安心させない

 この作品はとにかく次から次へと事件が起きます。ゆっくりしている時間はありません。それが常に正しいとは言いません。遊園地に行って、全員ジェットコースターが好きかと言えばそうでない人もいます。観覧車が好きな人、メリーゴーランドが好きな人、色々います。しかし本作品は完全なジェットコースター仕様となっています。事件が起こり、解決したかと思ったらまた別の事件が起こる、ずっとそれです。そういう視点で見ていきましょう。


<通常の行動の逆をする>

 まず少女が空から降ってきます、こんな異常事態なのに、


「親方、女の子が」


 と言っても親方は聞いてくれません。ここでも「普通の流れを裏切れ」のテクニックがあります。通常であれば、親方も「なんだって?」どうしてこんな……。となるはずですが、それを聞いてくれないで物語が進んでいきます。見ている方は、「女の子がいるよ? 大丈夫?」と気になってしまいます。このように読者を良い意味で不安な気持ちにさせることをここではサスペンジョンと呼んでいます。問題を敢えて解決させないで引っ張る、これが一つの重要なテクニックとなります。


<ラピュタのさりげない説明>

 翌朝シータが目覚め、パズーがご飯を作っている時に結構早い段階でラピュタの存在を紹介(説明が入る)します。どのように説明しているでしょうか。ここに説明のテクニックが光ります。

 説明のやり方としてスタンダードなものは、オープニングにラピュタの話、説明をしてしまうものもあるかもしれません。しかしやはりできれば話や、自然な流れで情報が出てくることが望ましいです。

 パズーが呼んでもシータが来ないので見にいったら、シータが何かの写真を見つめている。それからパズーがラピュタの説明を始める。この流れがいいですね。ここでシータの立ち位置、生きる意味、これからの目的がちょっとずつわかってきます。

 さらにお父さんは詐欺師扱いされそのまま失意のうちに死んでしまっています。もしこれが父が生きている、もしくは表彰されて有名になっている、となると、パズーの動機が薄れます。なので、ここはお父さんに失意のうちに死んでもらったほうがいいです。


<息つく間もなく事件が起こる>

 ある程度の話が終わるやいなや、海賊が訪れます、逃げます。落ち着いている間が無いですね。しかしも次のシーンで、シータが隠していた長い女の子の髪の毛がバレる、さらにピンチ。

 店の前で親方が喧嘩をしている隙に裏から逃げる。この配置は時々見られる流れですが、なかなか面白いですね。

 機関車とドーラたちのオートモービルとのチェイスになります。ここのやりとりも息を呑むアクションになっていますがここでは割愛します。

 追うドーラ、逃げるシータ・パズー。逃げ切ったシータ・パズー。ここで安心するのですが、ただちに次のトラブルが発生。


 向こうからやってきた軍隊と向かい合い、

「軍隊だ、この子らを保護してくれ」

 のシーンになります。そこで安心したかと思ったら、なんとそこにいたのは敵だった。戻ろうとしたら、今度はドーラが来る。


<主人公の逃げ場を断ち切る>

 ここでにくい演出なのが高架橋とでも言うのか、空中を走る線路でのやりとりということです。逃げ場がないんですね、これが地上の線路だったら横に逃げればいいわけです、でも逃げられない。このような場所の設定も心理的に追い込まれていく気持ちが現れます。

 他の例では、吊り橋でのやりとり(根本を切られたらアウト)、ミステリーでは事件が起こるのは大体「島」(逃げられない)、など場所の設定を過酷にすることで、より臨場感が増します。

 今回は空中の線路の上で、行ってもだめ、戻ってもだめ。さあ絶体絶命、となるわけです。


<おまけ>

 構図としては、シータ・パズーは二つの敵に追われているわけです。ここで使えるテクニックとしては、敵同士でぶつかりあう、というのがあります。2種類の敵から追われているという劣悪な状況が、うまく敵同士でぶつかっている間に逃げる、ということができると起死回生の展開を作れます。


 行っても地獄、戻っても地獄、その追い詰められた状況からどんな展開が待っているのでしょうか。


 2人は落ちます、かなり高いところから。しかし持っていた飛行石のおかげで致命傷を負わずに済んだのです。これによって、2人は絶体絶命の状況から逃げ出し、さらについでに飛行石の力もここで見せてしまう。この展開が絶妙ですね。


 この辺りから今度は飛行石の説明に入ります。ドーラも「ほしい!」と言わせることから、物語の方向性として飛行石にフォーカスが合っていきます。そしてさりげなくドーラの狙いは「飛行石なんだ」ということをここでも印象づけます。その先に飛行石のかけらとポム爺の登場というわけです。


(余談ですが、2人でトーストを食べるシーン、ナウシカが腐海の底でアスベルと2人でいるシーンに似てますね)


<食事シーンは非常に有用なツール>

 食事を食べながらシータが自分のふるさとと今までの経緯を話します。

 実はこの「食事シーン」、非常に使い勝手がいいんです。最初にも述べましたが、ストーリーを作る上で、「説明」をどううまく取り入れるかが肝となります。その際に「食事シーン」を使うというテクニックがあります。

 食事を2人で食べる時って黙って食べませんよね、ついしゃべっちゃう。そこで色々説明を入れることができるんです。他にも車で移動するシーン、一緒に夜寝るシーン、こういうところで主人公たちに色々喋らせることによって、「さりげない説明」を入れることができるのです。ここでシータの背景、目的、立ち位置がちょっとずつ明確になってきます。


 飛行石はすごい。それを伝えるには色々な方法があります。

 ここでは普通のそこらにある飛行石は空気に触れればすぐ消えてしまう、その結晶はあのポム爺ですら初めて見た、石が騒いでいるということはラピュタが近づいている、という話。そしてアクセントをつけるために、ポム爺が大事な言葉を告げます。「力のある石は人を幸せにするが不幸にすることもある。ましてその石は人が作ったものだ」このように何か気になるセリフを付け加えることによって、今後気になる雰囲気を醸し出すことができます。


 シータが本名を告げ、次のシーンで早速2人は軍隊に捕まります。安心できたのはほんの一瞬でしたね。展開が早すぎます、まさにジェットコースターです。この締めと緩みのバランスが本作品は絶妙だからうまくいくのです。しかし我々は概して安心したいという本能から、落ち着いたシーンを長く描き過ぎてしまう傾向があります。少しサスペンジョンは多いくらいがいいのかもしれません。


 少し気になっていたのは、せっかく逃げられたのに捕まるのが少し早いんでないかい、というところです。しかしなぜここでつかまったのか、全体の流れを見ればその理由がわかります。(ひょっとしたら本来なら線路で軍隊につかまる、という流れだったのが、飛行石、鉱山のくだりを入れるためにこのエピソードを挿入したのかもしれません)


 次はなぜ2人がここで捕まらなければならなかったのか、です。

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