第11話 性根の腐ったお姫ちゃま♡
あらあら。また
そこにいるのは、わかっております。ようこそ私の部屋へ。
でも申し訳ありませんが、そちらの世界の声は非常に微弱。
集中しないと聞き取れないので、残念ながら今回はお話できそうにありません。
何せ私の目の前には、不始末を犯した部下たちがおります故――
「――あなた方がいながら、何故お兄様と聖女が口づけしたのでしょうか?」
彼女たちはお兄様が神殿に向かう際に、同伴した者たちです。
私がこのことを既に知っているとは思わなかったのでしょうね。
動揺が手に取るように伝わってきます。
まぁこの世界で異世界人さんと交流できる存在は私くらいのもの。
そちらの言葉で言い表すとしたら、この能力はチートというやつかしら?
そんな私の言葉を受けた彼女たちの視線は、自ずと一人の女性へと向かいました。
目は口ほどに物を言うとは正にこのことですね。誰の仕業かは明白です。
どうやら犯人は――オリヴィアのようですね。
これは正直言って予想外でした。
彼女は優秀な騎士です。
数だけならお兄様を凌ぐほど多くの魔族を葬った戦乙女。
その上、彼女は美しく、人望もある。
お兄様が女慣れするための部隊を発足するに当たり、彼女がその部隊の隊長になることは必然でした。
しかしそんな華々しい経歴を持つ彼女ですが、とある心の闇を抱えております。
その心の闇とは――家族の死。
彼女がこの歳でこれほどまでの武功を挙げた大きな要因は、故郷の片田舎が魔族に襲われたことによる復讐心です。
そのためオリヴィアは聖女に対して恨みを抱いております。
聖女の退魔の力は本来、このアレスティア王国全域にまで及ぶほど強力なもの。
オリヴィアの故郷にもその力の恩恵は及ぶはずでした。
けれどそれはあくまで万全な状態ならばの話。
その力を常に維持するためには聖女の心の安定が必要不可欠。
しかし乙女心は山の天気よりも移ろいやすいもの。特別な力を除けば聖女も一人の女です。
何かの拍子で心が乱れることはままあること。
そんな乙女たちの心をずっと虜にし続けるお兄様が異常……失礼。素敵すぎるだけです。
とにかく、オリヴィアは聖女に対して逆恨みに近い感情を抱いている。
加えて、彼女は
そんな彼女だからこそ、私の良き協力者になってくれるものだと思っていたのですが……どうやらそれは私の見立て違いだったようですね。
「流石はソフィア様。お耳が早い。このことはまだ、女王陛下や一部の人間しか知り得ない――」
「――くだらない世辞は結構。オリヴィア。私が知りたいのは、あなたが何故、憎き女と惚れた男をくっつけるような真似をしたか、ということだけです」
もちろん、裏切った手駒をいつまでも手元に置いておくつもりはありませんが、その原因を知ることは重要です。
なにせ私は王選であのお兄様に勝たねばならないのですからね。
大衆の支持を集めるためには人の心の理解が重要です。
色々な人間の価値観を知るには、裏切り者の意見も蔑ろにはできません。
それに私は完全に人間の心を理解できてはおりませんので、こうした生の意見が聞ける機会は重要でしょう。
……ああ。この話はまだしておりませんでしたわね。
私は人間と言えば、人間ですけど、人間ではないと言えば人間ではありません。
なので私は人の持つ情動を完全に理解できてはおりません。
そんな私がこうも人間社会に溶け込めているのは、ひとえに異世界人さん
だから、これからも仲良くしてくださいね♡
「確かに私は殿下のことを深く愛しております。そして、不敬にも私は殿下の寵愛を一身に受けられている聖女様に対して、嫉妬や敵意を抱いたことも事実です。今も尚、その感情を完全に捨てられているわけではありません。……ですが、同時にこうも思っている――」
そう言い、オリヴィアは私の瞳を射抜くように見て、
「――推しメンには、最高の女と幸せになってほしい! と」
と言いました。
……推しメン?
オリヴィアは、異世界人さんの世界で言うところのカプ厨みたいなものかしら?
