記憶を失くした俺の処方薬が許嫁の聖女だった件 〜女性にたじたじになった俺が、性格真逆のオレ様系男子を演じることになった件〜

萌えるゴミ

プロローグ

第1話 俺の大好物は聖女さ!

『俺がカッコいいのは、お前の視線を独り占めするためなんだよ。一生飽きさせねぇから、ずっとこの俺にだけ見惚れて生きていろ』


『屋内は膝の上、屋外は胸の中。大切なもんは肌身離さず手元に置いておくもんだろ? わかったらさっさと俺の傍に来い。丁重に愛の巣までエスコートしてやるぜ、


『1000の言葉なんかじゃ伝えきれないお前への深い愛。今すぐわからせてやるから、お前は黙って俺に愛されて――』


「――うわあああああああああ!!!」


 絶叫と共にベッドから飛び起きると、小鳥の囀りが朝を知らせていた。


 ……夢か。


 現実に戻ってこれた安堵感によって、俺は盛大にため息を吐く。

 とんでもない夢だった。俗に言うオレ様系男子となった自分の行動を俯瞰する夢だ。


 もう少し目覚めるのが遅ければ、俺はあのまま恥ずかしさでショック死していただろう。

 しかし厄介なことに、あれは単なる夢などではない。

 寝て覚めて消える幻ならばどれほど良かったことか。


 なにせあれは……


「昔の俺……なんだよな……?」


 確かめるようにそう呟き、滴る汗を拭って、俺は枕元に置かれている一冊の本に視線を落とした。

 表紙を飾るのは、派手な赤い髪をかき上げて、すかした表情をしている男だ。


 本の帯には『俺のファンたちシュヴァルツ・ガールズよ。これは命令だ。骨の髄まで俺で酔いしれろ』というキャッチコピーが添えられている。


 ああああああッ! 痛いッッ!! 痛すぎるッッッ!!!


 俺の名はシュヴァルツ・ヒストリア。この国、アレスティア王国の王子だ。

 自慢じゃないが俺は要領が良く、一を聞けば十を知る天才と呼ばれている。


 才能にも環境にも恵まれた俺は、そのまま順調に成長していったのだが、残念ながら育ったのは身体や才能だけではなかった。


 成長の過程で培った自信は壮大な態度となり、壮大な態度は壮大な言葉となって、俺の言動に表れるようになる……。


 その結果、俺は、オレ様系男子あんなキャラになってしまったというわけだ。


 若気の至りである。今となっては、昔の俺の言動全てが黒歴史そのものだ。

 そんな消し去りたい過去が、一冊の本としてこの世に出回っているという恐怖。


 ただでさえ、王族の自伝というだけで人目を惹くというのに、俺の場合は奇抜なエピソードが星の数ほどあるときた。

 そのことが世の人々に受けたようで、この本の売上は絶好調。店頭に並べば秒で完売するほどだとか。


 ……つまりその売上の分だけ俺の黒歴史が誰かに知られているということになる。

 こうしている間にも誰かがこの本を読んでいると思うと……あああああああああ!!!


