第40話 虚像の中の影

「オラァ!!」


「ぐわぁあ!」


「でりゃあ!!」


「ぐおお! チクショウ覚えてやがれ!」


「ふぅ、なんでこんなにチンピラわいてんてんだ」


「さ、さあ」


「俺も何度かぶっ飛ばしてるが今日ほどじゃない」


 オルタリアとの待ち合わせ場所へ行くまでに13組。

 "邪魔"という言葉が浮かぶたびに気分が滅入る。


 タバコも切れていた。


「これもアンタのジンクスの効果ってやつか?」


「も、もしかしたらそうかもしれません」


「ハハハ、俺まで巻き込まれてるわけね」


「すみません」


「気にしなさんな。仕事だ」


 視線を配ると街の様子がいつもと違って見えた。

 一見いつもの光景だが、空気がどこか戦場めいてヒリついている。


 これにはゲオルも肩をいからせた。

 結果、待ち合わせ場所に着くまでに15分の遅刻。


 コーヒー片手にオルタリアはいたが、特に怒りもせず呑気に待っていた。


「おつかれー。もしかしてと思ったけど、その様子からしてもう?」


「あぁ、もうワケわかんね。それよりも悪かったな遅れちまって。そのコーヒー俺の奢りだ」


「いいわよお金なんて。さぁ行きましょう。まずは見極めといこうじゃない」


「そうだな。で、なにか起こりそうなら防ぐ」


「オッケー。じゃあそういう方針でいくけど、いいかしら?」


「はい、ではおふたりとも、よろしくお願いします」


 まずは街を歩く。

 なにが原因でピクラスがそうなっているのか、そしてどんなことが起きるのか。


 なにかしら元凶がいるというのがオルタリアの考えだ。


「へぇ~チンピラにね」


「ああ、まるで示し合わせたみてえに次々来やがった。何度かルート変えたが、普段いないような場所にもたむろってやがった」


「偶然にしてはできすぎてるわね」


「周囲に気ィ配れ。道に落ちてるガラス片すらもう油断ならねえ」


「同感ね」


 ピクラスはもちろんのことだが、ふたりも生きた心地がしなかった。

 巨大な化け物の胃袋に知らず知らずのうちに迷い込んだような生温い不気味さが首筋を伝う。


「あっ!!」


 ────ビュン! パシッ!


「ひ、ひい!」


「これって、レンガか?」


「真上からね」


「すみませーん! 落としちゃったみたいで」


「オラ! 気をつけろ!」


 開始数分でピクラスの頭上からレンガが落ちてきた。

 間一髪のところでゲオルがキャッチする。


「頭上注意ね」


「こりゃ、常になにか落ちてくるって身構えてたほうがいいな」


「あ、ありがとうございます。もしもあれが私の頭に当たってたらと思うと、うう、ゾッとします」


「アンタも俺らから離れんな。たぶん今度は立て続けにくるぜ」


 ピクラスの表情が若干和らぐ。

 

「あ、じゃあさらなるラッキーをご提供」


「え?」


「オイオイ」


 オルタリアは手をピクラスの腕にからませ寄り添う。

 顔を赤らめる彼を陽のような顔でからかうの姿に肩をすくめた。


「アンタ、こういう女は初めて?」


「アハハハ、まぁ、はい」


「えー! せっかくのかわいい顔がもったいない。もっとそういう遊び覚えたらいいのに」


「いや、あのぉ」


「はい、仕事仕事」


 依頼人は初心でいらっしゃる。

 それはさておき、彼女が密着することでピクラスの動きをコントロールしやすくなった。


「あ、こっち面白そうじゃない?」


「え? どれです? あぁそう言えば今日はなんとかデーで市場が盛り上がる日でしたね。なんだったかなぁ」


(うぉっと、今度はバケツが前から飛んで……って次はトマトか。うへぇ、ズボンに……なんでこんなもん飛んでくるんだよおかしいだろ)


 しかし、ピクラスはオルタリアと一緒にいることでどこか顔が朗らかだ。


 むしろ顔が初々しくて微笑ましい。

 ズボンを犠牲にした甲斐がある。


「市場か。ここならまだ見晴らしが良い。それに高い建物もない。だが人だかりがなぁ」


「あらいいじゃない。もしもチンピラが来たらボコりゃいいのよ」


「チンピラなら、いいけどな」


「あぁ、アナタ方に頼んでよかったです」


「ふふ、こうして美人と歩けるしね」


「えへへ」


「そのデッカイ鋏剣さえなけりゃもっとロマンチックだったかもな」


「おーしーごーと。疑似恋愛の疑似デートってこといいじゃない」


「あはは」


 ゲオルとオルタリアの連携は見事だった。

 物理的な脅威をゲオルが防ぎ、精神的な負担をオルタリアが和らげる。


「これ俺だけ損してないか? クリーニング代出るんだろうな?」


「報酬あるじゃない」


「ふざけんな別料金だろ」


「堅いこと言わないの」


「貧乏人にゃ手厳しいな。ジンクスってやつはよ」


「あはは、すみません。私のせいで」


「……景気のいいジンクス頼む」


「な、ないです」


「言おうと思ってたんだが品揃え悪すぎないか?」


「悪いジンクスなら盛りだくさんなんですけどね、アハハ」


 市場を抜けたとき、ゲオルがふとショーウィンドウに目を向けた。

 市場へ向かう人々の中に、派手な衣装を着こんだピエロらしき人物がいる。


 芸を見せてはいないが、通行人は不自然なほどに見向きもしない。


(なんだ……?)


 ゲオルはその方向を振り向く。


「おい、俺の目が節穴になっちまったのかもしれねぇ。ショーウィンドウのほう見てくれ」


「ん、なによ? あら、綺麗な服ね」


「そうじゃねえ。ガラスに映ってるピエロ野郎だ」


「それがどうかした?」


「……いねぇんだよ。虚像と現実が噛み合ってない!」


「ピクラス、私の傍から離れないで」


「は、はい!」


 虚像の中のピエロが反応したように振り返った。

 楽劇に出てくる怪人のようにマントをはためかせ、お面のように張り付いた笑みを三角帽子からのぞかせながら迫ってきた。


「あれがジンクスとやらの元凶か?」


「どうするの?」


「市街地で、しかも相手はガラスの中……厄介だな」


 戦闘態勢に入ったと同時にピエロも大仰にマントを広げてみせると異変はさらに殺意をましたものになっていった。



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