第33話 デートとオルタリア
「ゲオル! さぁ早く! こっちですよー!」
「おい待てよ。……ンな急がなくても服屋は逃げねぇって」
ティアリカはパンプスを石畳に響かせながら、うしろをついてくるゲオルに手を振る。
陽の光に照らされる純白のワンピースに身を包み、別離の悲しみを乗り越えた笑みを彼に向けた。
今日は久々の買い物デート。
エジリの分まで強く生きると決めた彼女たっての要望。
無碍にできる理由などあるはずもない。
(とは言え、この暑さはヤバいな……なんでティアリカ元気なんだよ)
これが若さか。
などと心の中でとぼけながら、目的地まで辿り着く。
小洒落た内装と品揃えはいかにもハイカラな感じがして、ゲオルの肌にはあまり合わなかった。
若い女の子や、カップルが来るような明るい雰囲気に慣れないで視線をキョロキョロさせているとティアリカが声をかける。
「なにをしているんですか。早く、こっちですよ」
「よりにもよってなんでこういう店なんだよ」
「いいじゃないですか。お気に入りなんですよ」
「ネクタイ選びにこの店のチョイスか?」
「ここ結構品揃えいいんですから。アナタのネクタイもうヨレヨレでしょう?」
「まぁそりゃそうだが……うん、まぁ任せる」
「オッケー! ……ん、これなんてすっごく似合いますよ。……あ、これもどうです?」
「……明るすぎないか? 俺のイメージじゃないだろ~」
「少し明るい方がいいと思います」
ゲオルの趣向からは外れていたが、懸命に選ぶ彼女の姿をじっと見ていたくなったので、しばらく黙っていることに。
ティアリカに自分はどう映っているのか。
姿見越しの縁だ顔を見ても、うかがい知れることではない。
(ま、幸せそうならいいか)
数十分悩んだ末に選ばれたのは、薄いピンクのネクタイ。
ふふんと自信気に胸を張るティアリカの横で、ゲオルはニヒルな笑みをこぼした。
「……これ、今つけないとダメか?」
「はい」
会計後に身に着けたネクタイは普段着けているのとは生地が違うため、若干の違和感と気恥ずかしさを感じながらふたりは再び別の場所へ足を運ぶ。
(う~ん、落ち着かねぇ)
「どうしましたゲオル? ……うん、やっぱりすごく似合ってると思います」
「……ま、お前がそう言うのなら?」
「ふふ、大事にしてくださいね」
暗黒銃士ヘシアンとの激闘から早1ヶ月。
都市ヘヴンズ・ドアに風が涼しさを運んできたようで、若干過ごしやすい気候へと変化していく。
もうすぐ秋の季節へだ。
店舗ではそれに合わせた衣装や装備がポツポツ展示され始めていた。
品数はまだ少ないが、もう少し日数が進めばぞろりと揃えられて大盛況となるだろう。
誰もが慌ただしく、遥か向こう側で流れる入道雲を都市の背景に動き回っている。
しかしそれでも暑さはまだまだ猛威を振るう時期だ。
真昼ともなればなおのこと。
「なぁ少し休憩しないか? こう暑いとどうもあれだ」
「ゲオルって暑いときでもそういうカッコしますよね。夏服とかないんですか?」
「俺はピシッと決めていたいんだよ。上着脱ぐくらいでいい」
「いや、その結果こううだってるんじゃ意味ないじゃないですか。んもう、こんなことならあの店で買えばよかった。まだ品があったのに」
「いやいやもう衣類は結構だ。かさばるだろ」
「……まさか一張羅とか?」
「こだわりがあるの! さぁ、もう行こうぜ。腹減っちまったよ」
「あ、ちょっとゲオル待って!」
そそくさとゲオルが次の曲がり角へと向かおうとした。
タカタカと走ってくるティアリカのほうを振り向きかけたとき、……事故は起きた。
────ムニュ。
「へ?」
「あ?」
「およ」
ゲオルの右手に柔らかな感触とゴワゴワとした布地の感触。
その正体と余裕のある声の主に気が付いたとき、ゲオルはサッと血の気が引いた。
