第27話 立ち向かうべき理由

 翌朝、コルトに連れられるゲオルとティアリカ。

 基地内にある医療施設の特別治療エリアへと足を運ぶこととなり、神妙な空気が立ち込め始める。

 

「君たちにここへ来てもらったのは他でもない。君たちの仲間……エジリのことだ」


「あの、どうして……彼女になにかあったのですか!?」


「コルトさんよ。できうるならもったいぶらずに全部話してくれるとありがたいんだが?」


「実際に見てもらったほうがいい」


 ナースや医師、研究員が行き交う廊下をこえて、辿り着いた場所は静かな一画にある個室。

 ドアをノックして入ると、数人の医師が控えていた。


 ベッドに寝かされた、全身包帯だらけのエジリ。

 しんどそうな口呼吸を重く繰り返し、足や腕にいくつものチューブが差し込まれている。

 

 変わり果てた姿のエジリに、ティアリカは思わず口を両手で覆った。

 

「……ッ、……ッッ!!」


「……もっと近くに行ってもいいか?」


「うん、すまないが、しばらく外してくれ」


 医師たちが去ると、ゲオルは近くのイスを引き寄せてベッドの傍に座る。

 こちらの気配に気づく余裕もないのか、なんの反応もない。

 目は虚ろで粘液状の唾液が少しからんでいるのか、わずかにゼロゼロと音がする。


「エジリ……」


 反応はない。


「俺がわかるか?」


 反応はない。

 

「ティアリカも来た。お前のことずっと心配してた。お前、話したいことあるんだろ?」


 ────反応は、ない。


「……エジリ? 私です。ティアリカです……こっちを、向いて」


 ティアリカも近付き、身を乗り出すようにエジリの頬に触れる。

 彼女の肌はあまりにも冷たく、しかもティアリカが触れたことすらも気づいていない。

 虚空を見つめる瞳に、ティアリカの悲哀の表情は映っていなかった。


「……コルトさんよ、俺らをここへ連れてきたってこたぁ」


「あぁ、教団からの刺客だ」


「誰だ」


「君も名前くらいは聞いたことがあるだろう。────暗黒銃士」


「……ヘシアンか。賞金稼ぎ崩れのイカレ野郎。アイツを選ぶとはずいぶんお目が高いじゃないか。いい塩梅に真っ黒に染まってきやがったなあの教団」


「使われた弾丸は通常使用されるものではない。奴が狙撃のときにつかう魔硝弾だ」


「魔硝弾!? かすっただけでも傷口を腐食と激痛に苛ませるという……なんて、なんて酷い……」


「条約で禁止されている弾丸を奴は裏ルートで仕入れている。すべては、ターゲットを残忍に殺すために」


「アイツの手口だ……暗闇の中からズドン……。奴の暗黒霧は健在か?」


「あぁ、我々数人で防ぐのが限界だ。それほどまでに奴の魔術は強力だ。……迂闊うかつだった。まさか街への侵入を許してしまうとは」


「大陸一の大都市だ……と、アンタを慰めてやりてぇが、悪いな。そんな気分じゃねぇ」


 ニヒルな笑みとは裏腹に握られた拳からは血が滴っていた。

 ……殴られてもよかった、あわよくば殺されても。

 コルトの表情は物語る。

 しかし役職ある立場として、冷静にふたりに告げた。


「奴は危険だ。関係者である君たちの命も狙われる可能性もある。……しばらくはこの基地に留まるといい。店には私から連絡しておこう」


「……とどまってどうするというのです?」


「ヘシアンは並の殺し屋じゃない。街に厳戒態勢をとっても、奴ならその合間をぬって襲いにかかってくるだろう」


「だから黙って指をくわえて見ていろと!?」


「ティアリカ君ッ!」


 コルトの一喝で再び沈黙が走る。

 

