第31話 Elの名を冠して

 ゲオルを中心に敷かれる異常重力の歪み。

 その作用は彼が持つ仕掛け大鎌が起因していた。


「仕事だ。────Elエル・ディアボロ」


 大きな駆動音を響かせながら周囲に稲妻めいたエネルギー波を展開させる。

 これまでの疲れやダメージが嘘のように消えていく様に、ヘシアンの顔が一変。


「あれはなんだ? あんな力があるとは聞いたことがない。……仕掛け魔装は魔導エネルギーを蓄えた特殊な機構武器。通常武器よりも強いというだけの代物ッ! ……それよりも"先"の段階があると?」


 黒い馬でさえもゲオルを警戒して、威嚇しながら周囲をグルグルと回るだけだ。

 間合いがある。その間合いに入ればどうなるかわからない。


「……ふん、小賢しい! そんなもの、遠距離攻撃で正確にブチ抜けばッ!」


 狙いは正確。

 弾丸はゲオルへと飛翔し、そのまま行けば心臓を貫くはずだった。

 しかし弾丸は軌道を大きく逸れながら塵芥ちりあくたとなり消えていく。


「無駄だ。テメェの攻撃は永遠に届かねぇ」


 ゲオルは静かに瞳に怒気を宿らせながら、大鎌を構える。

 

『グワァァァァアアアアア!! グワァァアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 突如大鎌が生き物のようにガチャガチャと蠢き雄叫びを上げた。

 それにかまわずゲオルは虚空を振り抜く。


「ふん、まぬけが。斬撃を飛ばすとかそういうのか? 私はその方向にいない。なによりこの暗黒霧に包まれたこの私に攻撃を当てることな────」


 ────バシュウウウッッッ!!


「……え?」


 ヘシアンの肉体が一瞬揺れて脱力感が襲い掛かる。

 遅れてやって来たのは凄まじい激痛と困惑と絶望。


「な、なにぃぃぃぃいい……ッ!!」


 


「ぐ、が……、あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!」


 なにが起こった?

 奴はなにをした?

 

 おかしくなりそうな頭の中で必死に考察する。

 ゲオルの斬撃は彼の振るった方向関係なくヘシアンに命中した。

 これが意味するものがてんで理解できない。


「……。でももうそうは言ってられなくなったからな」


「し、仕掛け魔装の、本当のパワーというわけか」


「とんでもねえエネルギー量だろ? 少なくとも人間や魔物で処理できるレベルのもんじゃあない」


 彼特有のニヒルな笑みの中に隠されたドス黒い真実。

 人智を越えたパワーを使いこなすゲオルが本当の死神に見えて……。


 いつの間にか暗黒霧は消え去り、嵐の過ぎ去った夜闇と月が空にあった。

 黒い馬はいつの間にか真っ二つにされて、再起不能になっている。

 こんな現象は生まれて初めてだった。


「まさか……そんな……そんな……」


「さて、本来ならお前なんざ首チョンパしてはい終わりでいいんだ。仕事としてはな。でもそれじゃあ俺の気が済まないってわけ」


「……仕事に私情を持ち込むだと? ……馬鹿め、ここまでくれば私とてどうにもならない。さっさと殺せ」


「右腕が残ってんなら、銃くらい使えるだろ?」


「なに?」


「立てよ。ここからはお互い小細工はなしだ」


「……愚か者が。後悔させてやる」


 懐にしまってある銃を見せながら笑みかけるゲオルの態度が気に食わなかったのか、ヘシアンは歯軋りしながら立ち上がる。

 

 あのときゲオルに死神のヴィジョンを見たが、今は違った。

 自分こそ死神なのだ、お前はまがい物だと。

 痛みの中で意地が芽生えてくる。


「いいねぇ。そう来なくっちゃ」


「懐でいいのか? 腰に差したほうがより早く抜けると思うが」


「プロの意見あんがとよ。でも俺は、これでいい」


「なに?」


「この銃はただの銃じゃないって言いたいんだよ」


「……見た限りただの銃にしか見えんが、ふん、いいだろう」


 雨はあがり、風は止む。

 月明かりに照らされた男がふたり、静寂なる闘争の空気に身を委ねていた。

 一種の心地よささえ感じるのは、死がさらに近く感じられるからだろうか。


 数秒の沈黙の中、月が薄い雲に隠れる。

 月が再び顔をのぞかせたその瞬間、勝負が決まるのだ。


 そして運命の時。

 ふたりの男が神速が如き手さばきで銃を引き抜き、引き金を引いた。


「ふ、ふふふ、ふふふふふ……」


 ヘシアンが嗤った。

 ギリギリと銃握に込める力を強めながら、佇むゲオルを隻眼で睨めつけながら。


「ふは、ふははははは……う、がふっ!」


 負けた。

 早撃ちにも自信があったヘシアンの心は、その穢れた命ごと砕け散る。

 ドシャリと倒れる凶人は二度と立ち上がることはなく、雨のぬかるみに身を沈ませていた。


「……ありがとよ。エジリ」


 ホルスターはもちろん、エジリの持つ銃は本当に使いやすい。

 懐に入れていようが腰に入れていようが素早く引き抜けるようにデザインされている。

 彼女の性格上、早撃ちなどは苦手であるのでそういう特注品にしたのだろうが、それが功をろうした。


 なにより、この銃を使いたかったから。

 この銃で見せ場を作ってやりたかったから。

 今思えば、それすらも不粋なのかもしれないが。

 

「……お前がやったんだ。これはお前の手柄だぜ、エジリ」


 ゲオルは懐にしまった銃をポンポンと撫でながら踵を返す。

 ふと、返事が聞こえた気がした。


 『いつものように/かつてのように』悪態をつきながらも言葉の節々に信頼を含ませながら。

 思わず笑いながらゲオルはタバコに火を点けた。

 

「明日はキチッと晴れそうだな。しばらくは、雨も嵐もごめんだぜ」


 街に戻るとティアリカたちが出迎えてくれた。

 無事を祈ってくれた皆に囲まれながら、キャバレー・ミランダにて祝い酒を愉しむ。


「……そうでしたか、あの娘の銃を使って」


「あぁ、これなら安心してあの世にいけるだろうぜ」


「驚いたよ。まさかあのヘシアンを倒してしまうとは……」


「アイツも強かったが、アンタとの殴り合いのほうがよっぽど堪えたね。もう二度とごめんだ」


「ふふふ、君の体術からは学ぶものが多かった。もっと強くなれそうだよ」


「それ以上強くなってどうするんだ。また俺に挑むとかやめてくれよ?」


「さぁ、どうかな」


「もうお爺様ったら。……なぁんで戦闘狂しかいないのかしら私の周りって」


「でだ。……おい、なんでお前がいるんだよウォン・ルー」


「水臭いこというなよ。同業者同士これからは仲良くやろうぜ? な?」


「なぁにが仲良くだ!! てか兄弟って、俺ぁお前と盃交わした覚えはねぇ!!」 


「さっきかわしたろ」


「ありゃ乾杯の音頭だ!」


 ワイワイギャアギャアと小うるさい空気。

 それは再び日常へと戻ってこられた福音の印。


 酒と料理の味の中に、心の平穏を噛み締めながら。

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