第7話 もう一人の俺!?
美しい金色の髪に、海を思わせるような藍色の瞳の少女が俺の前にいる。
この女の子こそがナターシャだ。
歳は俺と同じ17歳。俺はここに来る前に彼女の姿を映し絵で確認しているため、その姿は一応知っていた。
だけど目の前にいるのはあの映し絵とはまるで別人だった。実物は息を呑むほどの神秘的な美しさをその身に宿している。
人里離れた神殿に幽閉されていた理由が、聖女の力の維持ではなく、その美しさに惑わされる人間がいるからと言われても納得してしまうと思う。
この美少女が聖女。そして俺の婚約者……。
俺はそんなナターシャと向かい合わせのまま畳に座している。
その間、彼女はずっと無表情だ。目は合わない。会話もない。
そんな状況が、かれこれ十数分ほど続いている。
……警戒されているのだろうか。まぁ無理もない。
記憶を失い、性格が180度変わったはずの
ぶっちゃけ、あの時の自分が何故あんな大胆な行動をしたのかはわからない。
衝動的というか、何かに突き動かされたというか……。
とにかく、あの俺の行動がこの場を気まずくさせていることには変わりない。
ここは謝るべきなのだろうか。しかし彼女は俺の婚約者だ。
ナターシャが自由を得てからというもの、挨拶代わりのキスは当たり前の関係だったと聞かされている。
下手に謝ればそのことが後々尾を引きずらないとも限らない。
そう考えると、謝ることの方が逆に失礼な気もしてきたぞ。
とはいえ、ずっとこのままなのも……
ああああああ!! くそッ!? ここにきて、女慣れしていない自分の悪いところが出てきてしまった!
今まで俺は女性に対して受け身だった。
何せ俺に近づいてくる女性たちは皆、アクが強くて好感度が振り切れていたからだ。
彼女らのペースに流されているだけで、コミュニケーションらしきものが成立していた。
しかし今は状況が全然違う。ナターシャは今までの女性たちと比べたらかなり奥手だ。それはある意味、普通なのかもしれないが、その普通の人への対処法が俺にはわからない。
ここは男の俺が会話をリードすべき場面なのは言うまでもないだろう。
しかし、記憶を失くした今の俺に女性を巧みにリードするという高度な会話術なんてありはしない。
見通しが甘かったと言われたらそれまでだが、今までが今までだったせいで、ナターシャも好意全開で俺に迫り寄ってくるものだと思いこんでいた。
このような展開は予想外だ……。
沈黙、辛いお……。こういう時、本当のモテ男はどういう行動を取るんだ?
教えてくれー!
『そんなの、ただひたすらナターシャのことを愛してやれば良いだけじゃないか!』
ちょっと待って!? 何かマジで声が聞こえてきたんですけど!? え、対話とかできたの!? いつから!? ねぇ、いつからッ!?
あと、ヒントくれるならもう少し具体的に言ってくれない!? もしもぉーし。ねぇ、ちょっと聞こえてますか、もしもぉーしッ!?
「シュヴァルツ様……? どうかなさいましたか? 何やら落ち着かないご様子ですけど……?」
挙動不審な行動を取る俺を見兼ねたのか、遂にナターシャから声をかけてきた。
だけど流石に昔の自分の声が聞こえました、なんてことを言えるはずがない。
これ以上おかしなやつだと思われるのは嫌だ。
とりあえず、話題を振ってくれたのだから何か返さなければ……
「……いえ、なにも」
「……そうですか」
「……」
「……」
コミュ障、発動!! そうですよ、これが今の俺の本当のコミュ力ですよ!!! うははっ! やっちまったぜ、ちくしょう!!!
「殿下も聖女様も、もう少し肩の力を抜いては如何ですか? さっきから、お互い目も合わせていないじゃないですか。今更、そんなに改まるような間柄ではないでしょう?」
……なぁ、オリヴィアさん。それは正論だけど、アンタが言うのかい?
もとあと言えば、あなたが俺に抱きついたから、こんな気まずい状況になったんじゃないですか……。
俺がナターシャにキスをするという状況を生み出したのは、元を辿ればオリヴィアさんが俺に抱きついたからだ。
そのせいで俺は意識を失って落馬。馬から落ちた俺は運悪く谷底に真っ逆さまに落ち、そこの真下にある水溜まりにハマった。
そして、そこは
俺が気を失っても自分がいるから安心して女慣れしろとオリヴィアさんは言っていたけど、結果的に言えば俺を助けられなかったことになる。
世の中には絶対の安全なんてありはしない。オリヴィアさんは俺が馬から落ちることに対処できなかったと言えばそれまでだ。
……だけどあれはきっとわざとだ。
オリヴィアさんは、俺をわざと谷底に落としてナターシャに会わせたんだ。
そんなことをした理由は、俺にはわからない。だけど俺はオリヴィアさんのことを信頼できる人だと思っている。
きっとあの行動には深い事情があるのだろう。
なので、皆にはオリヴィアさんを責めないように釘を刺しておいた。
……だけどこうも開き直るのはなんか違うと思うよ、オリヴィアさん。
一応俺、あなたの被害者だし……。
「まぁ久々に殿下と聖女様の顔合わせです。募る話もあるでしょう。……皆、下がるわよ。私たちがいたら、お二人の邪魔になっちゃうわ」
そう言い、オリヴィアさんは俺の部屋にいる隊員たちを別室に誘導し始めた。
……え? こんな状況でナターシャと二人きり!?
「ちょっと待ってください、オリヴィアさん! ……い、一緒に居てくれた方がありがたいのですが……!」
縋るように俺はオリヴィアさんに頼んだ。コミュ障の俺には、こんな空気をどうにかするスキルはない。
「そ、そうですよ。オリヴィア隊長! 殿下も久々の長旅でお疲れのご様子。ここは我々が同席して警護に当たった方が――」
「――じゃあ、ごゆっくり!」
他の隊員の意見を完全に無視して、ふすまは完全に閉ざされた。
残されたのは、俺とナターシャの二人きりである。
……どうしよう!?
所在なく、俺の視線はナターシャの方へと向く。
彼女もまた、困ったように俺を見ていた。
ここは何か言わなくては、間が保たんぞ……!? こういう時はあれか、天気の話題が鉄板か……? 今日は裸の女性が降ってこなくて、空がよく見えますね……ってダメだ!? こんなこと言ったらただの変態だ!
話題作りに頭を悩ませていると、再び後ろのふすまが開く音が聞こえた。
わずかな隙間。そこからひょっこりと顔を出すオリヴィアさん。満面の笑みだ。まるで悪戯を思いついた子どものような顔をしている。
なんか、イヤな予感がするぞ……!
「聖女様! 一つ言い忘れていたのですが、殿下が落馬した理由、私の胸でめちゃくちゃ興奮したからですよ! それじゃあ、今度こそごゆっくり!」
そう言い残し、再びふすまは閉まった。
……え? あの人なんか今、とんでもないこと言ったよね!?
ナターシャには俺が落馬した理由、伏せてあるんですけど!?
「……シュヴァルツ様。今の話、詳しく聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
今までの硬い表情はどこへやら。ナターシャは見惚れるくらい良い笑顔をしていた。
なのに、俺は凍えるような寒さを覚えている。
完全な修羅場である。そんなナターシャを見ながら俺は心の中でとある決断をした。
帰ったら
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