第4話 夢

 荘志はすぐに美琴のお弁当を食べ終えてしまった。


「ほんとに、めちゃくちゃ美味かった! ありがとう!」

「そ、そう? 肉じゃがは忘れてね」

「わかった! てかまじで美味かったよ! 美琴、料理人とかになりたいの?」

「だから褒めすぎだって! ……夢は料理人ではないかな」

「料理人としてもやっていけると思うけどな……。じゃあ何か夢はあるのか?」


「夢は、学校の先生かな」


 美琴は少し恥ずかしそうに言う。

「へー……そうなんだ」

 美琴が先生になったらさぞ生徒から人気が出るだろう、なんて荘志は思った。


「荘志くんは、夢はあるの?」

 美琴が聞く。


「夢かぁー……。夢は……甲子園……、だった」


 荘志はどこか遠い目をする。

 荘志にとって夢といえば、それしかなかった。

「まあ、俺のせいで負けちゃったんだけどね」

 荘志は弱々しく笑って言う。


「あ、ごめんな。気ぃ使わせるようなこと言って」

「いや全然……! 私、すごいと思う」

 美琴は美しい笑顔で言った。


「夢って聞かれて『甲子園』って答えられる人、なかなかいないと思う。きっと、それだけ頑張ってたんだよね! すごいかっこいいと思う!」


 美琴は感心するように話す。

「あ、ありがとう」


 荘志の胸には、なにかこみ上げてくるものがあった。

 荘志は、今までの自分の頑張りを全て否定してきた。

 二年半の努力の結晶を、すべて否定してきた。


 しかし、今美琴に初めて努力を認められて……。

 『かっこいい』と言われて……。

 荘志の心の中では、美琴の言葉が何度も反響していた。


「そういえば荘志くん、志望校どこなの?」

「――え? あ、あー……」

 荘志は心中を誤魔化して言う。

「そういえば俺、志望校とか決めてないな……。てか、まだ全然勉強進んでないし。このままじゃどこの大学にもいけないや」

「まあ部活やってた子は大変だよね……」

 美琴は優しく同情する。

「美琴はどこ大志望なんだ?」


 美琴は、某有名難関大学の名前を出した。


「……すげぇな」

 荘志がたまたま助けた女子高生は、超高校級美少女で、料理上手で、頭も良いという――、の逸材だった。


「俺なんか全く勉強なんかしてこなかったから……」

 元々荘志は野球で大学に行くつもりだった。実際、いくつかの大学からオファーも来ていた。

 しかし、夏の大会後、それを全て断ってしまった。


 野球はもう、やりたくなかった。

 もうあんな辛い想いなんてしたくない。

 荘志にとって、野球はトラウマになっていた。

 その理由から、荘志は推薦を全て蹴り、一般入試で大学に行くことを決めた。

 だから、勉強は一からのスタートである。


「やばいなぁー……」

 荘志もそんな甘いものじゃない、というのは分かっているので、より焦りに駆られる。


「――荘志くん、もしよかったら私、勉強教えてあげようか?」


「……え?」

 美琴は、まるで女神のような一言を発する。

「……いや、それはいくらなんでも申し訳ない」

「いいよ。私教えるの好きだし。それに、荘志くんには助けてもらった恩があるから!」

「でも……自分の勉強もあるだろ?」

「まあそうだけど……。でも、教えると自分の勉強にもなると思うし! 私は大丈夫だから、遠慮しなくていいよ!」

「まじで……? ほんとにいいのか?」

「うん! それと、もしよかったら明日からもお弁当作ってこようか?」

「いや、まじで申し訳なさすぎるって!」

「お弁当はついでだし、全然大丈夫だよ」

「ほんとに……? いいのか?」

「もちろん!」

「ありがとう……。ガチで有り難すぎる」

「えへへ、気にしないで! これから毎日ちょっとずつ、していくね!」

 美琴は輝く笑顔で言う。


 どうしよう。

 ナンパを助けただけなのに、美人の先生+毎日の最高に美味しい手作り弁当(稀にしょっぱい)を手に入れた。


 ――人生大逆転だな……。


 荘志はそこまで思った。

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