第三章
第32話 蒼炎の女
「なぁオルタリア、考え直さないか? 今ならまだ間に合う。王もお前を大層気に入っておられる」
「生憎、私は王の女になりに来たんじゃないの。そういうのはアナタがやれば?」
「バカな。王の寵愛を受けられるのは、我々ヴァルキリー部隊の者にとってどれほど栄誉なこと……ってうわなにを!?」
「なにって新衣装! ふふふ、開放的でしょう? 一度こういうの着てみたかったのよ。特注よこれ。高かったんだから」
「い、い、衣装!? そ、そんな格好が……」
「アハハハハ! そういう反応待ってたの。大好き!」
「肌がほとんど出てるというか、もう下着姿じゃあないか!」
「そう見える?」
「そうにしか見えない!」
「まぁあとはなにかしろで飾れば大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃない!」
「んも~お堅いわねぇ。顔赤らめちゃって、かーわいい」
「く……」
「あ~、ようやく堅苦しい格好から解放された!」
あらゆる曲線美を強調するその衣装。
途轍もなく豊満な乳房を包み込みこむ布地、月明かりで白く浮かび上がる鎖骨。
名を『オルタリア・グレートヒェン』という。
エキゾチックかつ、黄金比率に愛された肉体を持ち、腰まで届く蒼みがかった銀色の髪。
紫がかった赤い瞳は何者をも魅了するまるで聖母のような眼差しで、一見慈悲深い顔立ちをしている。
だが、その扇情的な美しさとは裏腹に性格は好戦的かつ好色なもの。
そんな彼女こそ所属するこの国にはなくてはならない存在なのだが……。
「お前がこの国を抜けることがどれほどの損失かわかっているのか? なにが不満だ? 待遇が気に入らないのなら私もかけあおう」
「……ねぇ、私が初めてここに来たときのこと覚えてる? 私はね、刺激が欲しいの。本当に死んでしまうくらいのね。ここでの生活はわりと面白かったけど、燃えるほどでもなかったかなって」
「そんな理由で!?」
「正直、虚しい。私は私の輝ける場所を探すわ」
「輝いていたじゃないか! お前は戦場でどれほどの成果を……ッ!」
「成果よりも刺激よ刺激! コイツと殺し合いたい、この人を愛したい。そういうのをギリギリの一線まで見極める。こんな楽しいことある?」
「バカな!! そんな、……そんな
「あら、自分の人生よ?」
「……王への忠誠はどうなる?」
「忠誠は王を満たせても、私は満たしてはくれない。ごめんね。私やっぱり一匹狼気質みたい」
「そんな……」
「私には丁度いいわ。この格好もその象徴ってね」
そう言ってオルタリアはクルリと回って見せる。
美しくくねらせる腰に、それに合わせて揺れる髪。
本人にその気がなくとも、相手をその気にさせてしまう。
さながらそれは魔性じみた天性の美貌と肉体であった。
「お気に召さない?」
自分のやりたいことをやる、世間のしがらみや常識などよりも、己の思うままに生きる女。
ここまでくるともう同僚も諦めかけてきたのか、声のトーンが落ちてきている。
「確かにそういった格好をして戦う女はいるぞ。だがその在り方は罪深き悪女の域だ。しかもこの王国で不死の聖女とまで言われた者が王以外にそうも肌を晒すなど」
「あら、自分の魅力は自分で発信していくものよ? 変に着飾ったり言いつくろうよりずっといいわ。それに勘違いしないで。王(アイツ)の前で脱いだことなんて一度もないから」
「いや、だからってなぁ」
「それにこの格好のほうが、私の『能力』的に都合がいいのよ。
まさに聖母のような微笑を浮かべる悪魔だ。
同僚はその言葉に怖気を走らせる。
彼女の"真の恐ろしさ"を戦場で常に目の当たりにしてきたからだ。
今のこの女はまさに、野に解き放たれんとする狼そのもの。
手放してはならないと同僚に一気に熱が入る。
「なぁ、やはりお前は抜けてはダメだ。お前ほどの戦力が抜けることで、どれだけ士気が下がるか!」
「残念だけど、もう決めたことよ」
「そんなの王が許されるはずがない。それはワガママというものだ。……考え直せ」
「ごめんね。お金とか地位じゃないのよ。それに、ワガママなんて上等じゃない。こんなイカれた時代だからこそね」
「そんな生き方は野蛮で低俗な輩がすることだ!! 根無し草なぞみっともない!」
同僚の言葉をよそに、オルタリアは窓のほうへと歩み、カーテンを大きく開くと一気に窓を開放した。
「素敵じゃない。きっとスリルに満ちてるわ。私が欲しいのはそういう自由」
その直後、オルタリアは窓へと身を乗り出し飛び降りるような体勢になる。
因みにここは城の2階部分に該当するのだが。
「こら待て! お前まさかこのまま……ッ!」
「ごっめ~ん。王様に辞めますって言っといて。じゃ、あとはよろしく」
そう言って投げキッスをしたのち、華麗に宙を舞いながら下へと降りていく。
同僚の制止を振り切り、彼女は今日この日、自ら居場所を捨てた。
────夜闇に紛れて、鳥たちがはばたいた。
オルタリアがいた窓に2枚の羽根が舞い降りる。
同僚はそのうち1枚を拾いながら、自由を求めて城を出たオルタリアのこれからの身を密かに案じた。
窓の外側から大きい蜘蛛が伝うのを視界に入れる。
月を仰ぐように足を宙で振り回し、糸を編んでいる姿を見ながら、同僚は羽根を握りしめた。
オルタリアが向かうのは自由の大地。
5年の間に上げた武功は数知れず。
時は経ち、彼女の足は引き寄せられるように『かの都市』へと向かって行った。
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