第39話 ジンクスの男

「あの、ゲオル・リヒターさんですよね? 『何でも屋っぽいの』っていう……」


「ん、あぁそのとおりだ。依頼かな? ま、どうぞ」


「すみません。失礼します」


 ある日の午後のひと時をより優雅な時間にするカフェ。

 そこに現れたひとりの男に新聞越しから視線を向け相席をうながす。


「アナタのお噂はかねがね。どんなに過酷な依頼もこなせるスペシャリストって聞いています」


「まさしくそのとおり。アンタ、ラッキーだ。今日は割とヒマしててね」


「あ、じゃあ……ッ!」


「まぁ待ってくれ。まずは内容を聞いてからだ」


 男にもコーヒーが運ばれ、まずはひと口。

 ゲオルは新聞を折りたたんで足を組んだ。


「私は名前はピクラス。酒屋の仕事をしている者です。その、今回の依頼なんですが……」


「なんか言いづらそうだけど、結構ヤバいの?」


「ヤバい、というか、その、……ゲオルさんは"ジンクス"って信じますか?」


「ジンクス? ジンクスって縁起がいいだの悪いだのっていう?」


「そうです。正確には後者のほうなのですが……実は私、ジンクスって奴にすごく縁がありまして……」


「へ~」


 古来はもちろん、今でもジンクスを信じる者は意外といる。

 やれ黒猫が横切っただの、夜の蜘蛛を殺すと不幸になるだのと上げ出したらキリがない。


「今回ご依頼したいのは、守ってほしいんです!」


「……誰から?」


「その、ジンクスからです!」


「……待て。待て待て待て待て!」


「あ、あぁすみません! いきなりこんなこと言われても意味わからないですよねッ! 私の場合、ただ不幸になるだけじゃないんです。実は……何度も死に掛けてるんですよ」


「じ、ジンクスに?」


「……はい!」


「……まずは一服しよう。そしてもう一度話してくれ」


「すみません。説明が下手で……」


 曰く、『ジンクスによって命の危機が何度もあったのでホントに死なないように守ってほしい』とのことだった。


「……馬鹿げてますよね。"お前はなにを言ってるんだ"って、そう言いたいですよね。雨の日に赤い傘を差す人を見かけただとか、カラスを同時に3羽見かけたとか、人様からすればごくごくつまらない話です。でも、私にとっては深刻な問題なんですよ。……何度も死ぬような思いをしました。最初は犬のフンを踏んずけたとかつまづきそうになったとか軽いものでしたが……だんだんとレベルが上がっていってるんです。こないだだって、建物の上から降ってきた包丁で右肩をザックリ!」


「……アンタはジンクスを信じてるっていうが、それはずっと?」


「えぇ、子供のころから。親から聞かされたものもあって、結構なんていうか、色んな意味で信心深いっていうのかな。でもこの街に来て数年たったころだと思います。私はジンクスに合致しないような生き方をしてきましたが、こう……言い方が変だとは思うのですが、────『ジンクスのほうから、私に近付いている』っていう感じなんです」


「ジンクスに当てはまらないようにしてるのに、ジンクスに合致する環境に遭遇しちまうってことか?」


「はい、そんな感じです。まるで見えない力が働いているかのように、私は次々と不幸に見舞われるんです。……お願いします。荒唐無稽こうとうむけいは百も承知です。私を、守ってはもらえませんか?」


「……大体わかった」


 ゲオルは足を組みなおしてイスにもたれかかる。

 目頭をおさえながら頭の中で内容を整理し、ピクラスに切り出した。


「守る、か。その過程で原因をさぐれりゃいいな」


「それは、まぁ……」


「だがさすがの俺もちょっとな。ようはアンタの運の悪さの原因をなんとかしろってことだろ? そういうのはマジックアイテムとか売ってる道具屋とか占術師が適任じゃないのか?」


「一応はやりましたよ。でも、意味はない。どういうわけか小さいころからジンクスからくる不幸に対する道具とかはないんですよ。方角の吉凶とかもやりましたが無駄です」


「深刻を通り越して呪いだな」


「ものは考えよう、なんて言う人もいますが、フフ、あんなの運に余裕のある人間の言葉ですよ」


「……悪いが、力になれそうにないな。かく言う俺も運命の女神にゃ縁がねぇもんでね」


「そう、ですか……そうです、よね」


 ピクラスがうつむいた直後。


「あら、じゃあ女神より獰猛な聖女様に頼んでみない?」 


「え?」


「オルタリア。こんなとこで出会うたァな」


 彼女がぬっと現れゲオルたちと相席する。

 顔を赤らめドギマギするピクラスにニコリと微笑みながら、オルタリアは自分がその依頼を受けると言い出してきた。


「おいおい本気か? ジンクスなんてどうやって対処するんだよ。しかも他人のだ」


「あら、ここはヘヴンズ・ドアよ? 天国を求めてやってきた人を見過ごすなんてそれこそ縁起が悪いわ。……ピクラスさん、だったよね。これ、ウチの店の名刺。ここのマスターに言えばわかるわ。アナタの悩み、私が解決してあげる」


「は、はぁ……」


「なるほど。こういうのはアンタらの専門か……なら、ここは任せたほうがいいな」


「なに言ってるの。アナタも協力するのよ」


「は? いや、アンタが依頼受けたんだから俺はもう……」


「堅いこと言いっこなしなし! どうせ暇なんでしょ?」


「依頼料俺にもくれよ?」


「はい決まり! じゃあね! 店で待ってるから」


「は、はい! また……。あ、あの、すっごく綺麗な人ですね」


「惚れたか? やめときな。初心な恋心じゃ手に負えねぇ女だぜ」


「え?」


「焼き尽されるか、食い尽くされるか。ふたつにひとつってこと」


「こ、怖いんだ……」


「……さて、そのキャバレーの場所はわかるな。本格的に動くのは明日になるだろう。それまでに話付けてこい」


「わかりました。では、よろしくお願いします!」


 ピクラスが去っていくのを見送ったあと、ゲオルはため息交じりに自宅へと戻っていった。


 

 ────不幸には必然と偶然がある。

 厄介なことに必然の中に偶然が細々と混じり込んでいるケースがしばしばあるのだ。


 だがそれ以上に恐ろしい条件がある。

 同じエネルギー量の必然と偶然が連動し、歯車のように噛み合う動きを見せること。


 まるで、遺伝子配列のように。

 なぜ互いに引き合うのだろう。


 もしもそこに人間の意志ではどうにもならない"超越的なパワー"があったとしたら。


 その片鱗を、今回の依頼で目の当たりにすることとなる。

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