第41話 不幸の連鎖

 虚像の中で近づくピエロは突如奇術のように消えた。

 これにより3人の警戒は高まり周囲への猜疑心が強くなる。


 次の瞬間。


「バウ! ワウ!」


「あ゛づ……っくぁあ!!」


「ひぃい! 野良犬!?」


 彼女の足に物陰から牙をむく。

 血走った瞳にダラダラと垂れ流す涎。


 オルタリアが激昂し、何度も蹴ってしつこい野良犬を追い払う。


「な、なによあれ! クソ、まさか私が……」


「おい大丈夫か? 犬に嚙まれるなんざベタな不幸だな」


「ホントそれね。あれ、ピクラスは?」


「あ!」


 野良犬のせいでピクラスから手を放してしまった。

 幸い見えるところにいたが、顔は蒼白そのものだ。


「そ、そんな! どうして今日みたいな……数日も降ってない晴れの日に!?」


「おいなんだ。大丈夫か!」


「う、うわぁああ!」


 恐怖に彩られた視線の先の"水たまり"に映るもの。

 キラキラときらめく太陽が快晴を告げていた。


「水たまりから見える太陽……ダメなんだ。水たまりから太陽を見るのはアウトなんだ!!」


「なんだと?」


「水たまりはダメなんだ。ガキのころからダメだったんだぁ!」


「くそ、レパートリーの豊富なこって!」


 恐らくバケツから零れた水でそうなったのだろう。

 雨は降らずとも違うきっかけで水たまりはできた。


 ピクラスは怯えながら後退りをしたせいで足を滑らせる。


「ぅ、わああ!」


 後頭部がぶつかるだろうところには尖った石が転がっていた。


「くっそぉ!!」


「おお! あ、ありがとうございます。……あ、い、石が!」


「まったく、ひとりで怯えんなってんだ」


「す、すみませ────」


 ドゴッ!!


 突如、向こう側の広場にあった彫像が轟音を立て倒れた。

 だいぶ古い物だったようだが、このタイミングで倒壊したのはなにか運命を感じる。


 というのも音に目を丸くしたオルタリアに、弾丸のような速度で破片が飛んで急所へと突き刺さった。


 首に胸に鼠径部に深々と。

 いかに不死身であるオルタリアでもこれには苦悶の表情を浮かべて膝をつく。


「オルタリア!!」


「だい、じょうぶ……依頼人を守っ、て」


「あ、あぁぁああああ! オルタリアさん! 上! 看板が! 看板がぁああ!!」


「え?」


 ガキ、ガキ、ベキィ!


 店の看板が風に揺られて軋みを上げる。

 ひとつ、またひとつとネジが飛ぶにつれ重さで傾いていった。


 オルタリアが上を向いた瞬間、成人ほどの身長もある大きさの看板が彼女の真上に落ちてくる。


「くぅう!」


 前方に飛びこむようにかわすも、左足を下敷きにされた。

 ゲオルが駆け寄り看板を力任せにどかしていく。


「痛いぞ。気をつけろ」


「うぐ、なるべく優しくね。あ゛ぁ゛ぁ゛!!」


「おう、ボサッとしてねぇで手伝ってくれ!!」


「は、はいい!!」


 なんとかオルタリアを救出するも、彼女の様子はかんばしくない。

 獣法アギトがうまく発動してないのか、回復が遅く感じた。


「これ、どういうことかしら」


「運の悪さまではカバーしてくれないようだな」


「でも、なんかおかしいわ」


「あぁ、こんな経験は初めてだ」


 魔王討伐にしろ、この街に来てから出会った敵にしろ、そこには明確な敵意や殺意があった。

 しかし今回に至ってはその意志を感じない。


 まさしくそれすらも虚像。

 異様な雰囲気に包まれる3人を、あの影はどこかで見ているのだろうか。


「うぅ、すみませんオルタリアさん。私のせいで」


「謝ることない。私の仕事はアナタを守ること。こうなることは覚悟の上よ」


「だが無理するな。……どうやら不幸ってのは依頼人だけをターゲットにしてるんじゃないようだからな」


「不幸がヒトを選んでるってのも変な言い方だけど、どうやらそうみたいね」


「確かにおかしい。本来なら私が立て続けに不幸になるのに……なぜ、オルタリアさんが?」


「さぁな。それは"アイツ"に聞いてみねぇと」


「アイツ? うわぁあ!」


 あの奇怪な影は窓から窓へ。

 虚像の世界を我が物顔で飛び回り、現実世界をあざ笑う。


 ジンクスによる不幸。

 奴がその元凶であるということは想像にかたくないが、この世ならざる笑みの向こうはあまりにもドス黒く直視に堪えなかった。


 それほどのパワーを秘める奴の正体。

 怒りと同時に純粋な興味も湧いてくる。


(もしかして奴も獣法を? いや違う。このおぞましい気配、どこかで)


「ゲオル。今はこの場所から離れましょう」


「もういいのか?」


「えぇ、あらかた回復したわ。一ヶ所に留まるのは危険、ホラ早く」


「アイツはどこからでも狙えるんじゃないのか? クソ、狙撃手よりタチ悪ぃ」


「どこでもじゃない。おそらく窓とか鏡みたいになにかが映るものを媒体にしてる」


「よく見てるな。じゃあそこまで……っておいおい」


「さ、さっきので人が多くなって」


「まったく。次が正念場よ」


「あぁ、このまま舐められてたまるか!!」




『クーッツォッツォッツォッツォッツォッツォ……』

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