なぜ2人は捕まらなければならなかったのか?

 ここまではラピュタ、飛行石、これらの情報を一般人の視点から伝えます。しかしラピュタというものは特殊な存在であり、より専門的な情報を伝える必要があります。専門的な情報を自然に読者に伝えるテクニックがあります。


 それは「専門家と一般人を一緒の空間に置く」ことです。


 専門家同士はお互い知識があることを知っていますから、敢えて話すことはしません。一般人同士は知識が無いからわかりません。しかし専門家と一般人が同時にいると、専門家が説明するシーンが生まれます。専門家が一般人に説明するのを利用して、読者に情報を伝えているのです。ここで言う専門家はムスカ、一般人はシータです。


 次のシーンでムスカがシータに語ることによりいくつかの事実が明らかになります。ラピュタのロボ、ラピュタの持つ力について、シータは王の継承者であること、ラピュタの場所を教える何か魔法を知っているのではないかということでシータを追いかけていたこと。ラピュタの知識を読者に伝えるだけであれば、ムスカが誰かに話すだけでもいいかもしれませんが、それだとちょっとおしゃべりすぎる感じがします。シータがいれば、(いずれ王妃として迎えようと思っている(ツッコミどころ!?)ので、真実を話してもそこまで矛盾はしない)自然にことが進みます。つまり、シータが、城に連れていかれることにより、これらがスムーズに行くのです。


<是非使いたくなる古典的なジレンマ>

 この後、シータが突然態度を変えます。それはパズーを助けるために嘘をついているのですが、それをパズーは知りません、でも読者は知っています。このジレンマがいいですね。

 しかも金貨をもらう、これがさらに後々ドーラが「あんたはあの娘を金で売ったのかい」というセリフに繋がっていきます。これがまたうまいですね。それでいて、「お前を助けるために脅かされてやったにきまってるじゃないか」と教えてあげる。ここらへんからドーラの存在感が増してきますね。


 パズーが最初にこれに気付いてはいけないんです。

「シータ、嘘だろ? 脅されているんだよね?」

 というふうに気付いてはいけないんです。


 ここでドーラとパズーがぶつかりあうことでエネルギーが生まれます。このエネルギーがさらにパズーのモチベーションへとつながるわけです。まさにバネが思いっきり縮めば縮むほど反発も強く高くジャンプするように。

 そしてこの話の終わりかけたころに、信号を受信、飛行戦艦が呼び寄せられることを知ります。ドーラ「お前たちいつまで食ってるんだい! さあいくよ」

相変わらず息つく間が無いですね。


 普通だと翌朝出発、という流れにしてしまいそうですが、こんなに早く飛行戦艦で移動していくんですね。まだ飛行石を働かせる魔法も分かってないのに。ただ、このお話は一貫してこのめくるめくテンポ、一つのイベントが終わりそうになるタイミングで次のイベントを被せてくる、この手法をとっています。ひたすらジェットコースターです。


 このやり方はどちらかというと、映画より連載漫画や、ここカクヨムのような場で非常に力を発揮します。連載漫画も、カクヨムも一つのエピソードを読んでしまうと次へのヒキが無いともうそれ以上は読んでもらえません。今のweb漫画の世界は特にその点がシビアで、かなり神経を尖らせていると編集者の方もおっしゃっていました。カクヨムでも、エピソードの最後で次へのヒキがないとそれ以降は読んでもらえません。


 しかし映画の場合はよっぽどでないと途中でやめる、ということはありませんから、だからこそ長いスパンのゆったりとした設定が組めるのですが。ラピュタはまるで空を飛ぶジェットコースターを思わせるストーリー展開と言えるでしょう。


 この後、パズーが海賊一味の仲間に入れてくれというシーン。このシーンは印象に残っている人も多いでしょう。物語が大きく動き出す重要なシーンです。動と静で言えば動、この物語の大きな転換点です。


 つまりここまでは説明だったわけです。ラピュタとは何か、シータの立ち位置は、パズーの思いは、ムスカの狙いは、そしていまの問題とは、ドーラの立ち位置、狙いとは。

 このあたりがうまく説明がし終わったからこそ、やっと大きく動き出すことができるのです。ここまでの説明が甘いとこのシーンはパンチが弱くなってしまいます。


・シータは実は王位の継承者だった、石なんていらない、ただ普通の生活がしたいだけなのに(ドーラが言うには)生きて返してもらえないかもしれない(いや、それよりもっと怖い変態男との恐怖の共同生活が待っているかもしれない)


