★ 3 Side Seiya 〜聖弥視点〜


    ★


 七時半頃。聖弥せいやと幸は学校へと向かった。

 すれ違う他の生徒達に微笑みながら挨拶するゆきを見つめながら、聖弥はまだ彼女のことを心配していた。

 幸とは幼なじみの関係である聖弥だったが、いつからか、幸が自分を心配させまいとしていることに、彼は気が付いていた。

 ……相談してくれればいいのに。――頼ってくれればいいのに。いつも幸がつらい思いをしていることを、聖弥は知っている。だからこそ、なおさらそう思った。


 ――もうこれ以上、つらい思いをさせないよう、幸を守ってやりたい。


 そんなことを考えているうちに、学校に到着する。聖弥と幸はロッカーに寄って、上靴に履き替えた。

「私、保健室寄って来るね!」

 支度を終えるなり、幸がそう言って足早にその場を去ろうとする。

 聖弥はすぐに「保健室」の意味を察して、顔を強張こわばらせる。

 ――その「保健室」には聖弥と幸の同僚・・がいる。普段は保健室で教師として働いているのだが、いけ好かなくて、聖弥は彼のことが嫌いだった。だが、幸の方は親切にされているようで、何かあると時々彼の元へ相談に行くことがあった。……今もきっと、今日のことを相談しようと思っているに違いない。

「……おう」

 ムッとしながら、聖弥は少し不愛想に返事をする。

 よりにもよって、なんでアイツなんだろうか。アイツの方が大人で、賢くて、優しくて、頼りがいがある――からか? そんな疑問が浮かんで、聖弥はいらいらする。……どうして、自分は頼ってもらえないんだろうか。

 幸が振り返りもせずに、保健室の方へと向かう。一瞬、聖弥は彼女の後をつけようかと迷った。しかしすぐに、そういうことは性に合わないと、聖弥は考え直した。

 仕方なく、階段を上がり、聖弥は教室に入ると、自分の席に着いた。

 幸とは同じクラスだ、帰ってきたらすぐに顔を確認しよう。もし、泣かされでもしていたら、後で殴りこんでやろう。……いや、そうじゃなくても行くか。

 そんなことを考え、にやりと笑いを浮かべながら、聖弥は机に顔を伏せ、まどろむ。いつもより朝早くに起きたので眠いのだ。そうしているうちに、気持ちよくなって、うとうとと船をこぎ始める。

「――瑞原みずはら!」

 眠りに落ちようとした瞬間、何かで勢いよく頭を叩かれた。

 はっとして顔を上げると、そこには、ショートヘアをした女性の担任が立っていた。どうやら、手にしている軽量型パソコンで殴られたらしい。

 ……実は、この担任も同じく同僚・・である。時々、保健室の教師とコンビで組んでいるうちに、ふたりはデキて婚約を結ぶまでの仲に発展していた。

吉沢よしざわが保健室の方に行くのを見たよ。 行かなくていいのかい? 婚約者のあたしが言うのもなんだけど、アイツは浮気すると思うけど?」

 豪快に笑って言ってのけ、担任が聖弥の身体を無理やりに起こす。からかっている様子の彼女に、しかめ面を見せながら聖弥は少し物思いにふける。

 ……そうなのだ、アイツは女性なら誰にでも目がないところがあるのだ。しかも、その悪いクセは婚約者である担任にすら、止めることはできなかった。彼のそういうところが大嫌いで、聖弥はなおさら幸のことが心配だった。

「だろうな。 だけど、なんかそういうの、嫌だなって思ったんだよ。 とにかく、ほっといてくれよ」

 そっぽを向きながら、聖弥はそう答える。……とはいえ、実は心の奥底では幸のことが気になって仕方なかった。

「またまたぁ。 ほんと、お前は素直じゃないんだから。 さっさと行かないと、アイツにゆき・・をとられちまうよ。 ほらほら」

 小声でささやきながら、担任が聖弥を何度も小突こづく。仕方なく、聖弥は立ち上がると、気乗りしないまま教室を出る。そして、そのまま階段を降りようとした。

 ――その時だった。

『あ』

 幸が、メガネを掛けた長髪の男――保健室の教師と階段を上がって来るところに、運悪く遭遇してしまった。

「聖弥、迎えに来てくれたの?」

 幸が微笑みながら、そう尋ねる。……良かった、目が赤くない。どうやら泣かされなかったみたいだ。(けれど、腹の虫が何だかおさまらないので、後で絶対ヤツのところへ殴みに行ってやろう)

「まあ……な。 先に行ってろ」

 そんなことを考えていた聖弥は歯切れが良くない返事をしながら、うなずいた幸が教室に入っていくのを目で見送った。そして、教室の中で彼女が友達と話し始めたのを確認してから、保健室の教師と向き合う。

「嘘つきですね」

「うるせー。 ひろ・・、幸に手ぇ出さなかっただろうな?」

 そうつぶやき、楽しそうにニコニコしている保健室の教師――ひろをにらみ付けながら、聖弥は小声でそう尋ねる。思わず、幸のことを心配しすぎて、彼のことを「ひろ」と仕事・・用の呼び名で読んでしまう。

「おい、俺の・・幸を泣かしてみろ。 タダじゃすませねーからな」

 ひろが一層楽しそうに笑みを浮かべながら、「分かってますよ」とうなずく。だが、続けざまに口を開くと小声で言った。

「でも、いつから、ゆき・・さんはあなたのもの・・・・・になったんでしょうかね? ウワサによれば、あなたは職場・・じゃゆきさんをライバル視しているらしいですね? よっぽど負けず嫌いなんでしょうね。 結局、ゆきさんを一番困らせているのは一体誰なんでしょうね? あんまり素直にならずに、彼女を放っておくと、いつかきっとゆきさんをとられちゃいますよ? 例えば、私とかに」

 彼の言葉に、聖弥はいらいらして、怒りで肩を小刻みに震わす。コ、コイツ、からかってやがる!!

 そんな聖弥をあざ笑うと、ひろが階段を降りていく。ふと、その途中で何かを思い出したかのように振り返ると、「あ、そうそう」と先程までとは違う真剣な声でつぶやいた。

「そう言えば、〝連絡・・〟が入ってましたよ。 ゆきさんにも伝えておきました。 まあ、そっちの方でも・・・・・・・、ライバルが増えないよう、せいぜい頑張って下さいね♪」

 再び階段を降りていくひろの姿が見えなくなったその時ちょうど、チャイムが鳴り響いた。

 聖弥ははっと我に返り、教室へと急ぐのだった。

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