第19話 研究地区での調査で襲われた

「目ぼしい情報はなしか。もうほかの場所に移動したのか……?」


「それか、どこかに隠れてるかだ」


「隠れるか、アンタならどこに隠れる……?」


 ウォン・ルーはスゥッと視線を地面に落とす。


「下水道か……ありうるかもな」


「アイツらに行けそうな入り口を探らせる。だが侵入はオレたちの仕事だ」


「いいだろう」


 その人物の行方もそうだが一番気になるものがゲオルにはあった。

 奴が若者を殺すときに用いた妙な浮遊物。


 その正体に心当たりがあった。

 

「ウォン・ルー。アンタ、"仕掛け魔装"って知ってるか」


「それぐらい知ってるよ。武器に変な魔導機構を取り付けたっていうアレだろ?」


「恐らくホプキンスはそれを持ってる」  

 

「なんだと? ……そういやなんか撃ってきたって言ってやがったな。くそう、しゃらくせえ野郎だ。きっと仕掛け魔装だよりのヘナチョコの腰抜けに違いねぇ! アイツの仇……ボコボコにぶん殴ってやる!!」


(……だが、奴はなんで生徒に近付いたりしたんだ? 特にリッタルとは定期的に会ってたみたいな様子だったし……)


 鼻息荒いウォン・ルーを傍目に、ゲオルは思考の海に浸りながら思い返してみる。

 ティアリカがリッタルを追いかけたときに行った街外れの倉庫。

 そこには大量の実験道具があったとか。


「……ホプキンス探しもそうだが、ほかにも調べたほうがいいかも知れねえ」


「どういうことだ」


「この近辺でなにか事件がなかったかだ」


「なんのことかわからねぇが、必要なら手ぇ貸すぜ」


 今日のところはこれで解散。

 自宅へと戻り、ベッドでリラックスしながらひとビン開けた。


 窓から覗く夜の街は影を色濃く映し出し、けして底の底を見せることはない。

 悪党たちは腕っぷしの強さと鼻を利かせて、その中を蠢きながら息を潜めている。


 その中にはきっと、ホプキンスもいるのだ。

 この街にきて最初の事件の発端となったであろう、数々の悪の異名を飾る王が。



「明日も早いし寝るか」

 

 キャバレー・ミランダが開店するまでにはケリをつけたい。

 いや、ティアリカが帰ってくるまでだ。

 

「今度の相手は元教授兼元判事。相性悪いだろうしなぁ」


 かく言う自分も苦手な属性だと感じた。

 肩をすくめながらベッドの上で目を閉じる。


 目覚めたのは夜明け10分前くらいだった。

 朝日がうっすらと地平線の向こう側からのぞかせる。


 今日も晴れそうだ。

 顔を洗い、服を着替えてから外へと出る。


「さすがに人もまばらだな」


 早朝特有の空気に乗って、靴音が耳介に響くのを聞きながら公園へと向かう。

 ウォン・ルーが套路の稽古をしていた。

 大気と地面が震えるほどの迫力ある動きに、ゲオルもしばらく夢中になっていた。


「……ふぅ、お前はやらないのか」


「俺はそこそこにやってる」


「そこそこ? 拳が泣くぞ」


「その忠告は、ありがたくいただこう。気をつけるよ」


「それで、今日はどう動くんだ?」


「昨日言ったろ。あの付近で妙なこととか事件とかがなかったかだ。あと下水道」


「研究地区だな。直接聞いてもわからねえだろうしな。だが、情報が裏伝手に流れてくることもある。それを若い衆に集めさせてやる」


「なるほど。そいつは名案だ」


「オレたちはいつも通り、研究地区の調査だな」


「下水道に通じる入り口は見つかったか?」


「見つかったぞ。飛び切り怪しいのをな」


 研究地区の地図を見せてくれた。

 かなり古いもので、ところどころ雑草やら蔦やらが生い茂って、なにより臭い。

 研究地区の端っこのほうだ。


 早速ふたりで向かうことにする。


「うへえ~、入り口もあれなら中もあれだな」


「鼻がひん曲がりそうだ。ドブネズミが隠れるにゃあもってこいの場所だな」


「……階段降りたらすぐに分かれ道か。オレは右、お前は左ってことでいいか?」


「オーケー。迷子になるなよ」


 汚さと臭さに顔をしかめながら捜索は開始される。

 持ってきた電灯のほかには、薄明かりとわずかに反射する流水の照りだけが頼りの道のりにゲオルは目を凝らしながら進んでいった。

 

