第30話 暗黒霧と狙撃手
風雨渦巻く暗黒の道を、黒い馬が荒く蹴り上げる。
ぬかるみや向かい風すらものともせず、ただ背中の主を教団へと送り届けるために。
あとは帰還するという、それだけの簡単な行動。
そのことを信じて疑わないヘシアンは、夕食に食べたラム肉の余韻を口の中で転がしながら風を切って進んでいたのだが……。
「ぬぅ!?」
灯りなぞ点けていない。
それでも"彼"を見逃さなかったのは能力ゆえか。
黒い馬は高く跳躍し、数メートル先の地面に見事着地した。
進むことはなく、そのまま制止。
ヘシアンは背後に視線を送り、道のど真ん中で立っていた男、ゲオル・リヒターを見やる。
「よう」
ゲオルは臆する様子もなく軽く挨拶した。
「……小僧、ヒッチハイクは道の端っこでやるものだ。轢き殺されたかったのならすまなかったがな」
「悪い、せっかちでね。どうしても止まって欲しかったんだ」
「なに……?」
不穏な空気、揺れる木々。
稲妻と雨がふたりのシルエットを浮き彫りにし、より濃密な空気をかもし出していた。
「……私になんの用だ」
「────"仕事"でね」
「仕事? 仕事だと? ふん、そうは見えんな。……お前の目はこれから仕事をする者の目ではない。私怨と焦りで澱んだ半端者の目だ」
「目ン玉占いか? さすが一流の殺し屋だ。多才なことで」
「小僧、いやゲオル・リヒター。お前に出会えるとは思っていなかった。殺しの対象にはなっていなかったが、いいだろう。……サービス残業だ。手っ取り早く終わらせてやる!」
黒い馬がいななきとともに
ヘシアンは右手にナタのような分厚く長い剣、左手には銃という近、中距離でも対応可能な装備で挑んできた。
「ふっ!!」
「かぁあッ!!」
大鎌と剣がぶつかり、風雨をかき消すように火花が飛び散る。
続いて銃撃。
数発の弾丸を防いでいる間にまた接近を許し、またも一撃交える。
機動力も斬撃の重さも段違いだ。
(動きが普通の馬とは全然違う。魔物の狼みたいに縦横無尽に駆け抜けられる。普通だったら足全部圧し折れててもおかしくないってのに)
闇夜に真っ赤な瞳がエフェクトめいた帯を引きながら、ゲオルの周囲を神速で駆け巡る。
馬上ゆえ本体が狙いにくい。
さらに馬の突進力に使われる、地面を蹴り上げるパワーが剣に上乗せされることで、単純な破壊力だけならゲオルのそれにも匹敵する。
「っうしゃぁああああああああああああああ!!」
乱回転による遠心力と重量の斬撃結界。
大鎌の高速乱舞はヘシアンの突進をいすくませ、軌道を変えることに成功。
「もらったぁああ!!」
ほんの一瞬の隙。
乱舞をよけて通り過ぎる際のわずかな意識の途切れを見逃さず、一気に跳躍して大鎌を振り下ろした。
闇夜に美しい放物線を描きながら刃はその命を刈り取る、はずだった。
(……ヘシアンが、消えたッ!?)
真っ二つになった黒い馬の上には初めから誰もいなかったかのように、ヘシアンの存在のみが消えていた。
周囲を見渡そうとするも、生前エジリが見た馬の異変に気がつき、不気味な戦闘の空気に巻き込まれていく。
「マジもんの化け物だな。こんなエグイの乗ってやがったのか」
ヘシアンが使役していたのはただの魔物の馬ではない。
ある場所では『闇の妖精』として恐れられ、またある場所では『パンとビールの女神』として崇められてる。
どちらにしてもその核となる性質は凶暴にして残忍そのもの。
破壊と嵐を体現したようなこの馬をどんな魔術で使役したというのか。
気になるところではあるが今はとにかく生き残るために身体を動かすべきだ。
姿を隠したヘシアンが気になるが、今はこの黒い馬の相手に専念する。
「……この私に真っ向から挑むなど、死にたがりもいいところだな」
一方、ヘシアンは現場から離れた位置で銃を組み立てていた。
エジリを穿った狙撃銃。黒い馬に気を取られている今がチャンスであると。
(狙撃用弾丸装填。視覚共有による多角的認識度、明瞭。ターゲット捕捉。法則歪曲による弾道補正。命中率97%。狙撃まで10秒、9、8、7、6……)
カウントダウン後、弾丸は超高速で発射される。
吹き荒れる環境をものともせず、むしろそれらを味方につけているかのように。
「────ヤベッ!」
死線を潜り抜けてきた者の直感は計り知れない。
一方的な殺しではなく、戦闘という一歩間違えれば死に至る状況での場数ではゲオルは遥かに上だった。
元々の才もあってか神懸かりな直感は肉体を瞬時に動かした。
────ザシュッ!!
(く、かすったかッ! あっちから撃たれたな……)
(乱戦下の中であの危機対応能力! だが、それで私に勝てると思うな)
現にゲオルが予想しているヘシアンの立ち位置は外れだ。
暗黒霧はすでに立ち込め、弾丸はどの方向からも出現させることが可能だから。
黒い馬の凶悪な猛攻で足止めさせ、正確無比なスナイピングで冷静に仕留めにかかる。
これぞヘシアンの戦法だ。
(傷は浅い……さっさと探してぶちのめさねえと)
(このまま放っておくか? いや、仕留める。英雄相手のハンティングだ。今度は心臓部を撃ち抜く)
黒い馬の猛攻とヘシアンの狙撃。
一見絶望そのものだが、その絶望が彼に"決断"をさせた。
大鎌を風車のように回転させながら双方の攻撃を凌ぎつつ、そのときを待つ。
「ジリ貧だな英雄。私の位置をまったく把握できていないようだが」
「シャイも大概にしろ。悪いがもう時間切れだぜ」
「時間切れ? なんのことだ」
暗黒霧の中で弾丸を装填しながらゲオルの不敵な笑みに怪訝な色を浮かべる。
この状況下で勝てるわけがないのだ。
戦いの中でゲオルは何度も暗黒霧の中へと突っ込んだが、結局元の位置に戻されるだけ。
黒い馬に追いかけまわされるたびに、ゼイゼイと息を切らし、何十キログラムもある大鎌を振るえば、それはとんでもない体力の消耗だ。
体力の消耗は集中力の摩耗。
戦場で集中力を失うことは死を意味することくらい新兵でもわかる。
「そろそろいこうか。"死神"を怒らせたこと、死ぬほど後悔させてやるからよ」
その言葉を皮切りに、仕掛け大鎌に変化が起きる。
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