第13話 乙女の夢
シクスス、フォアイル、リュミエールの3人が食糧倉庫の中身を片っ端から胃に詰め込んでいるのを見ながら、戦闘メイド、プレアデスの1人CZ2128Δ、通称シズ・デルタは倉庫を出た。
出入り口からではない。出入り口は、自動人形であるシズの片腕に装着した溶接アームで二度と開かないほど強力に封印した。
一般メイドの3人は1レベルであり、そもそも外で任務に就かせること自体が問題ではあったが、ホムンクルスの巨大な胃は、補給が必要な大軍にとっては致命的だ。
3人に真実は知らされていなかったが、その生まれ持った能力を評価されたのである。
シズは、万が一にも3人に危険が及ばないよう、自分に貸し出されたシャドーデーモンたちを護衛に残した。さらに、3人には魔道具も貸し出されている。
本人たちに戦う能力がなくとも、怪我をする確率は低い。自動人形であるシズは、その可能性がほとんどないだけの条件を整えてから、倉庫を出た。その出口は、屋根からである。
シズは魔法を使えない。だが、別の方法で飛ぶことができる。
シクススたちが、兵站がまずいと文句を言いながらも脇目もふらずに食べている間に、足の裏からの噴射により飛び上がったのである。
※
屋根裏から屋根の上に登る。外はすでに暗く、倉庫の入り口に人だまりができていた。
扉の入り口を開けようとしている。
食堂の食材を3人が食べ尽くしてしまったので、代わりの兵站を取りに来たのだろう。
もともと、3人は調理係だった。それがつまみ食いで食材を完食して逃走したとなれば、当然混乱が生じる。
とりあえず、対処した者がいたらしい。思ったより、倉庫に迫る人間たちの動きが早い。
何人か、殺したほうがいいだろうか。
屋根の上から倉庫の入り口を見下ろし、シズは右腕を外した。代わりに、長距離射撃用のライフルを取り付ける。
この世界は、ユグドラシルとは違う発展を遂げている。シズのような自動人形が動けている他、武器も正常に作動するが、以前のような破裂音が生じない。どうやら、火薬による反応が魔法的な反応に置き換えられているようである。
どちらでも構わない。どんな方法にしろ、鉛の弾を超音で速射できるのであれば、結果は変わらない。
装着したライフル銃を構え、シズは溶接した扉を叩く先頭の男に狙いを定めた。
アサシンであり、スナイパーでもあるシズにとって、簡単な作業だ。
そのはずだったが、撃つ寸前、動きを止めた。
顔を動かさず、眼帯をしていない右目のみを動かす。
視線の先に、シズに向かって槍を構える男がいた。一街区は離れている。通常では、見えるはずがない距離だ。何より、槍を投げて届かせるには無理がある。遠投で人間に当てられるのは、もはや人外の領域にいる者だけだろう。
この世界での人外の領域にというものについても、シズは聞いていた。ナザリックにおける、雑魚と同様の強さを持つ人間だ。
男が槍を投げた。まっすぐにシズに向かう。シズは下を狙っていたライフルを男が投げた槍に向け、一発放つ。空中で槍は向きを変え、叩き落される。
遠くにいる男が、剣を抜きながら屋根を蹴るのがわかった。
シズは、その男が決して油断していい相手ではないことを見て取った。
だが、倉庫の3人も守らなくてはならない。
シズはすばやく懐から炸裂弾をとりだし、作動させて倉庫の入り口を辺りに投擲する。
遠くにいたはずの男が、すでに目の前にいた。
シズがライフルを放つと、男はあろうことか、音速を超えているはずの弾丸を剣で弾いた。
剣が折れる。
「……ちっ。遺跡からの掘り出し物なのに……」
男のつぶやきが聞こえた。男の動きは止まらない。すでに折れた剣を捨て、背後から別の剣を取り出していた。
シズは男の正体を知らなかった。
考えもしなかった。
ただ、邪魔だから殺す。とても単純なことだ。
シズはライフルを装着した右手を下げ、何も持っていない左手を突き出した。
倉庫の入り口では、炸裂した爆薬によって混乱が生じている。
「遠くからはわからなかったが、とんでもない美人だな……惜しいぜ。人間ではないんだろ?」
「……違う」
「だろうな。言葉も不得手か。片言でも構わない。狙いは何か、話してもらうぜ」
