いざ実践! 昔の自分を演じきれ!

第12話 実践は予期せぬトラブルの連続です

 ……まずいことになった。

 辺りには見渡す限りの女、女、女――。

 俺はいま、女性たちに囲まれている。


 壮絶な女慣れの修行を終えた俺は、あれから一日に一回、人慣れのために王都を散策するようにしている。

 少なくとも、外面に関しては完璧に昔の俺のままだ。

 深い会話さえしなければ、誰も俺が記憶喪失だとは思わないだろう。


 ……そんな慢心が、こんな悲劇を招いてしまったのだろうか。

 いつものように王都を歩いていた俺は、突然襲ってきた女性たちの荒波にのまれ、気がつけばこんな状況になっていたというわけだ。


 しかもここにいる女性たちは、あの有名な『シュヴァルツ親衛隊』らしい。

 シュヴァルツ親衛隊とは、簡単に言うと、俺の濃ゆいファンクラブのことである。

 つまり、そんな俺以上に俺のことを知り尽くした猛者もさたちの前で、俺は記憶喪失であることを隠し通さなければならなくなったというわけだ。


 二頭身にデフォルメされた俺が描かれている服を着た女性たちが、俺のことをまじまじと観察している。

 一挙手一投足も見逃さんという凄まじい気迫を感じる。

 ちょっとでもボロを出せば、すぐに俺が記憶喪失であることがバレてしまうだろう。

 ただならぬ緊張を感じている俺に、早速試練は訪れた。


「殿下! 今日こそは、約束を果たしてもらいますよ!」


 鼻息を荒げて、一人の女性が前に出る。

 腕に付けられた腕章がきらりと光っている。

 彼女がこのシュヴァルツ親衛隊を率いる隊長だということはわかるが、約束とやらに関してはさっぱりだ。


 えっと、こういう時は……。


 俺はシュヴァルツ親衛隊の輪の外にいる護衛に顔を向ける。

 外出の際、俺には必ず一人護衛が同伴する決まりになっていて、皆が皆、俺に詳しい女性たちである。

 わからないことは、わかる人間に聞く。これが記憶喪失を隠し通す基本である。


 俺は護衛に向かってウィンクをする。

 これは記憶の保管が必要だということを示す合図だ。

 手筈通りなら、あとは向こうからジェスチャーやら何やらで、約束とやらの意味が伝えられることになっているのだが……


「……殿下のウィンク、まじかっこよすぎて死ねるぅ♡」


 そう言い、護衛は意識を失ってしてしまった……。


 勝手に死ぬなああああああ!!!


 実践はマニュアル通りにいかないというが、あまりにもあんまりだ。


 と、とにかく過ぎたことを嘆いていても仕方ない。

 とりあえず今はこの状況をなんとかすることが先決だ。

 いい加減、腕を組み、「ふん」と鼻を鳴らしてカッコつけているだけでは間が持たない。


 ええい、なるようになれ!!!


「……約束だと? いったい、それはなんのことだ?」


 俺はしらばっくれることにした。


「相変わらず、そういうご冗談がお好きですね」


「……いや、本当に何のことか覚えてなくて」


「ま、まさか……殿下!? あの約束を本当にお忘れなのですか!? もしかして、頭とか打って、記憶が無くなったとか――」


「――あっ、いや! ああ! そうか、そうだったな! 思い出したぞ、あのことだな! あのこと!」


「そうですよ、あのことですよ。さぁ、約束を守ってください!」


「あ、ああ! 約束は、守らなくてはな!」


 いったいどんな約束をしたんだよ!!

 内心頭を抱える俺に、親衛隊の隊長は、欲望をたぎらせた瞳を向けた。


「では、早速お願いします。この哀れな私共に、ゴミを見るような目を……」


 ……ああ、神よ。教えてくれ。

 俺と彼女たちの間に、いったい何があったのかを……。

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