第21話 vs.ジョン・エドガー・ホプキンス

 その日の夜、作戦は決行される。

 静まり返る研究地区のマンホール。


 耳を澄ませてあの浮遊物の駆動音がしないか。

 吹き抜ける風に乗ってわずかに聞こえるそれが小さくなっていく。


「通り過ぎた、か?」


「行くならすぐにしたほうがいいぞ」


「うし、開けるぞ!」


 選んだマンホールの下にある道をゲオルは覚えていた。

 魔装に追いかけ回されているときにも、下水道の構造の一部を把握していたから。


 ゆっくりと降りて、素早い身のこなしで駆け抜けていくふたり。

 入り口から入ったわけではないので警戒態勢ではないようだ。

 

「やっぱりガバガバだな」


「あとは運頼み。見つからねぇようにホプキンスを探すわけだが……」


「ならオレの出番だな。探索してる途中でよ。怪しい場所見つけたんだ」


「マジか……うし、じゃあ案内頼む」


 危ない場面はいくつかあれど、辿り着いたのは古い鉄扉。

 ここいらはかなり警備が厳重だったようで9つの浮遊物がこの鉄扉を守るように巡回していたらしい。


 ドアノブを回せば、吹き抜けるような軽い風がふたりの頬を撫でる。

 顔を見合わせつつも、ゆっくりと中へ入ると、壮観な景色が広がっていた。


 大空洞。

 アーチ状の天井を見上げれば、どこかの隔離施設かと思えるほどに。


 ここだけ空気が澄み渡って、居心地はいい。

 しかし視線を下ろせば、そこには奴がいた。


 黒ずくめの背の高い髭面の男。

 深々と被った帽子のツバの奥から覗く鋭い眼光がふたりを射抜いた。


「貴様ら……今朝の男たちだな」


「ほう、もう顔は割れてるか」


「やいテメェ! よくもオレの弟分を殺したな!」


「クズは死んで初めて世の役に立つ。喜べ、ワシがそいつを清めてやったのだ」


「言いやがったなぁ~……ッ!!」


「まぁ待て。……アンタがリッタルぼっちゃんをそそのかした。その理由は、自分が元の地位に返り咲くためだったか」


「ほう、そこまで掴んでいたか……この街は快楽と穢れに満ちている。本来行き渡るべき正しい教えが人心に届かず。最早この街には改革が必要だ。死んで当然のクズを滅却する。そのためには力がいる。かつて持っていた教育と法律の力を取り戻すッッッ!!」


「そのせいでリッタルぼっちゃんは狂った実験やったんだぜ?」


「ワシが調達してやったのよ。どうせ生きていても仕方のない連中だ。むしろワシが返り咲くためのいしずえになれたのだから死後は約束されたも同然。感謝してほしいくらいだがな」