「……それは……私の役目。貴方には、捕まってもらう」
「はっ……さっきの魔法は打ち止めなんだろ? その左手、何の意味がある?」
男は慎重に剣を構えた。シズのライフル弾の軌道を変えたのは、人間離れした男の技だ。だが、それを実行したことで男の最大の武器が破損した。
現在構えている剣では、同じ芸当はできないだろう。だから、シズがライフルを下げたことにより、余裕が生まれたのだ。
シズは、下げたままのライフルを撃った。意味はない。ただ武力を示したにすぎない。だが、男には十分な効果を示した。対峙している男の顔が、絶望に歪む。
「殺すだけなら……簡単。あなたには捕まってもらう」
「そっちの手で、どう捕まえる?」
「……乙女の夢、その1」
「はっ?」
シズの言うことが理解できなかったのだろう。男は聞き返した。その直後、シズは男には向けた左腕を飛ばした。
投げたのではない。左腕をそのものが、後方から火を吹きながら何の予備動作もなく直進したのだ。
「……ロケットパンチ」
「なっ、なんて……非常識な!」
男は持っていた剣を叩きつけようとした。その肩を、シズは正確に狙撃した。
「……邪魔しちゃ……駄目……」
男の剣が反動で飛び、顔面にシズの左拳がめり込む。
男は吹き飛ばされたが、空中で回転して器用に着地した。
シズの左腕は後方に飛んで行った。
「ちっ……ふざけてやがる……」
「……私は真剣」
今度はシズから距離を詰めた。足元の屋根を破壊するほどの踏み込みと同時に、男の目の前に至る。
男も武器を失い、新しく武器を手にする余裕はない。
だが、男は体術に自信があるのだろう。シズの接近を知り、撃たれた肩を盾代わりに、片腕で戦う姿勢を取った。
シズは男の目の前に立った。男は身構える。意識がシズのライフルに向かっているのが明白だ。至近距離で撃たれることを恐れているのだろう。
シズは動かない。
「……後ろ」
「そんな手に……がっ!」
「お帰り」
男の後頭部を強打したのは、はるか遠くに飛び去ったはずのシズの左腕だった。
後頭部を強打された男がのけぞった瞬間に、シズが蹴り上げた。
男は一撃で気絶するほど柔ではなく、シズの足を動く片腕で防ごうとした。
その瞬間、シズのソックスを履いた脛からナイフが飛び出した。
男の血が舞う。
それでも、男は倒れなかった。後方に飛ぶ。
飛んだ瞬間、さらに男の顔面を、シズの戻ってきたばかりの左腕が襲う。シズの左腕は、戻ってきた後も定位置に戻らず、シズの遠隔操作を受けて男の隙を狙っていたのだ。
「……乙女の夢その2、ファンネルもどき……」
「くっ……こ、こんな……」
男がシズの左腕に翻弄されはじめたところで、シズは冷静に右腕のライフルで狙い撃った。
普通なら即死してもおかしくはないが、この男なら死なないだろう。とは考えない。どの程度で死ぬかわからない。
ただ、捕まえられないなら、殺せと命じられていた。だから、撃った。
男は腹に赤い点を灯し、その場に突っ伏すように倒れた。
腹を撃たれ、倒れた人間は死ぬ。それが通常だ。
シズはそれでも、生きているかもしれないと近づいた。
本当は捕獲したかったのだ。生きていれば情報を得られるかもしれない。
スレイン法国では、一部の者にある一定の条件で質問を繰り返されると死ぬ魔法が施してあることは聞いていた。だが、尋問をするとして、実行するのはシズではない。拘束して、デミウルゴスに引き渡せばいいのだ。
生きていればいいと思った。死んでいても仕方がないと思った。
それが、ナザリック地下大墳墓から外に出ることのあまりなかった、シズの欠点だった。
男が、油断を誘っているという発想はなかったのだ。
シズが近づくと飛び起き、どこから出したのか、小さな投擲用のナイフでシズに切りつけた。
殺すつもりだったのだろう。ナイフはシズの肌の表面を滑り、服を切り裂いた。
肌は切られない。滑らかに見えても、鋼鉄より硬い。
「……なっ……生物じゃない?」
「……今更気づいたの?」
シズが口を開けた。普段は、その奥から舌が生えている。現在、舌の代わりに銃口がのぞいている。
発砲した。
男はかわしたが、耳を吹き飛ばされた。