他者を思いやるのが人間社会の美徳であることは存じておりますが、そのために惚れた殿方と憎き女の愛のキューピッドになるような行動は理解に苦しみますね。
「要するに、自己犠牲というやつですか……。もう良いです。あなたに用はありません。とっとと、私の前から失せなさい」
私の陣営を裏切るということは、お母様側に就くか、それとも単独で動くかしかありません。
おそらく彼女は前者を選ぶでしょう。あ、既にお母様側のスパイだった可能性もありますね。
とにかく、私の陣営の内情は彼女にかなり知られてしまっている。
それに裏切りには一定の報復が無いと部下たちに示しが付きません。
本来なら偶然の事故を装って消すのが得策でしょう。
私を裏切ることがいかに愚かなのかを自軍に知らしめながら、邪魔者を排除することことには慣れております。
あ、もちろん。その時は、異世界人さんたちの協力が必要不可欠ですけどね。
しかし、厄介なことにオリヴィアは殺すには惜しい人材です。
なにせ彼女は自らヒロインレースから降りたようなもの。
つまり、彼女がお兄様の貞操を奪う可能性は限りなく低い。
これからも、オリヴィアはお兄様の女慣れの修行を任せられることになるでしょう。
お兄様の前で理性を保てる乙女はとても貴重です。
お兄様のファーストキスは、
女にとって愛すべき殿方の初めてとは、やはり特別なものです。
ハーレムは容認しても、お兄様のお身体を初めに味わうのはやはりこの私です。
そして欲を言えば、お兄様にはある程度女慣れしておいてもらいたい。
女性にたじたじのお兄様も可愛いとは思いますが、やはり惚れた殿方とそういう関係になったら、リードされたいものでしょう?
だって、乙女ですもの♡
……ああ、なるほど。
どうやら私は、初めからお母様の手のひらで踊らされていたようですね。
彼女はお母様側のスパイで確定しました。
お母様は私がオリヴィアに接触することを最初からわかっていたのでしょう。
そして、私が彼女を始末しないことまで読んでいた。
なるほど、これは一本取られましたね。
流石はお母様。娘のことをよくお分かりになられている。敵ながらあっぱれです。
まぁ良いでしょう。今回は、素直に負けを認めます。
けれどお母様。これだけは言わせてもらいます。
……はぁ。それにしても。
人間社会というものは面倒なしがらみが多くて息苦しいですわね。
力で全てが丸く収まる魔族社会が羨ましく感じますわ。
しかし、人間社会がそうなったとしたら、こと戦闘においてお兄様に勝てる存在は皆無。
お兄様をモノにするには、やはりこの面倒な人間の性質を利用する方法しかありません。
まぁそれもこれも愛すべき殿方を手に入れるための愛の試練だと思うことにしましょう。
そしてやはり人間の持つ性質の理解が必要だと改めてわかりました。
私も一応は人間の身なので、そうした感情を理解できるようになるとは思うのですが、はてさて、それはいつになるのやら……
「……ソフィア様。失礼ながら、一つだけ忠告させて頂いてもよろしいでしょうか?」
部屋を出る直前、オリヴィアは立ち止まり私を見ました。
「……何かしら?」
「私は心の何処かで聖女様を完璧な女性だと思い込んでいました。けれど実際にお会いしてみて、それは私が勝手に生み出した幻想であることがわかりました。彼女は、慣れない恋心に悩むごく普通の少女です。そんな少女に対して、憎しみや嫉妬の感情を募らせていた自分が心底情けなくなりました。人間である以上、常に正しい行動が取れるわけではない。そんな当たり前のことに、ようやく気づけたのです」
「それは良かったわね。でもそんな無駄話を、わざわざしたかったの?」
「はい、そうです。聖女様は自らの感情と向き合う勇気を持っておられる。勇気ある者を応援したくなるのが人間というもの。少なくとも私は、
そう述べた後、オリヴィアは見たこともない笑顔を私に見せながら、
「全ての人間が打算で動くとは思わない方が良いでちゅよ! もう少し、人の気持ちを理解しまちょうね〜★ 性根の腐ったお姫ちゃま♡」
そう言い、今度こそ外へ出て行きました。
ああ、少しだけ人の感情がわかりました。
ムカつくのに殺してはいけない時に抱く怒りの感情が……。
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