第三話

 かくして、七日間、夜に一時間だけ涼花と喋れるチャンスを貰った。

 無駄にするのは以ての外だ。

 けれども、この七日間をどう使うか。

何かを変えるにはやはり短い。

 しかも、今の俺は社会人だ。普通に仕事もある。いや、本当は仕事なんかしている場合ではなかったが、この七日間を続けるための涼花との約束がいくつかあった。

 その一つは、現状の日常を無駄にしないこと。

 仕事には出なくちゃいけないし、飲み会なんかも誘われたら断ってはいけないとのこと。特に女の子からの誘いは絶対行くこと、だそうだ。

なのに、それらが理由で通話が出来なくなってもその分の延長で一日延びたり、上限の一時間が変わることもない。

次に、口外しないこと。

マッチングアプリの運営の他、公権力やテレビ、インターネットへの投稿などはもちろんのこと、家族や友人、同僚にもNGだそうだ。

他には、約束ではないが、電話を掛けられるのは涼花の方からのみ、であったり話途中であっても一時間きっちりで通話は切れる、という仕組みもあるようだ。


 ともあれ、二十二時。今夜も通話の時間がやってくる。


 ☆        ☆        ☆


『もしもーし』


「もしもし、涼花。一日ぶり」


 二回目の通話。

 涼花の声が聞けたことにホッとする自分がいた。少しだけ考えていたのだ。やっぱり自分がどうかしていてもう電話なんてかかってこないのではないか、と。


『まったく長い一日だったよ。早く智也の声、聞きたーいって思ってた』


「……俺もだ」


『デレ、頂きました! 嬉しいね』


「そんな大げさなものじゃないだろ」


『えー、貴重だよ。だって智也は全然デレてくれなかったもん。昨日がいきなりフィーバーだったけど』


「そりゃ仕方ないだろ。ってまあそっか、高校時代だとな……ほら、思春期的な。彼女にぞっこんって恥ずかしい風潮あったんだよ」


『そんなの誰も気にしないのにー』


「確かに、そうだったんだけどさ……」


 けど、それは今だからこそ言えることだ。

 高校時代の俺は、彼女がいるからこそ男らしくあろうと思っていた。それこそ、公衆の面前で彼女に甘えるなんて考えられなかったのだ。


『あーあー。もっとイチャイチャしたかったな。あーんしたり、カップル用のストローで同じドリンク飲んだり、耳かきとかしてあげたりさ』


「なにそれ、チョーされたいんだけど」


『……言っとくけど、してあげようとしたんだかんね。誰かさんはこっぴどくあしらってくれたけど』


「くっそ。高校時代の俺をぶん殴ってやりたい!」


『あっはっは、いいね! ついでにその時ムカついた私の分も一発追加で!』


「あーあ。勿体ないことをした」


『本当にね。けどさ、智也なら私がいなくなった後、付き合った人とかにやってもらったんじゃないの?』


「馬鹿言え。誰とも付き合ってないよ」


『っそうなんだ。ふ、ふーん、それこそ勿体ないじゃん。折角の若い時間をさ』


「別に遊びたいってわけじゃないからな。それに意味ねえし」


『い、意味ないこともないんじゃないかな』


「いや無意味だよ」


 ぴしゃりと言い放った。その語気に思っていた以上の力が籠っていて驚いた。薄々感じていたことではあったが、こんなにはっきりと言う機会が無かったのだ。


『…………』


「わ、悪い。いや俺だって分かってる。別に無意味とかじゃないっていうか、そんなの言ってても仕方ないことくらいは……」


 そうだ、分かっているのだ。

 もう死んだ涼花とは一緒にはなれないと。

 先に進まなければいけない。


「い、いや暗い感じになっちゃったな! 切り替えて楽しい話しようぜ! 一時間しかないんだからさ!」


 時間は限られているのだ。一生分の楽しい雑談をしよう。

 折角、貰えたチャンス。

 何かを変えるには短い時間だ。変に足掻いて失敗することは許されない。

 だったら、精一杯楽しい思い出にしよう。少なくとも考えを巡らせるなら通話時間外で、だ。妙案がないのなら、雑念は捨てておくに限る。

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