第20話 ようこそウォン・ルー探偵事務所へ
探偵事務所の中はゲオルの自宅に負けず劣らず散らかっていた。
これで客が来たいかと考えれば答えはノー。
酒の臭いとタバコの臭い、出店で買った食べ物の容器にこびりついたソースがそれぞれ混ざり合い、異臭を充満させていた。
「立派な内装だな。キッチン周りなんてまさにキュートだ。匠の技か?」
「嫌味なこと言うな。いつかやる」
「暇だったんなら掃除くらいしろよ……」
人のことはあまり言えないが……。
ゲオルはソファーに座るとすぐに若者が訪れてきた。
情報をいくつか仕入れてきたらしい。
あらかた聞いたものをゲオルはまとめていく。
「なるほど、昨年に4つの研究施設で盗みがあったと。壁を高温で焼かれたように切り取られていた形跡もあり、か。それからは一切なくなってる」
「これは魔術学院のだな。……ふん、不良やらいじめっ子やらってのはこういうところにもいるもんか。そういう連中が放課後や昼休みの間にボコボコにされたらしい。これも去年だ。これは今でもちょくちょくあるらしいぞ?」
「偶然か?」
「偶然じゃないだろ。きっと同一犯だ」
「あの下水道の奥のクソヤロウ……」
盗みの件はリッタルだ。
学院の件は、おそらく小遣い稼ぎ。
「子供を商売相手に報復屋か。確かにあそこのガキどもは金は持ってそうだからな」
「過激な元判事様ならやりかねないか……」
「じゃあなんで盗みを?」
「それは今俺が受け持ってる案件に繋がる。実験道具を使って人間を魔物にした奴がいたんだよ」
「……なるほどな」
「この際だ。会っておいたほうがいいかもな」
「会うって、誰に?」
「……俺の依頼人」
一緒に街へとおもむき公園へ。
とりあえず座って待つ、これがコンタクトの合図……になるはず。
ウォン・ルーには一度陰に潜んでもらった。
数分後ミスラはまた背後のベンチに座る。
「色々わかったぜ」
「よかった。こっちも色々情報を集められたから。まずはそっちから聞くわ」
「犯人はジョン・エドガー・ホプキンス。グリンデルワルト魔術学院の元教授にして元判事。犯行手段は仕掛け魔装の可能性がある」
「仕掛け魔装……アナタが持ってるっていう仕掛け大鎌と同種の武器ね」
「さすが情報が早い。9つの浮遊物を操ってる。赤い光線を撃ってきたり、魔力を宿して突っ込んできたりが今のところわかってる攻撃手段だ。しかもかなりの距離を動かせるからたまったもんじゃない」
「……やっぱりその仕掛け魔装が」
「知ってんのか?」
「魔装銘『グレンリヴェット』。背中に取り付けるタイプの魔装らしいわね。ひとつひとつが確か小型だったからそれを操って……」
「それだけじゃない。詳しい内部偵察だってできるだろう」
「く……やってくれるわね」
「そっちの情報を聞きたいんだが、その前にいいか?」
「なに?」
「ことがことだ。俺の協力者を紹介しておこうと思ってね」
「協力者ぁ?」
ミスラの怪訝な顔をよそに、その人物は近づく。
ウォン・ルーは彼女の美貌にほわ~としながら。
「初めましてお嬢さん。この街随一の探偵、ウォン・ルーと申します……」
「え、あ……へ?」
「つきましては今後とも────」
「……?」
ウォン・ルーの視線が、彼女の綺麗な谷間に集中したかと思えば一瞬にしてかたまった。
「おぉ~……」
「こ、このッ!」
バシンと一発。
あーあ、とゲオルの溜め息。
「コホン、お話よろしいですかお二方」
「は、はひい~……」
「よろしくどうぞ」
ふたりを地面に正座させベンチで足を組みながらふたりを見下ろすミスラ。
「現役時代のホプキンス氏の悪行の数々は知ってるでしょうけど、問題は追い出されたあとね。どうやら色んな伝手を使って暗黒街を生き抜いてたみたい」
「上層部がふれてほしくないレベルってのはそれか?」
「多分ね。でも敵の多い職業だったから、それだけじゃ食べていけなかったみたい。それに彼の目的は……自分の地位の奪還みたいだったから」
「地位の奪還? また教授とか判事になりたいって? 殺し屋やったほうが儲かるんじゃないのか?」
「彼はそうはいかなかったみたい。でも表立って行動するわけにはいかない。そこで彼が思いついたのが……」
「野心のある奴に協力して成果を出させてやることか。相当追い詰められてるな」
「リッタルってガキンチョの野心と出会ったのは最早運命ね。でもそれは失敗に終わったからアイツも次の対象を探しているはず」
「そうはさせるかよ。さんざんコケにしてくれたんだ。ボコボコにしてやらねぇと気が済まねえ」
「オレも弟分のことがある。アイツをブッ飛ばすまで止まる気はないぜ!」
「アナタたち……」
「ま、依頼人さんは普段と変わらず高みの見物してな。その間に終わらせてやっからよ」
ミスラとわかれ、今後の作戦を練る。
ひとりになりたいと言って、ゲオルはウォン・ルーと分かれた。
彼も仲間を募ってまた見張りをしたいようだ。
「さて、行きますか……」
軽くひと息の散歩がてら、ユリアスの家へと向かう。
もうじき夕方になるか、夕飯の準備をしている家がチラホラ。
(なんか、メシたかりに行ってるみたいでアレだな……)
罪悪感とうしろめたさを感じつつ、ユリアスの家のドアをノックする。
「ゲオルさんでしょ? 入っていいよ」
「あ、いや、ただ話がしたいだけなんだ。別に夕飯まで食おうだなんてそういう魂胆は……」
「この時間帯にくる地点で説得力ないよ」
「たはは、だろうな」
「でも残念。ボク今夜は知り合いの料理店へ行くから。手伝いを頼まれたんだ」
「あー、なるほど。……そりゃよかった」
「さぁ早く入って。こっちも準備とかもあるから」
「わかった。失礼するよ」
リビングへと入るとコーヒーを出してくれる。
引き立ての豆の薫りが気分を落ち着かせてくれた。
「研究地区の下水道のこと、だったね」
「ああ、害虫駆除の依頼だ。だが防御がまずい」
「……説明してくれるかな?」
ゲオルはユリアスを信頼し、これまでのことをかいつまんで説明した。
「そりゃ
「専門家の見解を聞きたい」
「あの下水道はほかの地区と比べて異様に入り組んでる。熟練の作業員でも迷う確率は高いらしいよ。その仕掛け魔装の力で迷わずに済んでるんだろうけど、そこまで奥に陣取るとは思えない」
「……隠れるのと迎撃するのにはいいが、いざ自分が表へ出るときにそれが足枷になる、か」
「そう。操るのは人間。しかもホプキンスはかなりの年配だったはず。奥まで行って帰るだけでも相当体力を消耗するはずだ。だから比較的近くにいる可能性が高い」
「あの入り口周辺のマンホールから……」
「賭けだね」
「なんでもやってやるさ。コケにされたまま引っ込んだらティアリカにドヤされる」
「ふふ、君らしいね。あ、これは知ってるかな?」
「なにが?」
「キャバレー・ミランダは明後日開店」
「え!」
「明日にはティアリカたちは帰ってくる」
「ちょ、マジか!?」
「頑張ってね~」
「あ、えっと……」
「ホラ、さっさと飲んじゃってよ。ボク出かけるんだから」
今夜が勝負か。
ウォン・ルーにも声をかけておかねばならない。
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