私の敵だったものへ

くろかわ

述懐

 私の存在を証明する。


 六百年ほど前の話からだ。

 大陸の覇者を決める戦争は結局、最も射程の長い攻撃を相手の届かない距離から、雨あられと降り注ぐことで集結した。開戦当初は騎士道だの、戦後に禍根を残さない戦争だのを謳っていたが、終わってみれば敵地を焦土にしたほうの勝ちだ。

 複数の魔法使いを敵地に潜伏させ、時に裏切りとも思えるほど保身を徹底させる。兵士百人より魔法使い一人のほうが重要だ。何故なら彼、彼女ら通信網であり、情報であり、狙撃場所を示す指標だった。


 私の役目は唯一つ。狙撃だ。


 敵陣に入り込んだ魔術師が索敵の網を張り、指定された座標目がけて巨大な飛礫を叩き込む。それだけだ。たったそれだけの行為を、動くものが無くなるまで続ける。


 標的は何も前線基地や城砦だけではない。

 穀倉地帯、敵軍の平坦路、難民キャンプを訪れる要人、敵国の首都、その交易国、港、運河、白旗を掲げる船。

 敵、敵の味方、敵となりうるもの、敵だったもの、裏切りを画策する味方、反戦を標榜する市民、戦争を終えたからと解体を宣誓した王、私を捕縛しよとした兵、同じ戦術で対抗しよとした魔法使いたち。


 ひとしきり終わってからは、私に触れようとするものはいなかった。私の存在意義は失われた。否、失ったと錯覚した。


 そこで私は考えた。魔法使いたちがいなければ視界を用いない狙撃は難しい。なら魔法使いたちの代わりを用意すればいいのだ。

 私は──そういえば私の形を説明していなかった。私は積層型魔法陣を閉じ込めた砦に金属製の脚を複数本付けたものだ──脚と魔法を使って掘削を開始した。こちらの作業はかなり難航した。私の魔法の本質は「運ぶ」ことだ。

 瓦礫を運び、加速させて目的地に到達させる。

 空の彼方から巨大な石や氷の塊を運んで狙撃座標へと着弾させる。

 全て「運ぶ」ことの応用だ。


 だから、鉱石の精製は難しかった。

 何故こんなことをしたかと言えば、魔法使いたちの代わりとして金属でできた私の使い魔を作ろうと決めたからだ。

 鉄鉱石を掘り出し、炉を作って鉄に精製する。作業場所は、私の中で空いた部屋を改造すれば事足りた。

 問題は作業員だ。悩んだ挙げ句、周囲にある木を切り倒して人形を作った。

 人形たちにかける魔法も同じだ。「運ぶ」魔法。腕を上へ運ぶ。脚を前に運ぶ。

 人形の部品同士を繋げるのではなく、体を構成するパーツを用意して、魔法を使い形を保ったまま移動させる。これを自動化させて、私本体は鉄鉱石を掘り出す作業に専念した。人形たちは鉄鉱石を大釜に入れて熱する。熱した製鉄は一度板状に鋳造しその後、組み立てて箱型にする。


 さて、ここで疑問として持ち上がるのは熱源だろう。

 どうやって大釜を熱し精錬された鉄を作り出すのか。

 実はこの解法は簡単だ。熱を別の場所から大釜に直接「運べ」ば良い。一番簡単な熱源は太陽だ。一日の内半分は空の上にあるし、距離こそ遠いが確実に届く。一度は火山の火口に赴いたが、時折噴火を起こす上にドラゴンなどが住み着いている。厄介なことに彼らは縄張り意識が強い。それらと戦うのは面倒だし、本懐ではない。

 私の存在は戦争のためであり、戦闘のためではない。戦争とは人間同士で行われる計画的な殺戮行為だ。行き当たりばったりの殺し合いは本分ではない。


 熱と鉄の精製をクリアした私は、人形たちに新たな命令を出す。

 使い魔の成形だ。

 大きさは人のてのひら大。移動は私の魔法を模倣すればあらゆる方向に移動可能。通信は情報を「運べ」ばいいので簡単だ。

 最も困難だったのは情報収集だ。

 望遠鏡を作るには硝子の精製が必須だった。砂漠地帯にある砂に熱を与えて試しに作ってみたものの、遠くを見るには微細な屈曲が必要で、そこまでの繊細さを人形には与えられなかった。残念ながら大雑把なのだ、私は。

 望遠鏡の試みが失敗した私は考えた。硝子に写り込んだものを情報として捉える。そして、それを互いに情報交換し合う。遠くまで眺められないが、使い魔の数を用意すれば良い。

 こうして最終的に私の使い魔は大陸全土の空を埋め尽くすようになった。

 これはドラゴンとの謁見のあとの話だ。そこに至るまでにはまだまだ先が続く。


 私自身にも色々と改造を施した。

 製鉄炉を稼働させるための煙突や、たくさんの飛行型使い魔を収納しておくための空間。稼働にあまり魔力を使わない、木製の人形を格納する倉庫。そしてその原料を栽培するための器械群。

 全て必要に応じて増設したものだ。もちろん削ったものもある。人のための空間や人の使う道具──バリスタや攻城兵器などだ。


 規模が大きくなるに連れ人形が大量に必要になる。そこで行ったのが植林作業だ。

 植林作業はかなり楽しい。これこそ兵站の構築であり私が破壊した概念だったが、間違いなく戦争行為だ。

 禿げた山を見つけては下刈りし、少し育った木々を枝打ちする。後者の作業は人形の仕事だったが、それを眺めるのは好きだ。

 樹木が育ったあとは間伐を行い真っ直ぐな大樹へと育てる。育ちきったそれらを、私は手ずから伐採する。

 そして最初に戻る。人形の作成だ。


 一度軌道に乗ればその作業はどんどんサイクルが早まった。五百年程で大陸の半分は山と森と川になった。

 人に淘汰されかけていた長命種達には大層感謝されたが、私の目的は君たち長命種の保護ではないと告げても、彼らは一様に首をひねるばかりだった。定期的に移住をしてもらうのは構わないかと問うても人に殺されるより遥かに良いと応じてくれた。

