第2話 不安に溺れるな。溺れるのなら――俺の愛だけにしておけ……!
円卓に座して俺の話を傾聴している人たちと、そんな彼らに今朝気を失った経緯を説明する俺。
この場にいる人たちは皆真剣だ。誰一人として眠そうな顔をしている者なんていない。
……だけどそんな真面目な場にとんでもない異物が混ざっていた。
それは参考資料として皆の手元にある俺の黒歴史ノートだ。
真っ裸でスカした表情をする俺、キス顔をする俺……。
つまり、そういった恥ずかしい過去を皆に見られながら、俺は今朝気を失った経緯を述べているというわけだ。
穴があったら入りたいッ!!
もちろん、これは特殊な性癖を満たすための羞恥プレイなどではない。
俺の話を聞いてくれている人たちは、俺の事情を知る協力者たちだ。
そんな彼らには、今の俺の人となりをしっかりと把握しておいてもらうことが大切だ。
何せ記憶を失くしたことで、俺は以前とは全く違う性格になってしまっているからな。
その変化が昔の自分を演じていく上で大きな障害となる可能性は高い。
有事の際に彼らの適切なサポートを受けられるようにするためには、こうした情報共有が重要だ。
もしこの本が普通の自伝とかだったら、間違いなくこんなカオスな状況にはなっていなかっただろう。
全ては過去の自分の行いのせいだ。
まぁ要するに……自業自得というわけです、はい。
そんなこんなしている内に、ようやく話は終盤に突入する。
もうすぐしたら楽になれるぞ……! がんばれ、俺……!
「――『その甘美な味の正体とは――俺の
なんとか報告を終えた俺は、その場に力無くへたりこむ。
世界広しと言えど、このような特殊な屈辱を味わっている人間はこの世に俺だけだと断言できる。
……これからは黒歴史を作らないように生きて行こう。俺は自分の中でそう誓った。
「お前の話は一通り理解した。……それにしても、あのシュヴァルツが女に対してこうも臆するようになってしまうとは想定外だった。これでは演技どころではないぞ。早急に手を打つ必要があるな……」
声の主は、エリザベス・ヒストリア。この国の女王、つまり俺の母親に当たる人物である。
スラリとした長身に、俺と同じ赤い髪とエメラルド色の瞳が特徴の美女で、年齢については守秘義務……というわけではないが、俺の姉と言っても通用するくらい若々しい外見を保っているとの説明だけに留めておこう。
そんな母さんは俺が女性への免疫を失くしたことを深刻に受け止めているようだ。
いや、それは母さんだけではない。ここに集まった全員が、そのことで頭を悩ませている。
……まぁ皆の気持ちはよくわかる。
今の俺は、昔とは全然違う。
おそらく皆は俺がちゃんと昔の自分を演じられるかを不安に思っているのだろう。
記憶喪失だけでも厄介なのに、その上、俺は女性と接することが苦手になったことが判明したのだ。
厄介ごとだらけである。このような反応になるのは無理もないだろう。
だけど俺だってやればできる男だ。
ここは俺がそのことをしっかりと示して、皆を安心させてやるべきだろう。
そう判断した俺は、努めて明るく笑ってみせた。
「ハハハ! 皆さん、考えすぎですよ。たしかに俺は女性と接することが苦手になりました。だけど俺が気を失うようなことは、あくまでエロいことが起こった場合だけです。これだけはどうしようもありませんが、逆に言うと、それ以外のことでは倒れませんし、表情にも出しません! 公の場では、皆様のご期待通りのキザなナルシストを演じ切ってみせます! そう、こんな風に……」
そう言い、俺は椅子から立ち上がり、そして――
「――シュヴァルツ!? その表情は、以前の……!?」
目を見開き、驚愕の表情で俺を見る母さん。そこに周囲のどよめきが加わり、俺の演技が上手くいっていることがわかった。
……ふっ、どうやら上手く決まったようだな!
今の俺はどこからどう見ても自分に酔ったナルシスト――つまり昔の俺にしか見えないだろう。
因みにこの演技は自室で自主的に訓練して身につけたため、誰も知らない。
秘密にしていた理由は単純だ。
こんな練習をしているところを、人に見られるのが恥ずかしかった。ただ、それだけだ!
本当は、もっと完成度を上げてから披露するつもりだったけど、皆を安心させるためには仕方のないことだ。
そして見せたからには、精一杯やり切ってやる!
そして俺は気取った声で、「不安に溺れるな。溺れるのなら――俺の愛だけにしておけ……!」と言い放つ。
因みにこのセリフに関しては、完全なアドリブである。
あの黒歴史ノートの内容を拝借しても良かったが、皆にちゃんと昔の自分を演じられることを知らしめるには借り物の言葉ではない方が良いに決まっている。
因みに今の俺の心情を言葉にするなら、くっそ、恥ずかしい!!! だ。
自室に戻ったら、壁や机にひたすら頭をぶつけていると思う。
だけど今は、その感情を吐きださずに鋼の自制心で心の内だけに留めている。
見たか、皆よ! 俺だってやろうと思えばこのくらいの演技はできるんだぜ……!
って、あれ……?
だが、皆の反応は俺の予想に反して芳しくない。
想定では、『これなら安心できる、流石はシュヴァルツだ!』というような明るい反応が返ってくることを期待していた。
なのにこの場には微妙な空気が流れるのみ。一体何故だろうか……?
これでは突然俺が奇怪な言動をして、周りがドン引きしているようにしか思えないぞ……。
え、待って。この空気耐えられないからやめて、マジで!!
……もしかして、俺の演技に解釈違いでもあるのか!?
顎の角度か!? もっと偉そうに胸を張るべきだったのか!? それとも語彙のチョイスか!?
一人で演技をしていた弊害だ。何が悪いのかは全くわからない。
と、とにかく俺が人前で臆せず堂々とした演技ができるということは皆もわかってくれたはずだ。
細かな演技の問題は、後で修正すれば良い。
残りの大きな問題は、記憶喪失であることを除くと、女性への免疫がないということくらいか。
……まぁ、女性への免疫がないことに関しては、なんとかなるだろう。
俺も一応は有名人だ。女性ファンにみくちゃにされることくらいはあるかもしれないが、精々その程度のことくらいしか起こらないはずだ。
そういった状況にならないように、警備を手厚くしてもらえれば何とかなるだろう……などという俺の甘い考えはすぐさま打ち砕かれることになった。
「とりあえず、見事な演技だったとは言っておく。その演技力があれば、大衆にはお前が記憶喪失だとは気づかれないだろう。……だが、それはお前があくまで女体を見ても動じないだけの精神力を身につけて初めて役に立つものだ。お前の日常はエロにまみれている。お前が女への免疫を失くしたことは、下手をすると記憶を失ったことよりもまずいことかもしれん。このまま一人で外に出歩いてみろ。お前は確実に――死ぬぞ!」
時間が静止するという表現は、正に今の俺の状態を表すためにある言葉なのだと思う。
演技に対する母さんの称賛は、俺の耳に届かなかった。
――あとがき
レビュー、フォロー等本当にありがとうございます。
執筆の励みになります。
タイトルまでの道のりが遠い……。
全ては黒歴史のせいです(白目)
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