第五話
「つぅ……」
頭の痛みで目が覚めた。
朝になっていた。ということは……っ!
理解した途端に深い虚脱感に襲われる。
一日、無駄にしてしまった。
寝落ちしたのだろうか、通話が繋がったのは何となく覚えている。だが、それからの記憶が全くない。
「はぁ……」
不幸中の幸いなのが、今日は土曜日であること。
この落ち込みの上で出社は流石にしんどいのは火を見るより明らかだった。
「もう五日目、かぁ」
本当にこのまま終わっていいのだろうか。
例えば、この七日間が神様とやらとの交渉の結果ならば、涼花を生き返られることは出来ないのだろうか。生き返らせれずとも、せめて一目会うことはできないだろうか。触れ合うことは出来ないだろうか。七日間を引き延ばすことは出来ないのだろうか。
いやきっと、叶わないのだろう。
なんのために、涼花とマッチングをしたんだろうか。
このまま普通に喋って一週間を終えるだけでいいのだろうか。
涼花はなんのためにこの七日間を作ったのだろう。その理由はきっと。
なんて思ってるとスマホが振動した。
同僚からのメッセージだ。
――来週、三対三の合コン決まったけど来るか?
――いや、遠慮しておく。
返信する。来週の予定とは言え、合コンという気分ではなかった。
――了解。なるほど、マッチングアプリで進展あった感じか。
――多少な。
――は? マジか! くっそ、今度見せろよ!
☆ ☆ ☆
夜になった。二十二時。五日目の通話時間だ。
『もしもし』
「もしもし。すまん。昨日は寝落ちしたみたいで」
『あー、あれねー。いやうん、ごちそうさまでした』
「は? いや何が」
『え、覚えてないの? そうか、そっかー』
「な、なんだよ。俺、なんか変なこと言った?」
『別に~。変なことは何も言ってなかったよ』
からかうように言う涼花。
『まあ、智也がどんだけ私のことが好きか分かったわけさ』
「……なるほど? いや、何言ったんだ俺」
だが、愛が伝わったのなら何よりだ。
『まったく、私がいなくなってから十年も経つのにさ……』
そういう涼花の言葉には嬉しさというよりかは、呆れ、或いは悲しさのようなものが感じられた。
だから楽しい流れに戻そうと、おどけていってみた。
「何か問題でも?」
『問題だよ』
それが良くなかった。
『はっきり言って大問題だよ、智也。これは』
大真面目に涼花は言う。
「…………」
わざわざ涼花と話せるようになって、ただ喋って終わり。それで済むはずはない。何か目的があるはずだ。
そしてそれはきっと――。
『十年.それも高校時代の彼女じゃん、私って……』
「いや、分かってる。俺だって分かってるんだ、だけど」
頭じゃ分かっている。
俺が涼花のことを引き摺っているのは。それも、異常なくらい引き摺っていることは。
前を向いて進まなくてはいけない。
だが、こうも思うのだ。
「けど、別に良くないか?」
別に引き摺っているのは悪いことだろうか?
パートナーのいない奴なんて珍しいわけでもないだろう。別にそれで誰かに迷惑をかけているだろうか。確かに親は孫の顔が見たいとは言うが、俺だって自分の人生を生きている。その上で、叶えられないのは迷惑ではなく、仕方のないことだろう。
何よりも、他の異性に魅力を感じないのだ。
いっそのこと、涼花の死を知った時に、涼花を探して徘徊するくらい精神的に壊れていれば、早くに治れただろう。
けど、俺はそうならなかった。
「俺は涼花がいい。涼花じゃなきゃダメなんだ」
仕方がないだろう。
流石に時間が経てば、薄れるだろうと思ったが、涼花への思いは一向に変わらないのだ。
考えれば考えるほど、涼花が理想的だとしか思えなくなる。
『智也。聞いて、智也』
「涼花。俺は、やっぱり」
『ごめんね』
「へ?」
たったの一言。
ただずしんと響いた。
何か自分の核が砕かれたような衝撃を覚え、平衡感覚が覚束なくなる。
『ちゃんとお別れが出来ていれば良かったよね』
涼花が何を言っていたのか、よく聞こえなかった。
耳元から聞こえているはずの声がやけに遠い。
『私が勝手に死んでしまったからいけなかった。ちゃんとお別れできていれば、ただの元カノ、で終わったのに。こんなに智也の心を縛ることはなかったのに』
「……う、あ」
『智也の思い描く私は、理想像なんかじゃ決してない。きっとそれは』
それ以上先は言わないでくれ。
そう思ったが、口は思うように動かない。
『――ただの幻想だよ』
――ツー、ツー。
途切れる音。一時間のリミットだった。
通話が切れてなお、俺はまったく動けなかった。
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