第38話 おつかれさまのディナーで
その日の夜、昼に寄った料理店でオルタリアと合流する。
約束のディナーの席に彼女はウキウキで訪れた。
「お疲れさん。助かったぜ。いい腕だった」
「
「でしょうね。でも、この街なら案外そういった巡り合わせはあるのかもしれませんね」
「ん?」
「だって私も働いていたときにこの人と会ったんです。それから色んな事件を解決していって、知り得ないことをいっぱい知りました」
「くふふふ、やっぱりこの街ってそうとうヤバいわね。十分イカれてるわ。さすがはヘヴンズ・ドア。戦場とはわけが違う」
「血沸き肉躍るのも結構だが、キャバレーの仕事はしっかりしとけよ。あそこの裏の仕事は用心棒の比じゃない」
「わかってるわ。いいとこ紹介してくれてありがと。ふふふ」
「あの、裏の仕事……とは?」
「退治屋だよ。怪異や神秘専門のな」
「退治屋?」
「ダンサー・イン・ザ・レインのことは覚えてるだろ? ああいうのを専門にドカドカやる仕事だよ。これ、ほかには言うなよ?」
「言いませんけど……。この街にそういうのがあっただなんて」
「国のエリートってのはほかに人数割いてて人手不足ってやつなの。だから民間でやってるわけ。……でも結構違反スレスレみたいよこういうの」
コロコロ表情を変えながら「秘密」と愛らしく微笑みながらオルタリアは次々と運ばれてくる料理に目を輝かせる。
「ま、仕事の話はもう抜きにしようぜ。ここからは花咲くプライベートだ。美味いメシに美味い酒にひたる」
「そうね。血生臭いことしたあとのドカ食いがぶ飲みって大好き」
「好戦的と言いますか、猟奇的と言いますか……」
「あら、私にとっては褒め言葉よ? ホラ乾杯しましょ!」
その後、でっかいジョッキになみなみと入った酒を豪快に飲む。
瞬く間に中身を飲み干した姿にゲオルもティアリカも目を丸くした。
「あの身体のどこにあれだけの量が入るんでしょうか……」
「……そりゃあお前、あそこじゃないか?」
「今胸って言おうとしました? え?」
「そんな凄むなって! 別に言おうとなんて……」
「じゃあどこですか言ってごらんなさいな」
「おいおい」
「アッハッハッハッ! なになに喧嘩? んふ~、ごめんなさいねぇ。私ってば胸も顔も超イイから」
「自分でいいますか……」
「あら、自分で自分のことを美しいと思っちゃダメ?」
「口に出す奴も珍しいってことだよ」
「あら、皆シャイなのね」
「嫌味にとられますよ?」
「謙遜とかおくゆかしさって文化、私には合わないのよ」
また運ばれてきたジョッキを上機嫌にゴクゴクと飲み干していく。
「美しさは自分から発信して更新していくもの。他人と足並み合わせて卑屈に見せるなんて論外よ」
「強者の理論だな。色々とやっかみが増えそうな発言だぜそれ」
「ま、私ってば生まれついて見た目もいいからね。男は口笛吹くわ女は舌打ちするわ。日常茶飯事だったわねあのころは」
「さ、さらに嫌味……」
「じゃあアナタは自分のこと美しいって思ってないの?」
「え、いや、それは……」
「はい他人に遠慮する~超卑屈。ホントにバニーガールなのアナタ?」
「ち、違います! いきなりそんなこと聞かれたって困るって言うか」
「顔も身体も整ってるのにそれを誇りにすらしないなんて、それこそ"やっかんでください"って言ってるようなもんよ。堂々としなさいな。それでもアナタをやっかむ奴がいたら言いなさい。ぶちのめしてあげるから」
「い、いいえ、結構です」
「ホントに? 私はね、自分が美しいと感じているものが損なわれているのは許せない主義なのよ。たとえそれがグロテスクだったり未熟だったり、時代に合ってなかったとしてもね」
「……それはアナタ流の慈愛ですか?」
