠くからは太鼓のような音が響いている。


「今日祭りだったのか……」

「受験生だから全然意識してなかったね……」

 二人は愕然とする。

「まあ受験生には遊んでる余裕ないからね」

「……そうだな」

 楽しむ余裕はないが、せめてこんな受験生らしい愚痴を言い合える人がいてよかった、と思う二人だった。


「な、なあ」


 荘志は少し気恥ずかしそうに言う。

「あれ、やっちゃダメか……?」

 荘志が指差したのは、”ストラックアウト”。

「なんか……久しぶりに野球やってみるのもいいかもなぁ、って」

 荘志はふと屋台を見て、やりたくなったのだ。

「そっか、荘志くん野球部だったもんね。……ちょっとくらいは遊んでもいいよね」

 美琴は小悪魔的な笑みを浮かべながら言う。

「だよな! せっかくの祭りだし、ちょっとくらいは!」


 そう言って二人は屋台へと足を運ばせる。

「すいません、一回お願いします!」

「おう!」

 荘志に負けず劣らずのマッチョな店主が、ボールを渡す。


(ボールは十二球、的は九つで、距離は……ホームベースからマウンドよりも少し近いくらいかな……)

 荘志は自分の中で計算をする。

 そして、確信した。

(……九球で終わらせる)


 荘志はキレイな投球フォームで、一番から九番の的を順に射貫いていく。

 引退したブランクなんて全く感じさせない。

 ただ淡々と、“バンっ”という的が落ちる音が響く。

 そして、九球目に放ったボールは、真っすぐと力強く九番の的を真ん中を射貫く。


「――荘志くん、パーフェクト!? え、めちゃくちゃ上手じゃん!」

 美琴が驚きの声を上げる。

「元四番キャッチャーなめんな」

 荘志はどこか誇らしげに言う。

「すごいよ荘志くん!」

「あ、ありがと」

 素直に褒めたたえる美琴に、荘志はつい顔を赤くする。


「にいちゃん、うまいねぇ! パーフェクトは景品から好きなのどれでも一個持ってきな!」

 店主は荘志を煽てながら、景品が並べられている机を指す。

「はい!」

 机には文房具やペンライトなど沢山の種類の景品があった。その中から荘志が選んだのは……、


「おっさん、これ頂戴!」

「お、かわいいの持ってくじゃねぇか!」

「ま、まぁな」

 荘志が選んだのは、ビーズで作られた可愛らしいウサギのキーホルダーだった。


「……美琴、これやるよ」

「え? いいの?」

「おう。っていうか、元からそのつもりだったし。美琴のために選んだんだからもらってくれよ」

「あ、ありがと!」

 荘志の素直な言葉に、美琴は少し頬を赤くする。

「美琴、実はこういうかわいいの好きだろ?」

「な、なんで知ってるの!」

「お見通しだ。美琴はしっかりしてるように見えてかわいいところあるんだから」

「も、もう……!」

 美琴は恥ずかしがりながら、上目遣いで荘志を睨む。

 ――か、かわいいってどういうことっ!

 美琴の心の中はパニックだったりする。


「なあ、奢るからよぉ、かき氷食べないか?」

「かき氷って! 小学生じゃないんだから!」

「ふと食べたくなったんだ」

「まったく……。別にいいけど……!」



 その後も、二人はなんやかんや出店を回って遊んでいた。



「やばい……! もうこんな時間だ……!」

「まって! やばい……遊びすぎちゃったね」

 美琴は悪戯な笑みを浮かべる。

「……まあ、一日くらいいいよな!」

 荘志も無邪気に笑う。

「その……、美琴と祭り回れてめっちゃ楽しかった! ありがとう!」

「……! こちらこそ、すごい楽しかったよ! ありがと!」

「じゃあ、帰るか」

「そうだね」


 美琴が歩を進めようとした時、


”ドンっ”


 と、通行人に肩がぶつかる。

 荘志は咄嗟に美琴の肩を支える。


「あ、すいま――」

 美琴は謝ろうとした時、ぶつかったの顔を見て、表情が曇る。


「――へえ、白木さんじゃ〜ん」


「い、岩間……さん」

 二人の間に、なにやら異様なムードが漂う。

「――美琴、大丈夫か? ……ん? 知り合い?」

 荘志が聞く。

「う、うん。大丈夫。行こ!」

 美琴は暗い表情を笑顔に変えて、歩き出す。

「お、おう」

 荘志もそれに続く。

 二人はその後、いつも通り駅に向かった。




「ふ〜ん……」


 それを見て、岩間華恋いわまかれんは不穏に呟いた。

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