第二話
『……久しぶり、だね』
「…………」
涼花から言葉が返って来た時、俺はまだ上手く返せずにいた。
何を言っていいか分からなかったし、かと言って何かを言えという焦燥があった。
なんで、どうして、どうやって? いやそもそも本物なのか? 疑問の数々。
ありがとう? ごめんなさい? ふざけるな? 自分の中に渦巻いている感情の奔流。
とても冷静にはなれなかったし、それを伝える言葉を組み立てるヒントすら分からなかった。
三十分間、俺は一体何をしていたのだろう。
涼花と話したいことは山ほどあったはずだ。なのに、何から伝えていいか見当が付かない。
『あはは。もう、最愛の彼女の声に言葉も出ないのかな? なんちゃ――』
「その通りだよ」
『へ?』
なんとか堪えようとしたはずの涙は、意外なほどあっけなく零れた。
ちゃんと伝えられるように準備しようと守っていた沈黙は、咄嗟に破ってしまった。
ずっ、と鼻をすするとまとまってない言葉を吐きだす。
「俺はその声をずっと聞きたかったん、だよ。もう二度、と、聞くことは出来ないと思ってたのに。嬉し、くないわけないだろ、ふざけんな、ちくしょう……っ」
『……うん』
「言いだいごどだっでだぐざんあっだんだよ。あれから何年経っだどおぼっでんだ。何度も、涼花がいたらって、涼花ならなんていうかって考えてここまで来たんだよ。お前に聞いて欲しい面白い話も、相談に乗って欲しいことも、なんでもないことだって。いっぱい……」
『……うん』
「いなくなって悲しくて、もう何も出来ないって思った。なんでこんなことに怒ったし、勝手にいなくなったことを恨んだ、なのに……」
『……うん』
「ほんどうは、こんなみっともなく喋りたいわけじゃなかったのに……いざ、言えるってなったら何も浮かんでこねえ」
『……うん』
泣きじゃくり、支離滅裂に言葉を吐きだした。まだまだ吐きだしたい思いはあるのに、言葉に出来なくってもどかしくなる。
こんな風な一方的な感情の吐露は望んでいないことだった。
大人になって弁えたはずだ。他人の尊重したコミュニケーションとか、感情の起伏はあれど、伝わりやすい論理的な言葉の構成とか。
社会人になるまで、躓いて矯正されてきたことが何一つ上手く出来なかった。
まるで、俺まで高校時代に戻ったような、未熟な思いを伝え方だった。
それでも止められなかったのは、涼花が相槌を打って聞いてくれたから。
『…………ありがとう、智也』
俺が放った言葉たちを咀嚼するような時間を置いた後に、涼花はそういった。
その一言に俺はまた涙は溢れ出し、止められなくなる。
『そっかー。智也は本当に私のことが好きなんだね。……うん、そんなに私のことを思い続けてくれた智也には、神様からのプレゼントがありまーす!』
「……プレゼント?」
『そ、プレゼント。ずばり、私と喋れる権利です!』
「………」
『……ちょっと、無言止めて! リアクション! 言ってて恥ずかしいんだから!』
「ごめん。なんか、嬉しくて……」
『ほろり泣き! 思ってたリアクションじゃない。気持ちはわかるけど! 私だって嬉しいよ! 智也、大好き! 愛してる! あー、もうなんで生きてないの、私!』
本当に懐かしい。この引っ張ってくれる明るさ。この元気さに俺は惹かれていたのだ。
軽いぞ、なんて言っていた愛の言葉をこんなに求める未来が来るなんて、あの頃の俺は考えもしなかったのだ。
『とにかく! 話したいことがたくさんあるって言ってたでしょ! なら全部聞こうじゃないの! 十年分、きっちり聞いて行こうじゃないの!』
「……足りない。そんなすぐに思い出せないし、一晩じゃとても」
『なるほど、なるほど。けれども、智也がそういうことは私の想定通りでございます。なので事前に神様と交渉させて頂きました!』
「おお、それで――」
『一週間! 夜の二十二時以降で一時間ほど! それが私に残されたタイムリミットでございます!』
「……っ。おお!」
今夜限りだと思っていた俺は一瞬与えられた猶予の長さに喜んだが、しかしすぐに七時間しか残されていないことに短いと思った。
だが、涼花が神様とやらと交渉の末に勝ち取った時間だと思えば、喜ぶ以外になかった。
『不詳、友利涼花、全身全霊の交渉の結果でございます。全ては偏に智也への愛のため、でございます! どもども』
「流石、涼花さんはいつも頑張って下さる!」
通販みたいなノリだ。
空元気であったが、乗っかった。
足りないなんて言っていても仕方がない。駄々をこねて時間を潰してしまうのは、得策じゃない。
そんなことを俺も、涼花だって望んでいないはずだ。
『いや、ありがとうございます! そういうわけで、智也には私とのお喋りの時間、これから一週間、プライスレスでご奉仕させていただきます!』
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