男は太い腕をシズの細い胴体に回し、屋根の上から飛び降りた。足を踏ん張り、こらえようとしたが、男の力は強かった。
体が宙に舞い、地面に向かって落下する。
男は飛び降り自殺を図ったのではなかった。空中で、シズが地面に叩きつけられるように、器用に体をいれかえていた。
シズが空中で止まる。背中から高熱の炎を吹き出し、静止した。
シズにしがみつくようにしていた男は、予期していなかったのだろう。地面に顔面から叩きつけられた。
「おい、どうした?」
近くに人間がいる。倉庫前の爆発で散っていた人間たちが戻ってきていたのだ。
「襲撃だ。こいつ、人間じゃない」
シズと戦っていた男が、集まってきた人間たちに混ざりながら言う。
「……お互い様」
「俺は人間だ」
「……嘘つき」
シズは戦っていた人間をじとっと見た。人間たちはシズではなく負傷した男に尋ねた。
「おい、あんた……見ない顔だが、大丈夫か? 血だらけだぞ」
「ああ。昨日合流したんだ。戦闘には心得があるから、力になれると思って……この女にやられた。美人だが……ナイフも通らないし、妙な魔法も使う」
「なら……さっきの爆発も……」
「爆発?」
「食糧倉庫の前で、突然爆発した。何人か負傷している」
「……たぶん、こいつの仕業だ。何者だ?」
男がシズに尋ねる。シズは、さっきまで戦っていた男に指を向けた。
「……本当に、人間?」
「当然だ。漆黒……なんでもない」
「でも……任務に失敗はできない」
シズは宣言した。人間たちの中で、一人だけ、身構えた。シズの能力を垣間見た男だ。
「伏せろ?」
「……もう遅い。乙女の夢その3……全方位砲撃」
シズの全身から銃口が飛び出し、360度の全方位に銃弾を打ち出した。
男の叫びに伏せようとしていた人間たちが、血をまき散らしてくるくると回りながら倒れる。
シズは地面を蹴ることなく、倉庫前に移動した。
まだ扉は破られていない。中の3人は無事だ。
「貴様!」
全身から血を流しながら、シズの背後に男が飛び出した。
シズは振り向きざま回転蹴りをくわえる。
男の側頭部を捉えた。男は仰け反りながら、シズの肩を掴んで倉庫の扉に叩きつけた。
シズがさらに発砲する。男は、通常の人間なら3度は死んでいるはずの傷を受けながら、シズの体を扉に叩きつける。そうすれば、シズが破壊できると思っているかのようだった。
なんども叩きつけられ、壊れたのは溶接されたはずの扉の方だった。
シズが倉庫の内側に転がる。男も勢い余って倉庫に入り、何度か回転して、シズが組み敷く形になった。
シズが、男のこめかみにライフルの銃口を当てる。
「……俺の負けだ。殺せ」
「……うん」
シズは撃たず、殴りつけた。シズの力は強い。それだけでも通常は死ぬ。だが、男は気絶しただけだった。
敗北を認めたことで、男の異常な頑丈さが限界を迎えたのだ。
シズに殴られ、男は昏倒した。
「……シズちゃん、どうしたの?」
頬をまるでリスのように脹めながら、シクススが近づいてきた。両手に干し肉とチーズを握っている。やや遅れてフォアイルとリュミエールが同様のかっこうでやってきた。
「……まだ、食べ足りない?」
「……えっ? そんなことはないよ。ちょっと物足りないけど、我慢できそう」
「……そう。なら……我慢して」
「えっ? シズちゃん?」
シズはシャドーデーモンを呼び出し、気絶させた男を拘束してデミウルゴスの元に届けるよう指示すると、ホムンクルスである3人のメイドを縛り上げた。
猿轡、目隠しをして、いかにも被害者であるという偽装工作を行う。
シズは3人がどう扱われるか、倉庫の片隅で見守った。
人間たちが来るまで、一時間ほど必要だった。
外で派手に人が死んでいるので、倉庫まで確認に来なかったのだ。
「ひでぇ……こんな可愛い子たちに……」
「命があっただけよかったんだろ。犯人は何者だ? 食糧倉庫を襲うなんて、たちが悪いぜ」
「……ああ。食糧の3分の1を奪われたな」
シクススたち3人は、どうやら倉庫の3分の1を食べきったらしい。
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