 これ以上このことを考えるのはよそう。恥ずかしくて心臓が止まってしまいそうだ……。


 そんな本を俺は昨晩寝る前に読んだ。

 あんな夢を見てしまったのは、きっとそのせいだろう。

 馬鹿げたことをしている自覚はもちろんある。


 だけど俺は昔の自分を知ることから逃げてはならない。

 どんなに恥ずかしかろうが、俺は自分の過去と向き合わねばならない深い事情があるのである。


 ……実を言うと、俺は昔のことを覚えていない。


 いわゆる記憶喪失というやつだ。

 俺が昔の自分の言動に対してこうも過剰に恥じらいを感じてしまうのは、記憶が失くなった影響で性格が変わってしまったからだと考えられる。


 人格形成において記憶が大きな役割を果たしていると言うからな。

 まぁこうして本を読み、記憶の補完ができる程度の知識や感性が残っているのは不幸中の幸いと言ったところか。


 こうなってしまった原因については現在調査中だ。

 何せこの世界には魔法という力があって、それを使えば記憶の改竄だってできてしまう。

 つまり俺がこうなってしまったのは、何者かの陰謀に巻き込まれた可能性があるというわけだ。


 そしてもしこの一件に首謀者がいるとしたら、それはおそらく魔族の仕業だと考えられる。


 魔族とは悪しき闇の力を持つ者たちの総称だ。

 その姿は、獣に近い外見を持つ者や人間と遜色ない者など様々。

 そんな魔族たちが共通して持っている本能がある。

 それは、光に愛された者たちへの飽くなき憎悪――つまり、俺たち人類への強い憎しみだ。


 そんな魔族たちの手によって、この地上は500年という長きに渡り支配され続けてきた。


 その全ての元凶こそが魔王である。魔族社会は力が全て。


 魔王はその身に宿る圧倒的な力によって数多くの魔族を自らの支配下に置き、魔族の大軍勢をこの世に生み出したのだ。

 その魔王の配下たちは魔王軍と呼ばれ、魔王の指揮の下、魔王軍は数多くの人の国を滅ぼしていった。


 この世に魔王がいる限り、人々に安寧は来ない。

 人類が魔族によってこの地上から滅ぼされるのは、時間の問題だとされてきた。


 だがこの悲劇はもう過去の話だ。


 この世に魔王はもういない。一人の英雄によって魔王が倒され、それによって統率を失った魔王軍が崩壊して早一年。

 人類は500年振りに平和な日常を取り戻しつつある最中だ。


 だが、この世に魔族がいる限り、再びその中から次代の魔王が生まれる可能性はある。

 そんな次代の魔王に求められているものは、前代の魔王を倒した英雄をも凌駕する力だ。


 だから俺は魔族から命を狙われているのである。


 なにせ魔王を倒して世界の平和を取り戻した英雄とは……何を隠そうこの俺だからだ。


 さて、ここで一旦状況を整理しよう。


 つまり俺は、オレ様系男子であり、一国の王子であり、魔王を倒した英雄であり……そんな過去を全て忘れてしまっているというわけだ。


 ご覧の通り属性が渋滞しすぎていて、とてつもなくカオスなことになっている。


 しかも俺が記憶喪失であることは、一部の人間にしか知らされていない極秘事項。

 理由はどうあれ、人類の英雄が記憶喪失であるということが公になれば、この国はパニックになってしまうことが考えられる。


 つまり、俺は公の場で昔の自分を演じなければならない事態に陥っているというわけだ……!


 だからこそ俺は黒歴史ノートを読んで記憶の補完を行い、昔の自分を演じるために必要な知識を得ているのである。

 長くなったが、俺が自らの黒歴史と向き合うという馬鹿げたことをしている理由については概ね理解して頂けたと思う。


 そして俺が記憶の補完を始めてから今日で3日目。

 今まで俺は城内にこもりながら失った記憶の補完を重点的に行なってきたが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 王子としての公務もあるし、俺はまだ学生の身だ。夏季休暇が終われば学校も始まる。

 そうなれば、本格的に昔の自分を演じる生活の幕開けだ。


 それまでに昔の自分を演じられるだけの知識をなんとしても身につける必要がある。

 こうして早く目が覚めたのならば、少しでも昔の自分を理解することに努めるべきだ。


 ぱしん、と両頬を叩いて俺は自らに喝を入れた。

 これから戦う相手は魔王を倒した昔の俺強敵だ。

 激戦になるのは間違いない。気を引き締めろ、俺……!