「慈愛。そうね。でも慈愛じゃあ生温いから、熱愛って言ってくれない? 好きな物はとことん愛す。命を燃やし尽くしてでもね」
彼女の印象はまさしく獰猛なる美の化身。
自分のことが好きだから自分自身のことをハッキリと美しいと言える。
誰が賛同しようと反対しようと、それは揺るがない。
だがゲオルがもっと驚いたのは彼女の内面だ。
(良く言えば自信家、だが本質は孤高か。出る杭は打たれる。鳥も鳴かずば撃たれまい。色々と警告めいた言葉はあるが、この女にとっちゃそれすら享楽のひとつってか。はねっかえりの一匹狼)
「ねぇゲオルはどう?」
「あん? なにがだ」
「なにって、美しさのことよ」
「さぁ、俺に女の美しさのなんやらは……」
「違うわよ。アナタは自分を美しいと思うかって話」
「え゛、俺も!?」
「当たり前。男には男の、女には女の肉体美ってのがあるわ。アナタ見たところかなり鍛えてそうだしそれなりに……」
「いやいやいや! 俺はいいって! そういうのワケわかんねぇんだよ!」
「なによノリ悪いわねぇ~。他人の美しさばっか褒めてりゃいいなんて人生大損よ!?」
「そんなに? あのな、俺にそんな美学だの美意識だのあるわけねえだろ。だが、そうだなぁ。あえて言うのなら、クールガイ、ナイスガイってのが俺に当てはまるんじゃねぇかなってハハハ」
「アナタがクールガイ? ありえませんね」
「仕事はいつもスマートに済ませてるだろ。ほら、クールガイ」
「なんででしょう。アナタが言うと安っぽく聞こえてしまいますね」
「あーあ、言うんじゃなかったぜ」
「アハハハハ、そうクヨクヨしないの」
「してねぇよ」
「大丈夫? また胸揉む?」
「やめろぉお!」
そのときティアリカと目が合うと、彼女はさっと自分の胸を守るように腕を交差した。
「あ、あのなぁ~~~~」
「はいはい、ここまでにしましょ。さぁいっぱい食べていっぱい飲も!」
「へ、そうだな。こういうときは食うに限るッ!」
「はぁ、調子いいんですから」
だが自然と笑みがこぼれるのは、彼女の魅力あってのものかもしれない。
火を司る特異体質のオルタリアはティアリカとは違った明るさを持つ。
それが意外に心地よかった。
他愛のない会話が弾み、ティアリカもクスクスと自発的に笑みをこぼしていく。
「あーおなかいっぱい」
「アンタめっちゃ食ったな……おい、俺の奢りとか言わねぇよな? 言っておくが俺にそんな甲斐性求めるのは筋違いだぜ?」
「わかってるわよ。そうビクビクしなくたって~」
「してねぇよ」
「ほらふたりとも。早く会計を済ませてしまいましょう」
「あいよ。……うわ、オルタリアめっちゃ食ったな……」
「この店好きだわ。あ、もしもここ以上に美味しいとこ見つけたら紹介してね」
「ハァ、まったく……」
会計を済ませ、オルタリアとわかれる。
帰り道ティアリカは微笑みながらもどこかいじわるそうに。
「今日のゲオルは特段にスケベでしたね」
「あ、あのなぁ」
「だって私の胸まで見たでしょ?」
「いや、あれは不可抗力……っていうのかその」
「ふふふ、お互い調子を狂わされたという感じでしたね」
「オルタリアにな。やれやれ、ああいうのがしょっちゅう来るんだろうなこの街は。どうりで騒がしいわけだ」
「賑やかで私は嫌いじゃないですけどね」
「それはもっともだな。うし、明日からまた仕事だ。俺は用心棒」
「私はバニーガール」
「じゃあな。また明日」
「はい、おやすみなさい」
寄り道はそこそこに、ふたりは自宅へと帰り床に就く。
まだまだトラブル多からんとも、またいつものように立ち向かえると信じて。
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