「あらあら~。今日はラッキーデイかしらお兄さん?」
「うぉぉあああああ!?」
「ちょちょちょちょちょゲオル! アナタなんてことをぉおお!!」
「アハハ~、さすが大都会。賑やかね~」
声の主は女性。
エキゾチックな見た目とフランクな性格で、ゲオルが自分の乳房に触れたことを軽く流している。
「あ、あの! 連れが大変申し訳ありません!! このお詫びは、えと、えと……彼の小指を詰めて……」
「うぉい!?」
「いいっていいって、今日は気分がいいのよ。見逃してあげる。……あ~でも、そうだなぁ~。ねぇ、じゃあお詫びとしてご飯おごってくんない?」
「え、飯か? そういやもうそんな時間か。え~っと……」
「ゲオル、ここは逃げずに彼女に食事をおごるべきです。……まさか金欠だからとかで」
「いやいや、そんなこたぁねぇよ! うし、じゃあなにか食いに行こうぜ」
「ふふ~ん、ゴチになりまぁす」
(俺の勘だけど、たぶん財布は犠牲になる。だが助かった。もうすぐで社会的に死ぬところだったぜ……)
「じゃあ~、あっちの店なんてどうかしら? なんか美味しそうだし」
「おう、いいだろう。ティアリカもあそこでいいよな?」
「えぇ、行きましょう」
料理店の奥の席へと3人は向かい、各々料理を頼んだ。
「あ、自己紹介まだだったわよね。私はオルタリア・グレートヒェン。傭兵やってたんだけど、今日からここで暮らすことにしたの」
「オルタリア・グレートヒェン……? マジかよあの『不死と鮮血の聖女』か!?」
「え、知っているんですか? っていうか、聖女!?」
「あぁ、聖女って言っても大した意味ないわ。勝手にそう呼ばれてるだけ」
「戦場に勝利をもたらすって意味合いを込めて、だっけか?」
「でもだからって聖女なんてつける? おかしすぎよ」
「……この街に来る前にアンタの名前は何度も聞いたよ。殺されてもよみがえる不死鳥の化身ってな」
「あらあら、そうも言われてたわけ。まぁそのとおりっちゃあそのとおり」
「どういうことです?」
「そういう『力』があんのよ。あ、料理来たみたい。ほら食べよ食べよ! もうお腹ペコペコなの」
「俺のおごりだ。たっぷり味わってくれ」
しかし彼女の食べっぷりは凄まじいもので、あれだけたくさん頼んだにもかかわらずみるみるうちに空になっていく。
(あ~、やっぱそうなる? もうどうにでもなれアハハハハハ)
(あの身体のどこにそれほどの量が……ま、まさかあの胸に全部言っているとか……?)
「ん、なによ全然食べてないじゃない。もっとジャンジャン食べないと。ホラ、アンタ肉冷めるよ?」
「あぁ、わかってるよ。……え、おかわり? まだ食うの? ハハハハ、まぁ好きにしてくれ」
(ゲオル、その、ご愁傷様)
財布は犠牲となった……。
食後のコーヒータイムには、ゲオルは半ば燃え尽きたようになっていた。
しかし気を取り直し、ご機嫌なオルタリアから色々と聞き出してみることにする。
「こっちも自己紹介まだだったな。俺はゲオル・リヒター。この街で『何でも屋っぽいの』をやってる」
「私はティアリカ。キャバレー・ミランダで働いています」
「お~、中々に興味深い仕事してるね。特にお兄さん……いや、ゲオル」
彼女の視線がゲオルを射抜く。
ティアリカとはまた違った魅力を秘めた瞳にゲオルの顔が映った。
「アナタのそれってようは便利屋でしょ?」
「まぁそうだな」
「ちょっと聞きたいんだけど……私を雇うってできない?」
「え!?」
「ハァ!?」
ふたり同時に素っ頓狂な声を上げてしまう中、オルタリアはカラカラと笑いながら続けた。
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