第2話 お礼します!



 灼熱の太陽。ブラスバンドの迫力ある演奏と共にこだまする声援。そして、球場中が注目するバッターボックス。


 荘志はピッチャーを睨みつける。


 ――九回裏、二対一。ツーアウト満塁。


『四番、キャッチャー、小高くん』

 ウグイス嬢の透き通った声が響く。


 荘志は全神経を研ぎ澄ませる。


 ここで打てば、逆転サヨナラで甲子園。打てなかったら、引退。


 チームメイトは皆、祈るように荘志を見つめる。

 全員の想いは、荘志に託された。


 ――絶っっっ対に、打ってやる……っ!


 荘志は胸を勇ませてバットを高く構えた。


 相手ピッチャーは満身創痍。

 憔悴した顔で投球モーションに入る。


 ワインドアップから大きく腕を回し、指先からボールが放たれた。

 スーッと、ど真ん中にボールが来る。

 絶好球だった。


 ――もらった。


 そう思ったのが、いけなかったのかもしれない。


 荘志は力んで、はやく身体を開かせる。


 その結果、バットが遠回りして……、

 ぽーん、と力のないフライがファウルグラウンドへ上がる。


 ファーストがそれを難なく捕球して、ゲームセット。


『うおぉぉぉーーー!!!』


 球場が割れんばかりの歓声に包まれる。


 相手チームは全員がマウンドへ駆け寄って、歓喜の輪を作る。



 荘志はその場に崩れ落ちた。


 ――負けた……俺のせいで……。


 それから覚えているのは、泣いているチームメイトの顔だけで――





「……はっ!」


 荘志は我に返った。

 目の前にあるのはボールとバットではなく、ノートと参考書だ。

「……今は勉強だ……」

 荘志はペンを強く握り直す。


 荘志は、本気で甲子園を目指していた。

 本気で、甲子園で野球をすることを夢見ていた。

 だから、荘志はとにかく練習をした。毎日欠かすことなく練習。他の人が遊んでいる間も練習。時には寝る間さえ惜しんで練習。

 荘志は誰よりも努力した。

 甲子園という夢のために。


 しかし、その夢は自らの手によって閉ざされた。


 九回裏、ツーアウト満塁。


 ――あの時打っていれば……。


 この想いは何度も荘志を苦しめる。

 引退して二週間ほどが経つ今でも、ふとあの時のことがフラッシュバックする。


 ――勉強なんてやってられねぇよ。


 甲子園という夢であり行動原理を失い、荘志は何にも手が付かなかった。


 人間は夢を失うと、やる気を失う。

 なんのために生きているのかさえ、分からなくなる。


 夢追い人の末路は、こんな報われないものだった。


 やっぱ勉強なんてやりたくねぇ――


「――あの!」


 自習室の机に向かいながら勉強をせずにボーっとしていた荘志に、明るい声が掛かる。


「……あ」


 長い髪に、端正に整った顔。


「昨日の……」


「急にごめんね。ちょっと今いいかな?」

「お、おう」


 昨日荘志がナンパから助けたは、あどけない笑顔を浮かべて言う。


「これからします!」

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