第28話 エジリの遺言
何度か衛兵に捕まりそうになったり声をかけられたりされながらも軍基地を抜け出して街へと繰り出す。
誰かからの目線を感じながらも敵意はないので放っておいた。
しかし思わぬ声が背後からかかる。
「おう、なぁに探してんだ?」
「あ、おかまいなく」
「おいコラァ!! このウォン・ルー様が直々に声をかけてやったってのにその反応はなんだ! ちったぁ先輩を敬うってことをだなぁ!」
「だぁからかまいたくねぇんだよ!」
「なんかのヤマか? おう、オレにも……」
「手伝わせないッ! 金せびる気だろう。ってかホプキンスの件で報酬お前も貰ったろ!?」
「それはそれ、これはこれだ!」
「それもこれもねぇ! 今回は依頼でもなんでもない。個人的な人探しだ」
「……このドでかい街で人探し? お前に探せるのか? まだまだ知らないことばかりのお前にぃ~?」
「なにが言いてぇ?」
「わからないのか。オレに依頼を出せってんだよ」
「……なるほど、それで俺から金の匂いがってか?」
「そーゆーこと。どうだ~?」
「断る。ほかを当たれ」
「うぉい!」
「悪いな。今回は俺自身の問題なんだ。これ以上他人に首を突っ込まれたくない」
「……ワケありってやつかよ。ケッ、つまんねえや」
ホプキンスの件での燃え上がりが忘れられないようで、たいぶ体力を持て余しているようだ。
ゲオルを見つけてまた荒事と金の気配を掴んだらしいが、ゲオルの態度に強くは踏み込めない。
そこらへんの線引きはできるのかと、ゲオルは内心感心した。
「あぁそういえば、軍が今夜警戒強化ために衛兵の数をメチャクチャ増やすそうだぜ」
「本当か?」
「あぁ、珍しいなぁVIPが来るわけでもないのによ。今夜嵐が来るって話もあるのにな」
「……嵐、か」
「なんだ、気になることでもあるのか?」
「なぁウォン・ルー。もしもお前が逃げるとしたら、どの時間帯にする?」
「決まってるだろ。警備が多くなる前にだ。そうだなぁ、嵐が来る前にも行動はしたい。……それがどうした?」
「なるほど、いや、貴重な意見どうも。これで美味いもんでも食いな」
踵を返しながら、金子を指で弾き渡す。
なんのことやらさっぱりのウォン・ルーだったが、思わぬ収入ににんまりと頬をほころばせて、スキップ交じりに去っていった。
(嵐が来る前に、か。だがヘシアンにとって嵐と暗闇は散歩道みてぇに慣れた世界だ。……そうか、コルトのおっさんが昼間に街へ出たのは身を隠しているヘシアンを探すためか。恐らく街中におっさんの部下が潜んで調査してる。昼間ならまだ明るいから闇にまぎれながら動くなんて芸当は難しい。ヘシアンは慎重な男だ。動くのなら夜。しかも嵐という嬉しいおまけつき)
大方、夜の警戒強化の話も小耳に挟んでいるだろうが、ヘシアンほどの実力者なら関係はない。
「……よし、作戦は決まった」
ゲオルは真っ直ぐ軍基地へと戻っていく。
見張りの衛兵たちも戻ってきた彼に目を丸くしていたが、ゲオルからたちこめる気炎に生唾を飲み、誰も彼に声をかけられなかった。
隠匿されし英雄の眼差し。
ゲオルの拳は自然と強く握られていた。
「……入るぜ」
エジリの居室へと入る。
ティアリカはハッと振り向き、彼の顔つきが変わったことに驚いていたが、今はそれについて言及しなかった。
「エジリの容態はどうだ?」
「依然変わらずです。回復魔術も試してみましたが……もう……」
「お前の術式でもか……」
「どれだけ言葉をかけても、反応はなにも……これではあんまりです」
「……エジリ」
ゲオルは顔を覗き込むも、彼女は荒い呼吸を繰り返すばかり。
弱り果てていく自分の身体と魂を繋ぎとめるので精いっぱいといった感じで、確かに呼吸ひとつするのにも……。
「……ティアリカが目の前にいるってのに。……謝りたかったんだろうがよ」
「……」
「ティアリカはな、自分のせいでお前を追い詰めたんじゃないかって、自分がお前を拒絶したからこうなったんじゃないかって悔やんでる。お前、このままコイツに重いもん持たせる気か?」
「ゲオル、もういいのです。やめてください……」
「……────ぁ」
ティアリカが悲痛そうな顔をした直後、エジリがしゃべった。
声帯を振るえさせ、肺に十分な空気を入れつつ、まともに動かない舌にムチ打って必死に声をしぼりだす。
「ティ……ぁ……り、か……さ……ま」
「エジリ? エジリッッ!? えぇ、そうです。私です! ティアリカです。ここにいます。見えますか?」
「……ご、め、ん、……な、……さ、い……」
「エジリ、ちがう……私が……私が……」
「ゲ、オル……」
「……なんだ?」
「い、ら……、……い」
痛む腕を動かして、人差し指で部屋の隅にある木箱をしめす。
彼女の武器や備品が入っているものなのだが。
「ざい、さん……ぜん、ぶ……。売れ、ば、足しに、な、る……」
「────なにを依頼するんだ?」
「……ゴホ……うぷ……てぃあ、りか、さま、を、……守って、くれ……」
「……おう、やってやるよ。俺は『何でも屋っぽいの』だからな。その依頼、確かに引き受けた」
「……────ぁぁ……」
その言葉を聞いたエジリの目からひと筋の涙。
彼女はティアリカに頭を撫でられながら、安らかなる眠りについた。
ここでティアリカの涙腺が決壊した。
今まで溜め込んできた感情が爆発したのだ。
出会い、別れ、再会、そしてまた別れ。
「……いい奴に慕われたなティアリカ」
「グス……えぇ。アナタと同じ、私の素敵な騎士様です」
「あぁ、立派なナイト、んで、いい女だ」
ティアリカは答えず、エジリの手を包み込むようにしながらずっと泣いていた。
「……ティアリカ、夕方になる前に俺は一度この街を離れる」
「どういう、ことです? もうすぐ嵐が来ると言うのに」
「だからこそだ。俺は"仕事"をしなきゃならねぇ……」
ゲオルはエジリの備品の中から銃を取り出して、懐にしまった。
「……仇を討つのでしたら、私も」
「お前には別の仕事がある」
「別の?」
「……まだ、エジリの傍にいてやれ。土葬か火葬かは知らねぇが、色々ゴミゴミすることもあるだろ。……アイツはお前のことが大好きだ。だからまだいてやってくれ」
ティアリカは黙ったまま、その場をあとにする彼の背中を見送った。
ほどなくして医師たちがゾロゾロとやってくる。
言われたとおり、彼らと話し合いをしながらことを進めていった。
戦いだけが仲間と寄り添う術ではない。
それを改めて理解したような気がしたから。
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