 数度呼吸を繰り返し、覚悟を決めた俺は黒歴史ノートを開ける。


 ――第5章『シュヴァルツ・ガールズの目の保養の時間』


 章題からして嫌な予感がするけど、読み進めるしかない。

 この前の章では、ひたすら俺のキザったらしい名言が記されていた。

 昨晩見た夢は、あの内容が反映されたものだった。


 本には呪文のようにおびただしい数の歯の浮くようなセリフが書かれていただけで、誰に向けて言ったかまでは書かれていなかった。

 だけど夢の中の俺は、その言葉を一人の女性に向けて言っていたような気がする。


 ……なんだか、その女性が気の毒に思えてきたぞ。


 まぁそんな考察は一旦置いておくとして、一口に黒歴史と言っても、章によってそのベクトルに大きな違いがある。

 つまり、どのような痛々しい自分が待ち受けているかは、実際に読まなければわからない。


 恥ずかしさに慣れが来ないこんな鬼畜仕様にした当時の自分に悪態をつきながら、おそるおそるページをめくると……


「っっっ〜〜〜!!!」


 読み始めて早々、俺の口から言葉にならない悲鳴が漏れた。

 胸を抑えながら俺はその場にうずくまる。

 ここが戦場だったら、刀で斬られたような反応をしていると思う。


 俺の心に深手を負わせたものは、生まれたままの姿になっている俺の写真だった。

 大事なところは写っていないが、すかした表情をしている自分のフルヌード姿を朝から見るのは色々ときつい。


 もし目の前に机があったら、恥ずかしさのあまり血まみれになるまで頭突きを繰り返していただろう。


 この本を一冊読みきれば昔の俺の大体の人となりがわかるというが、今のところ昔の俺はただの痛々しい奴だったという感想しか湧いてこない。


 こんなやつが本当に歴史に名を残す偉業をなし得た人間なのか!? こんなナルシスト野郎が昔の俺だというのか!? そして何よりも、こんなやつをこれから演じなければならないとか、一体なんの罰ゲームなんだよ!?


 そんなことを思いながら俺は本を読み進めていく。


 ページをめくっては悶絶し、ページをめくっては悶絶し……そんなことをくり返すこと十数分。

 もう俺のライフポイントは尽きかけ。これ以上は身が保たないと思い、本を閉じかけたその時だ。


 ――第六章『俺しか知らない極上の味』


 息を切らしながら、ページを捲ると章が変わった。

 ざっと目を通したところ書かれているのは、極上の味とやらの賛辞ばかり。

 さっきまでの恥ずかしい写真は見当たらない。

 キザな言葉回しは多少目につくけど、今までの破壊力と比べたら随分マシだ。


 助かったぁ……!


 この内容なら恥ずかしくて悶絶させられるようなことにはならないだろう。

 ほっと胸を撫で下ろして、俺は本の続きを読み進めることにした。


 ……それにしても極上の味、か。


 昔の俺はかなりの甘党だったようで、それは今の俺も全く変わっていない。

 つまり昔の俺が美味いと感じたものは、今の俺にとっても美味いはずだ。

 そんな俺がこうも絶賛するものとは、一体どんなものなのだろうか……?


 ……ごくり、と思わず喉が鳴った。


 やばい。その味とやらがめちゃくちゃ気になってきたぞ!

 ……そういえば、記憶を思い出す治療法の中に、かつての自分の行動を辿るという方法があったな。


 しかも本の章として書き記すほどの味だ。


 もしかしたら、それを口にすれば忘れていた記憶が蘇るかもしれない。

 駄目もとだろうが、やってみる価値は大いにあるだろう。

 明日以降の献立にそれを組み込んでもらうことができるだろうか、などと考えながら俺は本を読み進めていく……。


 この時俺はとある失態を犯していた。

 それは味への好奇心に駆られていたせいで、この本が黒歴史ノートであるということを失念してしまっていたことだ。


 好奇心は猫を殺す。


 自分と向き合う際は、未開のジャングルに挑むような慎重さが必要だ。

 それを怠った俺は無警戒のままその味の正体に迫ることになる。


 そして……


『その甘美な味の正体とは――』

















『――俺の聖女愛した女さ!』


「ぐはっ!!!」


 唐突なエロネタによって、俺の意識は闇に飲まれたのであった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る