・パズーは自分の力不足で、シータを守れなかった。父の屈辱を晴らすべくラピュタを見つけたい、(父は報われずに死んでいるのがいいんです)。


・ムスカはラピュタを手に入れたい。


・ドーラはとにかくお宝がほしい。


 この辺りが読者に伝わっていれば、もうこのシーンは読者もあたかもその場にいるかのようにのめり込んでいるはずです。

「シータを助けに行こう!」と。


 ここでちょっとドーラ婆さんについて。

 ドーラといえばこの話のかなりキーとなる存在です。悪役でありながら人情にあふれ、海賊ではあるけれど、まっすぐな気持ちにはしっかりと答える。どうも憎めない存在。実はこの海賊、いなくても成り立つんです。その際は構図としてはシータ&パズー対ムスカとなります。ひょっとしたら当初は最初だけ出てくるはずだったのが、後からぐいぐい入ってきて、もう深いとこまで入れちゃえ〜ってなった可能性もあるかもしれません。この辺はきっとどなたかが色々考察していることでしょう。


 とにかく、ここまでドーラは単なる賊でしかありませんでした。完全なる敵キャラです。でも最終的になんとも憎めない良いキャラにするには、ドーラの人間性を説明する必要があるんです。つまり、単なる冷酷な賊だったら「仲間に入れてください」とは言い難いかもしれないのです。なぜなら入った瞬間殺されるかもしれないですし。しかしここでドーラ一味とじっくり話す機会が作られているのです。冷たい言い方のなかにも物事を的確に見抜く洞察力、ちょっとしたユーモア、メンバーのちょっと抜けた感じも賊としての冷たさを軽減させています。


「おばさん、僕を仲間に入れてくれないか、シータを助けたいんだ」


 それに対し、「そうか、じゃあ来い」

 と言ってはダメなんです。一旦突き放す、ドーラはどう言ったかと言うと


「甘ったれるんじゃないよ、そういうものは自分の力でやるもんだ」


 自分のちからでどうにかなるわけないじゃないか、見てる方がそう思いますよね。


「力があれば僕が守ってあげられたんだ、ラピュタの宝なんていらない、お願いだ」

 ここで再度パズーの立ち位置をさりげなく説明しています。動機ですね、


(その方が娘が言うこと聞くかもしれないね)

「二度とここへは帰れなくなるよ」

「わかってる」

「覚悟の上だね」

「うん」


 ナイフを抜く、そして

「40秒で支度しな」

 言い終えた時にパズーがもう走り始めている。やっぱり終わりかけに被せて来ますね。


 いやー、このシーン、何度見ても痺れる。

 いいよ、連れて行こう、とは言わない。二度と帰ってこれないよ、40秒で支度しな、という間接的にOKだすところがかっこいいですね。


(その方が娘が言うこと聞くかもしれないね)


 というセリフもスパイスが効いていますね。ただ単に「しかたない、連れて行ってやる」という流れだと、「いきなりこんなにすぐ海賊の気が変わる?」と思うかもしれません。

 それの保険として、パズーを連れて行く動機にやはり海賊としての目的がしっかりあるんだ、ということを匂わせることにより、ドーラの立ち位置(ただたんに優しいのではなく、海賊としてのキャラ)を残したわけです。微妙なさじ加減ですね。

 ドーラはなんだかんだで優しいので、ここで気が変わったでもいい気もしますが、製作者はここでドーラの海賊らしさを強調したわけです。


「二度と帰ってこれないかもしれないよ」


 このセリフもいいですね、ラピュタに向かう凄まじい推進力を感じます。後戻りはできない、死ぬ気で立ち向かう、そんな気迫が伝わってきます。鳩にあいさつするシーンも味が出ます、なにせもう二度と会えないかもしれないのですから。


 主人公は追い詰めれば追い詰めるほど、動機が強くなります。逃げ場があるチャレンジは見ていてつまらない、追い詰められればいつめられるほど緊迫感が増して、主人公の行動にもアクセントがつきます。


<余談>

 金色の小麦畑を歩く姿、(ナウシカがオームを隠すシーン?)


 さあいよいよ主人公達はラピュタへ向けて動き出します。空中戦の開始です。

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