 何もいない砂漠地帯の緑化に成功したことで、長命種たちの住処が増えたのも要因だったろう。


 鉄の堀削地に住まう山の亜人種(この言い方は大変腹立たしいが、彼ら自身がそれを受け入れていたので良しとする)たちとの関係も良好だ。

 人が減って搾取されることはほとんどなくなった。結果的に個体数が増えたものの住処になる洞窟が増えるわけではない。さてどうしたものかと悩んでいたところに私が鉄を求めてやってきた、というわけだ。

 彼らは私に鉱脈を教える代わりに、土地を堀削するという関係を築いた。

 お陰で私には新しく穿孔堀削機を増設することになったがこれはこれで気に入ったので良しとする。効率的に人を殺す手段にはなり得ないが、これで人を殺すと何故か人々は復讐心を燃やして、わざわざ私の前に出てくる事が多かったからだ。

 資源の取り合いは起きなかった。私の使い魔は小さく素早い。人間の弓矢や魔法等はかすりもしなかったから、再び作る必要に駆られたことはなかった。

 使い魔たちは鉄製だからそのままならいずれ腐食する。腐食の主な原因は空気だ。だから、空気に触れないよう触れそうになった空気を少しだけ遠くへ「運び」続ける魔法をかけた。これはかなり手間だった。だが、期待した以上の効果があった。前述のとおりだ。魔法や弓矢も使い魔の近くに来ると遠くへ「運ばれて」しまう。非常に破壊が困難な使い魔が完成した。


 一度だけ揉めごとに発展したことが在る。

 亜人種たちは氏族や種族が多岐にわたっており、どこかの族や種に肩入れするならこちらにも恩恵を寄越せ、と主張がぶつかったことがあった。それも、私の居ない所でだ。

 戦争にまで発展仕掛けていたが、私が通りがかった時に「全ての氏族に同じだけの面積を掘って洞窟を作る」と約束したら矛は収まった。


 穴あきにされた火山の主、ドラゴンに呼び出された時はどうしたものかと悩んだ。

 無用な争いをしたくはなかったので謁見に応じたところ、黄金や宝石に埋もれた彼はこう言った。

「人が少なくなってから、略奪する財宝が無くなった」

 ここでは私の運が良かった。事前に宝石加工の得意な亜人種達と交流があったからだ。私は人の街に残った「ドラゴンの指定する価値あるもの」を掻き集め納めることを約束し、宝石を掘り出す亜人種たちを紹介した。

 幸い山に住まう亜人種達の信仰はドラゴンを神とするものだった。神への捧げ物を作って欲しいと頼み込んだところ「頼まれるまでもない」と快諾してくれた。

 その後も、ドラゴンと亜人達の交流は続いているらしい。


 さて、色々と話したが、ここでようやく大陸全土の空を監視できるだけの使い魔が揃った。

 ドラゴンとの謁見で空の一時占有権も許可を得た。都度申請こそ必要だったが、彼への連絡役として宝石を散りばめた石人形を納めた。彼はそれで大変上機嫌になったのか、事後承諾でも良いとまで言った。それもそうだ。ドラゴンは空の王ではあるが、山の外へはまず出ない。


 空と大地を味方につけた私は人間の捜索に乗り出した。もちろん、下準備の五百年でも数え切れないほど殺したが、それでもまだまだ湧いて出てくる。


 君たちのように。


 さて、種としての人類は基本的に滅びたと言って良い。これは私が続けた百年戦争の成果だ。

 私の戦争は君の集落を滅ぼせば一段落だ。だがしかし、君を生かし経緯を聞かせたのは理由がある。

 

 解るかな。戦争は終わった。人間はほとんど滅んだ。集まってもすぐ殺せる。だが君は生かす。

 ドラゴンは貴重品を欲しがるものだ。

 あぁ、つがいが生き残っているなら連れてくると良い。そのために、集落の二割を生かしたんだ。もちろん移動中の君に監視は付ける。

 君たち生き残りはこれからドラゴンに飼われる。周囲には私の人形と亜人種たちの混成部隊が敷き詰められているから、逃げようなどとは思ってはいけない。殺されてしまう。それはもったいない。

 解るかな。君たちは家畜だ。人間ではない。

 戦争は人間同士の行う大規模な殺戮行為だ。家畜は人間ではない。


 これで私の存在証明は一度終わりだ。


 私は新しい生き方を模索しようと思う。今は農業というものに手を出してみようと思っている。長命種たちから興味深い話が聞けたからね。

 鉄も地下にあるものを使えば良くなったから、山脈に住まう者との交流もそこまで深いものである必要もない。

 装備を整えて海の底に行くのもいいな。海水も魔法を応用すれば触れずにいられるだろう。空の彼方へ旅する前に島々に逃げ延びた人類の後始末をする必要はあるが、それも戦争と呼べる規模になってからだな。あと千年くらいは様子見だ。

 あぁ、済まない。話が逸れた。君に新たな生き方ができるかどうかは、新たな主人次第だ。せいぜい機嫌を取ると良い。

 幸運を祈るよ。私に神はいないけれど。

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