「わかってくれ。我々の権限とて万能ではない。ミスラにも伝えておく。なにか困ったことあらば彼女を頼りなさい」


「立ち向かうべきです!」


「一個人で片付けられる問題ではない。君たちの強さを疑うわけじゃないが……ともかく、今日1日は大人しくしていてくれ。部屋は用意してある」


 コルトは静かに去っていった。

 部屋の中はさらに重苦しい空気が充満する。


「ゲオル、私はどうしたら……」


「エジリは、もう……」


「……ゲオル、彼女は私のせいでこうなったのでは……」


「お前のせいじゃない」


「やり方はどうであれ、必死になって頑張って……でも、私はそれを拒絶してしまった」


「ティアリカ」


「情けない、ですね。私……彼女にあれだけ偉そうに言ったのに……あぁ……ごめんなさい、ちょっと」


 ゲオルの隣に座るティアリカは顔を覆うように頭を垂れる。

 ────泣いていた。

 その姿に一瞬ゲオルは目を見開く。


「……ティアリカ、エジリはな。お前ともう一度話したいって言ってた。謝りたいって」


「エジリが……?」


「お前のせいじゃない。タイミングが悪すぎたんだ。俺もお前も、コイツも……」


「でも……」


「あの爺さんにもっかい掛け合ってみる。仲間ボコボコにされて黙ってられなないんでな。……ティアリカ、エジリのそばにいてやってくれ」


「いえ、私も!」


「エジリはお前と一緒にいたがってる。俺が一緒じゃ不粋だろ」


 静かにドアを開けて廊下へと歩き出した。

 進むたび、何人かは奇異な目で見てきたが、ゲオルは気にせず進んでいく。

 

 視界的にも冷え切った無機質な廊下。

 この先にまだ近くにいそうではあるし、なにより知っているであろう人間に心当たりがある。


 少し話したくもあったし、挨拶がてら"彼女"の執務室のドアにノックした。


「どうぞ」


「ゲオル・リヒターだ」


「ゲオル? ち、ちょっと待って!」


 物音が聞こえたあと、落ち着いた物言いで入室を許可する。


「悪いな。突然押しかけちまって」


「ホントよ。アポをとるのは大事なんじゃなかったかしら?」


「……こりゃ一本とられたな」


「座ったら? 私になにか話があるんでしょう?」


「……お前こそいいのか? なんか慌ててたみたいだったが」


「……。書類を見られたくなかったの」


「まさかとは思うが、お前まだホプキンスのこと気にしてんじゃねぇだろうな?」


 コーヒーを淹れる彼女の肩が一瞬震える。


「図星か。……あんま思い詰めんな、とだけ言っとく」


「……それはアナタもじゃない? お仲間があんな風になって」


 ゲオルは答えず天井を向いていた。

 カチャリと置かれるコーヒーの薫りは、あまり感じなかった。


「お爺様から聞いた。アナタのことも、ティアリカって人のことも」


「なら話は早い。お爺様に会わせてくれねぇかな? 話がしたいんだ」


「無駄よ。お爺様はもう基地を出た。行き先はいつも教えてくれない」


「じゃあ探し回るさ」


「ダメよ。アナタたちは今軍の管轄下にいるんだから勝手な行動は……ッ!」

 

「オタクらがヘシアンを追いたいのなら勝手に追えばいい。俺は俺でやらせてもらうってだけだ」


「ゲオル、今回のは今までとは違う。黒幕は相手は世界も認めるジャガンナート教団。もう個人でどうにかなる問題じゃ……」


「それがどうした。こちとら魔王相手にタマぁ張ったんだ。……それにな、


「理由って?」


「……聞きたいのなら、お前の悩みをここでぶちまけな」


「言わないわよバカ」


「だったらなしだ。俺は行くぜ」


「だから待ちなさいって! 勝手な行動は許されないのよ!」


「俺には俺の流儀がある。これはアンタら軍だけのヤマじゃあねぇ。ケジメはつけねぇとな」


「ティアリカさんは、置いていくの?」


「できるなら、アイツを戦わせるなんてことはさせたくないんだが……」


 すっかり冷めたコーヒーを飲み干してドアのほうへ向かおうとするも、ミスラに阻まれる。

 

「ここは通さない」


「どけよ」


「今回のことで彼らはより過激になる。ヘタをすれば抗争や侵略めいた教団拡大の危険もありうるわ。いくら本部が離れた場所にあるからって油断はならない」


「そりゃ大変だな。でもそうなったらそんときだ」


「え?」


「ヘシアンも教団も、越えちゃならねぇ一線を越えちまったんだ」


 ニヒルな笑みから漏れ出るドス黒い怒り。

 ミスラに対して威嚇の意志はないのだろうが、その鬼神めいた迫力に彼女は背筋を凍らせ身を震わせた。


「悪い。ちょっとイライラして抑えがきかなくなってる……怖がらせちまったな」


 ポンと頭を撫でてゲオルは部屋を出た。

 静かになった部屋の中でミスラは緊張から解き放たれその場にへたり込む。


「あれが、英雄の……」


 軍服の中は汗で濡れ、白い谷間に雫が滴る。

 

 ────あの男は強い。


 その強さが羨ましくもあり、そして尊敬へと変わっていった。

 どこか胸の中に熱いものを感じながら、ミスラは自身のことを再び思う。


「悩み、ね」


 いつか話そうかな。

 そんなことを考えながら、追いかけようという意志を消した。

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