 口布から貫通して漂う臭いをどうしようかとふと考えていたとき、前方からなにかがやって来るのが見えた。


「なんだ……? 鳥、じゃないな……3つの尖った……おいヤベェ!」


 急いで元来た道を逆戻り。

 3つの浮遊物はゲオルを追いかけ回すように飛翔し、時折赤い光線を放ってくる。


「あれが弟分を殺したって光線か!」


 それだっけでなく魔力をまとったタックルまでしてくるようで、その威力はハンマーをぶん回したような豪快さだ。

 小さな機構で壁がごっそりと抉れとんだ。


(クソがッ!! 遠隔操作かなんかしてんのか……)


 仕掛け大鎌で対応してもよさそうなものだが、ここは地下であり狭さもある。

 派手な戦闘を得意とするゲオルがやらかせば、なにが起こるかわからない。

 奴もとんでもないホームグラウンドを手に入れたものだ。


「うぉぉおおおおい! 助けてくれぇぇぇえええッ!!」


「え、お前……なんで左から……ッ!!」

 

 青ざめた顔で走ってくるウォン・ルー。

 背後には6体のあの浮遊物。


「大馬鹿野郎!! こっちくんじゃねぇ!!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 ふたり揃って猛攻をかいくぐりながら出口へ向かう。

 なんとか頭脳をフルに活用し、入り組んだ迷路を走りまわって出口へと辿り着いた。


 そのころにはあの浮遊物も退いていた。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ……あれ一体なんだ?」


「侵入者を追い出すためのあれだろ。仕掛け魔装だ。奴はここにいる。だが今ので警戒されたな」


「アジトを変えるか?」


「人気がなくなったときに、姿を現すかもしれない……」


「ここを張っておくのもいいかもな」


「ほかの連中には別の入り口を張らせるか?」


「それがいい」


 それから交代で張り込みを続けるも、出てくる気配はなし。

 ウォン・ルーの仲間からの知らせもなかった。


「おいおい奴さん、まさかずっとあの中にいる気か? 正気じゃねぇ」


「クソヤロウだからな。正気なんざとっくに質屋にでも売ったんだろ」


「あの中なら安全だってか?」


「でもずっとはいられないはずだ……」


「まさかあの中にアジトとか持ってるとか?」


「……いや、ありうるぞ」


 暗躍するならそれだけの備えはあるか。 

 ここまでが限界かもしれない。


 もうすぐ昼時だ。

 一旦解散し、作戦を立て直す。


 昼食にありつこうとするも、どの店も異様な臭いのするふたりを拒んだ。


「あれ、ゲオルさん? うわ臭ッッッ!?」


「おうユリアス。買い物からの帰りか」


「ん、知り合いか?」


「俺が世話になってるキャバレーのコック」


「おぉ、オレはこの街随一の探偵、ウォン・ルーだ。よろしく!!」


 握手を求めるも苦笑いされ一歩退かれる。

 ウォン・ルーのことを知っている彼女としては最悪のタイミングだ。


「君たちさぁ、まずはオフロ入ったら? ボクと話がしたいっていうのならそのあとで付き合うからさ」


「……そうだな。そうしようぜ」


 時間を改め、各々身を清めてユリアスのところへやってくる。

 遅めの昼食を用意してくれた。

 

「うっほ、こりゃあ美味い。おかわりあるかい?」


「ないよ。図々しいなぁもう」


「悪いな俺たちの分まで」


「いいよ別に。……仕事は順調?」


「絶好調だ」


「ふ~ん。どうでもいいけど、食べたら帰ってね。仕事続けるんだろ?」


「なぁユリアス、少し聞きたい」


「なに?」


「研究地区にある下水道に忍び込むのに、良い手段ってあるかな?」


「……知らないよ」


「おいおい、コックになに聞いてんだ。ごっそさん、美味かったよ。久々に人間らしいメシが食えた」


「感謝してよ? 本当なら代金請求してもおかしくないんだからね」


「わかってるって! うし、行こうぜゲオル」


「あぁ……」


 出ていく前、ユリアスと一瞬のアイコンタクト。

 その後はウォン・ルーの事務所へとおもむくことになる。

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