第六話

 続く今日は日曜日。

 涼花はちゃんと別れを告げに来ていた。それがはっきりとした。

 心に穴が開いたような、虚脱感。

 何かをする気がまるで起きない。

 こんな感覚には、覚えがあった。

 涼花の死を知った時だ。

 涼花は俺の知らないところで交通事故にあって死んだ。何の前触れもなく、唐突に俺の前からいなくなったのだ。

 当時のクラスメイト達に、涼花が死んだときのことを聞くと俺が気丈に振舞っていた、という。交際は涼花の態度からクラス中が知っていたことであり、俺の反応も注目の渦中にあったようだが、俺は静かに落ち込んだだけだった。

 喚くことも、塞ぎこんで不登校になることもなかった。

 それが印象に残ってるらしい。

 何と言うか、変に冷静さだけは残るのだ。

 涼花の死、や今回の涼花が別れを告げに来た、ということに対してどうにもならないことは分かってしまっている。

 それとは別に俺には俺の人生があることも。

 喚いたり、不登校にならなかったのはその後に続く人生を尊重してのことだ。しかし、それは感情よりも理性が勝っていた、というわけではない。

 感情を中途半端に押し殺した結果だ。

 であれば、正しいのは涼花だ。

 涼花の死んだときに、押し殺した感情を処理すればいい。

 きちんと、終わらせればいい。

 簡単な理屈だ。

 この七日間はあの日の不発弾を解除するためのものだったのだ。

 さて、と。

 それを踏まえた上で問題になることが一つある。

 肝心の俺が、俺の感情が、それを望んでいないということだ。


☆         ☆         ☆


 六日目の夜。通話の時間がやってきた。


『もしもし』


「もしもし」


 何気ない最初のやり取り。

 だが、心なしか流れる空気は張り詰めている。


『昨日の続きから行くよ。智也。私とちゃんと別れよ?』


 口火を切ったのは涼花。

 だが、俺の答えは決まっている。


「いやだ」


『……っ。なんで?』


 俺の言葉に一瞬の戸惑いを見せるが、想定はしていたのだろう。涼花が問い返す。


「涼花は俺が嫌いか?」


『嫌いなわけない』


「だろ? 俺は当然、涼花が好きだ。わざわざ別れ話をする必要はないだろ?」


『そういう話じゃないでしょ』


「そういう話だ。他に何か理由があるか?」


『私は死んでるんだよ!?』


 涼花が怒鳴った。


『智也が変わらずには私のことを思ってくれるのは嬉しいよ? でも、私はもう智也の隣にいけない。智也とは一緒に居られないんだよ』


「そんなのどうだって……」


『どうだって良くないよ。私を引き摺って独りなんて、駄目だよ。死んだ私が智也の人生の足を引っ張ってるみたいじゃん!』


「そんな風に思ってない」


『でもそうなってるでしょ。じゃあどうして彼女がいないの?』


「それはたまたまいい出会いが無かったんだって」


『嘘。他の女の子をちゃんと見れてないでしょ。恋愛感情、動いてる?』


「……い、いや。というかそもそも俺、モテるようなタイプじゃないから」


『自虐で誤魔化そうとしないで?』


「…………」


 底冷えするような声。怒られた。有耶無耶に出来ればと思った俺が悪い。


「……俺は涼花を忘れられないんじゃない。忘れたくないんだ」


 一つ息を吸って、俺も覚悟を決める。


「確かに涼花の言う通り。俺に彼女がいないのは、涼花がちらついて他の誰かと付き合おうと思えないからだ。だって、俺は涼花が好きだから。仕方ないんだよ。もう死んでるとか関係ないんだ」


『っそれをなんとか』


「ならないんだな、これが。俺だって、このままじゃダメだって思うけど、いざとなるとやっぱり無理だと思う。そうなってしまう。これが涼花の言う通りちゃんとお別れ出来なかったから、なのかは分からないけど」


『…………』


「でも、多分、普通に別れててもこんな風になった気がする。悲しさを爆発させたところで終われない。整理のつけようがないくらい、区切れないくらい、俺は涼花が好きだからさ」


 それが俺の考えた答えだ。

 ちゃんと別れても無意味だろうと。それくらい涼花が好きなのだから。


『もう、馬鹿じゃないの。なにそれ……っ』


 間を空けて返って来た涼花の声は、かすれていた。

 心底呆れていたようであり、張り詰めていたものが解けたようでもあった。


『どれだけ私のこと、好きなのよ……馬鹿』


「うん。大好き。一生引き摺るくらい」


『重いよ。当時、高校生だよ? 私たち』


 呆れ顔が目に浮かぶようだった。


「仕方ないよ。こうなっちゃったんだから」


『こうなっちゃったかー』


「こうなっちゃった。言い換えれば、俺に彼女が出来ないのは涼花ってことだからね」


『もうこの際、反論はしないけど、責任は取れないからね』


「無責任だな」


『無いのは責任を取る身体だよっ! 生きてたら喜んで取るよ。一生、私だけに着いてかせる!』


「ヤダ。男前……」


『でしょ? ……っぷ。ふふふっ』


「はっはっはっ」


 涼花が笑うとつられて俺まで笑う。


『もう私バカみたいじゃん。わざわざこんな風にしてけじめつけに来たのに……』


「けじめて。借金の取り立てみたい」


『野暮ツッコミ入れない』


「ごめんなさい」


『しかも七日間って一日、余っちゃったしさ』


「いいじゃん、いつも通り喋ればさ」


『うー。余計なこと言いそう』


「余計な事?」


『もっとこうして喋ってたいとか……そういう願望。あ、でも絶対に延長は出来ないから』


「それは神様との約束的な?」


『そんな感じ。というか、明日の一時間が話せる最後なの』


「……その後はどうなるの?」


 聞かない方がいい、と思いながら聞いてしまう。


『また、消滅するの。なくなって、元に戻る。それだけ』


「そっか……」


 どの道、明日が最後になる、ということか。


『あーもう、違うの。当初の予定じゃ、四日くらいは前みたく思いで語りながら喋ったりして、それで五日目、六日目に別れ話して、七日目でありがとう、さよならって感じだったのに! これじゃ、お互い好きを確認して、未練たらたらで終わっちゃうじゃん!』


「最高にハッピーなエンドじゃん」


『私の感情だけみればね! でも現実的には独身貴族生み出しただけじゃん』


「心まで豊かだから問題なし!」

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