第21話 情報分析

 シズ・デルタは暗闇に潜み、聞き耳を立てた。

 眼帯の下から録画用の極小機械を取り出し、壁に貼り付ける。

 これで、シズの侵入に気づいた誰かがいて妨害を受けたとしても、中で何が話されているか確認することができる。


 もちろん、スパイ用の極小機械に気づいて排除されればそれまでだが、たとえ機械を発見しても、何のために使用するのか理解できるのは、アインズと同格と言われるプレイヤーだけだ。

 準備を終えたシズは、記録装備を操作した。


 ※


「君は、自主的に来てくれたと考えていいのかね?」


 その部屋には、ンフィーレアがいた。椅子に腰掛けている。拘束はされていない。

 ごく普通の状況ではある。だが、ここはスレイン法国の最奥だ。ゴブリン王国からは、移動だけで数週間かかるはずだ。


「……はい。エンリを、僕の大切な人を、助けてくれると言われて……」


 ンフィーレアは身を乗り出した。目の前にある執務机のような台に手をついている。

 シズの位置からは、ンフィーレアしか見ることができなかった。忍び込ませた小型カメラを移動させ、全体を映す。

 ンフィーレアの他に3人、人間の男がいた。


「エンリというのは、ゴブリン王国の女王だね。助けるというのは?」


 執務机に座る壮年の男の背後に立っていた、若い男が尋ねた。尋ねたのは、ンフィーレアにではないようだ。机の脇に、控えるようにしていた男が顔を上げた。


「ゴブリン王国の王は、ただ祭り上げられただけの少女です。ただし、ゴブリンたちが絶対の忠誠を誓っています。それに……かの国のゴブリンは強い。私の召喚したギガントバジリスクを倒したのは、足軽歩兵隊と呼ばれる下っ端のゴブリン部隊でした。中核を成す重装甲歩兵部隊は極めて精強です。私はそのうちの数人を見ただけですが……現在聖王国を攻めている亜人の集団など敵にもならないでしょう」


「しかし……それほどのゴブリン、そうはいまい。単身では強かろうが、ただ単身では強いだけなら、ここにいる神人……漆黒聖典隊長が勝てないとは思えんが」

「ンフィーレア君、君はその特別なゴブリンがどのくらいいるのか、知っているかい?」


 漆黒聖典の隊長であるらしい青年が問いかける。


「5000」

「なっ!」


 執務机に向かっていた壮年の男が声を裏返す。腰を上げ、そのまま口をばくばくと動かして、再び腰を下ろした。


「……そんなにいたのか」


 一度ゴブリン王国に拘束されていたクアイエッセすら青ざめた。それはゴブリン軍団全体の数であり、重装甲歩兵部隊はもっと少ない。だが、最大の部隊であることは間違いないし、個々の部隊の人数までは、ンフィーレアは知らないのだろう。


 ンフィーレアは続いて、重装甲歩兵部隊や長弓兵部隊、砲撃魔法部隊のことを話していく。

 一通りゴブリン軍団正規軍の陣容を知り、執務机にいた男が声を絞り出した。


「……無理だな。神殿部隊の全戦力を当てても、勝てる気がしない」

「漆黒聖典で少しずつ削って行きますか?」

「他に……レッドキャップというとても強いゴブリンが13人います」

「……レッドキャップ……聞いたことはある。すでに神話の中のことだ」


 執務机の男とクアイエッセは顔を見交わして絶望していた。ただ一人、隊長と呼ばれていた黒い鎧の男がンフィーレアに尋ねた。


「それほどの力を持つエンリ女王の目的は? 君は、彼女を助けてほしいと言っていたね。何から助けるんだい?」


「エンリは……ただの優しい子です。なにを目的としているかとか、関係ないんです。自分が助かりたかった……それと、ゴブリンたちを助けたかっただけなんです。それが、いつのまにか国王に祭り上げられて……最初は僕も賛成したけど……こんなことになるなんて思わなかった。このままじゃ、いつか取り返しのつかないことになりそうで……」


「君は、エンリ女王の幼いころを知っているのかい?」

「はい」


 ンフィーレアは、幼かったエンリを語った。カルネ村で生まれ、リィジーに連れられたンフィーレアと出会った。


「ゴブリン王国は、かの者たちではないということか……」

「女王はそうかもしれませんが、ゴブリン軍団がどこからきたのかという問題があります。君は知っているのかい?」


 隊長に問われたンフィーレアは首を振る。ゴブリン軍団は、ゴブリン将軍の角笛で呼ばれた。その角笛はアインズ・ウール・ゴウンが与えたことは、言ってはならないような気がした。事実、どこからきたのか、エンリすら知らないと言っていた。


 隊長はンフィーレアから離れ、執務机の男と小声で話していた。ンフィーレアに話の内容はわからなかったが、なんらかの同意に達したことはわかった。

 隊長が戻ってきた。


「ンフィーレア君、君の行動により、多くのゴブリンが死ぬことになるかもしれない。それでもいいのかい?」

「僕にとっては、エンリが全てです」


「いいだろう。ンフィーレア君、君が異能の持ち主であることは把握している。久しく使い手がいなかった強力なアイテムを貸そう。もちろん、我が神々からお預けいただいた貴重な品だ。私も同行させてもらう。そのアイテムを使い、君の大切なエンリに、ゴブリン軍団の進撃を止めさせるんだ。君の命は私が守る」


 漆黒聖典隊長の手がンフィーレアの肩に乗せられた。暖かく大きな手に、ンフィーレアはなぜか、アダマンタイト級冒険者漆黒のモモンを思い出していた。


 ※


 ンフィーレアが帰ってこないまま、一月が経過していた。

 その間、ゴブリン軍師の指示により、単発的な都市制圧やエルフ解放が行われていたが、エンリ自身は王宮から動くことはなかった。


 ゴブリン軍団が蹂躙した都市がスレイン法国の都市の半数に達した時、法国より文書が届いた。

 ゴブリン軍師がうやうやしく差し出し、エンリが目を通す。


「つまり……広いところで殴り合おうってこと?」

「正式な宣戦布告と申しましょうか」

「これをすると、何かいいことがあるのかな?」


 エンリは首を捻った。現在のところ、ゴブリン王国の戦略は神出鬼没の奇襲である。だからこそ、ほとんど被害を出さずに連戦して連勝している。あえて、正面から戦争をする意味はないのではないかと思えた。


「ほっほっほっ……さすがはエンリ陛下です。確かに、早期に戦争を終わらせるという以外にはさほど意味はありますまい。ただ……現在の戦略では、我々が襲撃した街に囚われている亜人種しか救うとはできませんが、正面から戦争をしかけ、打ち破れば、法国に囚われている全ての亜人種を解放するよう交渉することもできましょう」


「そっか……勝てるの?」

「法国の正規の兵は、神殿兵と呼ばれています。その数は最大で見積もって6万……我が国の国民の総数に匹敵します」

「……すごいね」

「陛下のお許しをいただければ、勝ってご覧に入れましょう」


 ゴブリン軍師が普段の笑顔を忘れ、唇から牙が突き出た口を結んだ。


「……いつ始めるの?」

「できるだけ、時間を稼ぎたいところです。時間をかければかけるだけ、多くの亜人が集まってきます。ちょうど、アーウィンタール丘陵が、魔王ヤルダバオトの支配から解放されたとのことです。陛下の名を出せば、勧誘は容易かと」


「じゃあ……三ヶ月後で」

「承知いたしました」


 ゴブリン軍師が羽扇を胸に、深々と腰を折った。

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