第2話 ふふ、流石ツバメですね。

「まーじで大変だったよう……」


 夕暮れどきの【始まりの町ナシャーロ】を、わたしとツバメは歩いています。ツバメの右手には、十匹の桃色スライムが落とした『桃色スライムのかけら』の入ったビニール袋が握られていました。これをギルドに提出すれば、一日分の食費と宿代は稼げるでしょう。


「お疲れさまでした。お互いに五匹ずつ倒せましたし、いい感じですね」


「そうだね、いい感じ! 桃色スライムさんは放っておくと育ててる野菜をもぐもぐ食べちゃうし、これで野菜の平和が守られたね!」


「ツバメって、重度の野菜嫌いじゃなかったでしたっけ?」


「うっ……そ、それはそうなんだけれど! でも、野菜がなくなると困っちゃう人って多いじゃない! 私は皆が平穏無事でいてほしいの!」


「ふふ、流石ツバメですね」


 わたしは心の底から微笑みました。ツバメの考えはやっぱり、とても美しいのでした。それはきっと、神様から与えられた才能でした。だからわたしは、ツバメのことが大好きでした。


「それにしても、野菜をおいしく食べられる人っていいよねえ。体にいいし、絶対食べた方がいいっていうのはわかってるんだけれどさ。やっぱり苦手なんだよな」


「まあ人それぞれ、苦手なものはありますから。味覚は段々と変化していくらしいですし、大人になったツバメはぱくぱく野菜を頬張っているかもしれませんよ?」


「な、なるほど……! 確かに私たちはまだ十七歳だし、可能性に溢れているよね!」


「そうですよ! 冒険者を半年続けても未だに【始まりの町ナシャーロ】にいることとか、桃色スライムごときに未だに手間取っていることとか、そういうことは気にしないでいいんですよ!」


「どうしてわざわざそういうことを言うのかなあ! シラサギ、話題のチョイスにはもうちょっと気を配った方がいいと思うんだ!」


「『私の胸はいつか大きくなるんだから!』と言い続けながら永遠にまな板おっぱいなことも、全く気にしないでいいんですよ、ツバメ!」


「う、うわあああああああ! こ、この人非道だ! 自分がちょっと巨乳だからって調子に乗っているんだ!」


「いやあ、別に何にも努力してないんですけれどね。夜寝るの遅いですし、牛乳嫌いですし。でもなんか大きくなっちゃったんですよね、ふふっ」


「す、すごく攻撃したい! 日中の桃色スライムさんと同じくらい攻撃したいよ、シラサギのことを!」


 わなわなと震えているツバメに、「ごめんごめん、冗談です」とわたしは笑いかけます。むう、と頬を膨らませたツバメの、紅色の瞳の下。そこには一つの傷跡が、残り続けているのでした。


「そもそも貧乳でも別によくないですか? 需要あると思いますよ?」


「その発言が全貧乳女子からヘイトを向けられるであろうことはさておき、違うんだよ……。ほらなんか、胸が大きいと大人っぽいでしょ? 私は大人っぽくなりたいの!」


「大人っぽく、ですか……。………………。……頑張ってくださいね、ツバメならきっとなれますよ!」


「それだけ間に沈黙を挟まれたあとに言われても、説得力が皆無だよ!」


「取り敢えず髪を下ろしてみたらどうですか? それだけで幾らか変わると思いますけれど」


「えええ、だって冒険のとき邪魔じゃない? ばさあって広がっちゃうよ、ばさあって!」


「となるともう打つ手なしですね。ドンマイです!」


「も、もしかして私の大人っぽさの伸びしろって髪型だけなの!? そんなことないもん、もっと他に何かあるはずだもん!」


「うーん……あ、口調とかですかね。わたしみたいに敬語で話してみたらどうですか?」


「く、口調か! それは目の付け所がいいかもしれないね、わかったやってみるよ! ……ツバメです、十七歳です、よろしくお願いしますっ!」


「……うーん、どうしてでしょうね。『変えがたい幼さ』が滲んでしまっているのは」


「どうすればいいんだー!」


 嘆くツバメに、わたしはくすりと笑います。道の先にギルドが見えてきたので、わたしはそれを伝えようとしました。でもそのとき、路地裏にとある光景を見かけて、わたしは足を止めます。


「ん、どうしたの、シラサギ?」


「……すみません、少し用事を思い出しました。先にギルドの方に行っておいてくれますか?」


「え、全然いいけれど。そうしたら、また後でね!」


「はい、また後で」


 わたしはツバメに向けて手を振ります。ツバメがギルドの方へ歩いていくのを見届けてから、わたしは路地裏の方へ向かいました。


「あの……っ、やめてください……!」


「そんなつれないこと言うなって、いいじゃんかよ」


「ちょっとくらいさあ、付き合えよ?」


 淡い金色の髪をした一人の少女が、三人の男に絡まれていました。装備から見るに、少女も三人の男もどうやら冒険者のようでした。


「すみません」


 わたしが声をかけると、少女と男たちは一斉にこっちを見ました。


「ああん、何だよお前」


「その子、嫌がっているじゃないですか。やめてあげた方がいいと思いますよ?」


 わたしの言葉に、男たちは途端に笑い出しました。


「うっわー、正義感に溢れた人来ちまったよー!」


「怖い怖い!」


「というかさ、正直めっちゃ可愛くね? 強がってる感じが堪んねー!」


 男たちを、わたしは睨み付けます。一人の男が、ずいと前に出てきました。


「いいかあ、お嬢ちゃん? 俺たちは【洞窟の側の町ピスィーラン】を根城にしてる冒険者だ。この辺にいる初心者冒険者とは、訳が違うんだよ」


「そうですか、そうですか。態度だけは一丁前のようですね、おじさん?」


「……お前、舐めてっと痛い目見るぞ?」


 わたしは俯いて、小さな声で魔法を唱えました。

 ――男たちの身体が、一斉に固まりました。


「……っ、動けねえ……!」


「お、おいお前、何をした!?」


「ただの麻痺魔法です。三十分もすれば普通に動けるようになると思いますよ?」


「麻痺魔法だと!? そんな高度な魔法を扱える奴がこの町にいるなんて、聞いてねえぞ……!」


「勉強不足でしたね、ドンマイです! ほら、さっさと逃げた方がいいですよ」


 わたしは驚いたように目を見張っている少女へ、手招きをします。少女は動けずにいる男たちの間をすり抜けて、「あっ、ありがとうございます……!」と言って去っていきました。


「それじゃあお元気で、おじさんたち!」


 わたしはそう言って、路地裏を後にします。怒声が後ろから聞こえてきた気がしましたが、スルーしました。


 ツバメを待たせてしまっているかもしれません――そう思いながら、わたしは足早にギルドへと向かうのでした。

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