「おうゲオルッ! こんなクソヤロウの話なんざ聞く必要はねぇ! ぶん殴ってその髭全部引き千切ってやるッ!!」


「だな。……俺も本気出そう」


 ウォン・ルーからすれば初めて見る代物。

 ゲオルは仕掛け大鎌を空間から取り出した。


「貴様も仕掛け魔装を! だがワシの『グレンリヴェット』には遠く及ぶまい」


 ホプキンスの指パッチンを合図に9つの魔装が集結した。

 彼を守るように浮遊し、ホプキンス自身もまた格闘術の構えをとる。


「何度でも立ち上がってみせる……ワシこそ、支配者にふさわしいッ!」


 グレンリヴェットを操り、いくつもの弾幕を張りながら肉薄してきた。

 ゲオルやウォン・ルーに劣らない体術と身のこなしでふたりを翻弄する。


「そうら!!」


「ぬうう! この、重みは……ッ!!」


「オタクの魔装……一発の威力出すにゃちょっとラグが多いな。鍔迫り合いだとこうして押し返されちまうんじゃあ」


 仕掛け大鎌の一撃を防ぐのに9つ全部使わなくてはならない。

 魔力をまとったタックルさえできればまだマシだろうが、そんな隙を与える気は毛頭ない。

 ゲオルがグレンリヴェットの相手をしている間に、ウォン・ルーがホプキンスに殴りにかかる。


「オレを忘れんじゃねえクソジジイ!!」


「ぬ、ぐっふ!!」


 技の練度でも負けてはいない。

 となれば物を言うのは膂力の差。


「こしゃくな!!」


 力で敵わないとみるや、三角飛びから長い脚を用いた連続蹴り。

 3次元的な動きをしつつ、ゲオルやウォン・ルーを相手に善戦する。


「光線で遠距離を取り、魔装1個1個のタックルで中距離、挙句にゃ体術で近距離も万全。コイツ無敵か!? おいゲオルどうにかしろよひとりだけ余裕ぶりやがって!」


「……魔術って使えないよな」


「生まれてこのかた体力だけが自慢でね」


「だろうな」


「……一気にけしかけるか?」


「そうだな。変に距離取られるとまた光線とタックルの雨だ。体術も並じゃない。……こういうガチガチ戦法するやつ嫌いだな」


「性格がにじみ出てるな」


「ふん。そろそろお遊びも終いにしようか」


(チャンバラもそろそろ限界か……勝負に出るしかない)


 ゲオルが仕掛け大鎌の柄をグッと握りしめたと同時に、グレンリヴェットの光線が放たれた。

 ふたりは避けなかった。


 それ以上の驚愕がふたりを固まらせる。

 何重にも張り巡らされた魔力障壁。


 魔力と魔力がぶつかり合う中で生じる輝きに照らされながら、『少女』は振り向く。


「遅くなってごめん。ここからは私も戦うわ」


「ミスラお前……」


「……嬢ちゃんがいるのなら、火の中水の中だ」


「さぁ行って!!」


 応ッ!と声を合わせゲオルを先頭に突き進む。

 大鎌の刃でグレンリヴェットの猛攻を弾き、その隙にウォン・ルーとミスラが肉薄し体術合戦。


 さすがのホプキンスも若者ふたりに圧倒され始めた。

 そればかりか勢いを強めたゲオルも参戦してきたため、グレンリヴェットでもさばききれない。


「こ、こしゃくなぁあああ!!」


 ここへ来てホプキンスの大技が炸裂。

 魔力をまとった浮遊物が彼を中心に円を描くように超速回転しながら魔力ストームを起こし、3人を吹っ飛ばす。


「ぐわはははははは! 見たか! これぞ正義の鉄槌。神がもたらした嵐!」


「向上心強いのはいいけど、ほどほどにな」


「なに!?」


 仕掛け大鎌で防ぎ切ったゲオルの回転斬りでまたしても追い込まれる。


「ホプキンス!」


「な!」


 振り返った直後に炸裂するミスラの三角飛びからのきりもみ中空、からの踵落とし。

 痛快な炸裂音を響かせ、体勢を崩しそうになったところをウォン・ルーが禽拿きんなの技で掴み倒れるのを防ぐ。


「ナイッスゥ!!」


「ぐばぁあああ!!」


 仕掛け大鎌の一閃がホプキンスの背中をグレンリヴェット本体ごと抉った。 

 熱がこもる血がダラダラと体外へと流れ落ち、やがて脱力し両膝をつく。


「……首、切っとくか?」


「お願い」


「あー……オレ向こう行っていい? グロテスクなのはちょっとアハハ」


「ま、ま、待って、くれぇえ……。ワシを殺すことが、いかに、損失を生む、かを……」


「ジョン・エドガー・ホプキンス。これは非公式かつ個人的な任務。アナタの死は誰の目にもとまらない」


「死んだら下水に流してやる」


「……まさか……そうか、小娘ぇ、ガバメント家に転がり込んだ……淫らで卑しい成り上がり……ふひひひ、その胸元で、どれだけの、男を惑わした?」


 その言葉に眉をひそめるばかりか怒りの色をにじませ始めるミスラ。

 次の侮辱をかけようとニタリと笑んだ矢先、ホプキンスの首は斬り裂かれ、ガボガボと苦しそうにしながら倒れた。


「……言わせておけばいいって言葉があるが、こういう手合いは速攻で口を封じたほうが賢明だ。こんな風にな」


「え。えぇ……その、ありが、とう」


「勉強になったろ。授業料は報酬に上乗せしてくれ」


 呆気にとられるミスラにニヒルな微笑みを見せながら背中をポンと叩いてやる。


「帰ろうぜ。ドブネズミの俺らはともかく、こんな辛気臭いところにいつまでもいるもんじゃねえ。……お前みたいな有望な女はよ」


「ぁ……」


 口笛を吹きつつ前を歩くゲオルの背中を見ながらミスラも続く。


 


「……お~い、終わったか~? なんで返事しないんだよぉ~。ってオイ! オレを置いていくんじゃないよ! 功労者だぞオレは!!」


 

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