第2話 お礼します!
※
灼熱の太陽。ブラスバンドの迫力ある演奏と共にこだまする声援。そして、球場中が注目するバッターボックス。
荘志はピッチャーを睨みつける。
――九回裏、二対一。ツーアウト満塁。
『四番、キャッチャー、小高くん』
ウグイス嬢の透き通った声が響く。
荘志は全神経を研ぎ澄ませる。
ここで打てば、逆転サヨナラで甲子園。打てなかったら、引退。
チームメイトは皆、祈るように荘志を見つめる。
全員の想いは、荘志に託された。
――絶っっっ対に、打ってやる……っ!
荘志は胸を勇ませてバットを高く構えた。
相手ピッチャーは満身創痍。
憔悴した顔で投球モーションに入る。
ワインドアップから大きく腕を回し、指先からボールが放たれた。
スーッと、ど真ん中にボールが来る。
絶好球だった。
――もらった。
そう思ったのが、いけなかったのかもしれない。
荘志は力んで、はやく身体を開かせる。
その結果、バットが遠回りして……、
ぽーん、と力のないフライがファウルグラウンドへ上がる。
ファーストがそれを難なく捕球して、ゲームセット。
『うおぉぉぉーーー!!!』
球場が割れんばかりの歓声に包まれる。
相手チームは全員がマウンドへ駆け寄って、歓喜の輪を作る。
荘志はその場に崩れ落ちた。
――負けた……俺のせいで……。
それから覚えているのは、泣いているチームメイトの顔だけで――
※
「……はっ!」
荘志は我に返った。
目の前にあるのはボールとバットではなく、ノートと参考書だ。
「……今は勉強だ……」
荘志はペンを強く握り直す。
荘志は、本気で甲子園を目指していた。
本気で、甲子園で野球をすることを夢見ていた。
だから、荘志はとにかく練習をした。毎日欠かすことなく練習。他の人が遊んでいる間も練習。時には寝る間さえ惜しんで練習。
荘志は誰よりも努力した。
甲子園という夢のために。
しかし、その夢は自らの手によって閉ざされた。
九回裏、ツーアウト満塁。
――あの時打っていれば……。
この想いは何度も荘志を苦しめる。
引退して二週間ほどが経つ今でも、ふとあの時のことがフラッシュバックする。
――勉強なんてやってられねぇよ。
甲子園という夢であり行動原理を失い、荘志は何にも手が付かなかった。
人間は夢を失うと、やる気を失う。
なんのために生きているのかさえ、分からなくなる。
夢追い人の末路は、こんな報われないものだった。
やっぱ勉強なんてやりたくねぇ――
「――あの!」
自習室の机に向かいながら勉強をせずにボーっとしていた荘志に、明るい声が掛かる。
「……あ」
長い髪に、端正に整った顔。
「昨日の……」
「急にごめんね。ちょっと今いいかな?」
「お、おう」
昨日荘志がナンパから助けた
「これから
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