第二章

第14話 こないだ捕まえたアイツが死んだ

 キャバレー・ミランダの臨時休業。

 数日間はまかないや報酬は期待できない。


 しかも繫忙期を過ぎて、だいぶ暇になった。

 そもそも、こんなトリッキーな仕事が常に忙しいわけがない。


「……街でも歩くか」


 安息とばかり自宅でゴロゴロしていたがそれすら滅入ってしまい、着替えを済ませてゲオルは出かける。

 

 だいぶこの街には慣れてきた。

 集合住宅を出てから東の曲がり角で待機している古い駅馬車なんかはもう見慣れた光景だ。


 御者は時間まで動かず、新聞を読んでいる。

 顔見知り、かもしれないが話したことはない。


 彼を横目にしながらゆっくりとした足取りで公園へと向かう。

 公園はまばらで、適当なベンチにもたれかかった。


「見上げりゃ青空、本日は快晴ナリってか。……仕事でも降ってこねぇなぁ」


 公園全体に視線を落とすと大人数人がタバコをくゆらせながら新聞の紙面にたむろしたいた。


(タバコか、最後に吸ったのいつだっけ?)


 記憶をたぐりよせようと、しばらくぼんやりとしていた。

 だがうしろからの声でそれは一気に消し飛ぶ。

 

「ゲオルさん、珍しいねこんなところで」


「ユリアスか」


「なにしてんの? 待ち合わせ?」


「い~や、最後にタバコ吸ったのいつだったかなぁって」


「はぁ?」


「変と思うだろうが事実だ」


「……誰かと待ち合わせしてるのかなって」


「職場のほかに待ち合わせができるほどの熱い関係ってのがなくてね。ティアリカに至ってはご友人たちとお楽しみバカンスだよったく。……あれ、お前は?」


「ボクは群れるの好きじゃないから……」


「お、俺と同じだな。どうだい。お互いぼっち同士軽くカフェでよぉ」


「……時間的にイイかもね。小腹が空いてたんだ」


 ふたりは近くのカフェに入り込むと適当な席に座った。

 コーヒーを飲みながら適当な軽食を済ませる。

 

 ユリアスは新聞を広げ、ゲオルは窓の外をみやった。

 気まずさは一切ない。

 お互いの静寂に無闇に踏み入らない暗黙のルールが、妙に心地よかった。


(コイツ、食べるときの仕草が妙に上品だったな。……暗殺者特有の仕込みか)


 それか料理人としての敬意とプライドゆえか。

 どちらにしても彼女はどこにでも入り込めるだろう。


「コーヒーおかわりは?」


「いや、俺はいい」


「そう、……すみません。コーヒーもう1杯」


 新聞を折り畳んで自分から切り出したユリアスは同じく窓の外を眺める。

 

「ゲオルさんって、よく人を見てるよね。観察力があるっていうか」


「俺をおだててなにを引き出そうってんだ? チャンスだな。今ならベラベラしゃべっちまうぜ」


「単純男……」


 ゲオルが密かにユリアスを見ていたことはとっくに見抜いていたようだ。


「……色々学んだのさ。どんな場所にも紛れ込み、いかなる状況でも殺せるように。歴史に地理、薬学、医学、言語、礼節、そして料理」


「完ッッッ璧超人じゃねぇか!」


「あと建築と芸術もね」


「……アンタ、なんでキャバレー・ミランダに?」


「さぁ、なんでだろうね。別にどこでもよかった。過去を忘れてそれなりに静かに生きようって。この街に来たときにたまたま目についたのがあのキャバレーだったんだ」


「なぁるほど。料理人ならそこまで表に出ることはないからな」


「ただし人手不足。腹が立つよ」

 

「悪いな。俺にできるのは皮切り皮むき皿洗いくらいなもんだ」


「別にいいよ。あ、因みにだけど……以前はティアリカも厨房に立ってたんだよ」


「……マジ?」


「キャバレーに来て数日くらいだったかな。人手不足の惨状を見て、自分も力になるって言ってさ。びっくりしちゃったよ。彼女確かに体力はあるけど、連日それやったら身体壊れちゃうよ。だからボクは必死になって止めたんだ」


「……どうやら返してねぇ借りがあったようだな」


「いいよ気にしないで。ティアリカが元気ならそれで」


「今日は俺の奢りだ」


「それは……いや、うん、ごちそうさま」


 カフェを出たころには正午を過ぎていた。

 爽やかなそよ風とともにユリアスは別方向へと歩く。


 変わったひと時だったな……。


 ユリアスの朗らかな表情がふとよぎる。

 職場だと時間と量に追われて冷徹そのものな顔なのだが、あれは初めてだ。


「やることなくなっちまったな」


 ニヒルに笑みながら目を細め、建ち並ぶ店舗を眺めながら歩みを進める。

 ふとタバコのことを思い出した。


「ここらへんにタバコ売ってるところねぇかな。久々に……」


 すでに踏み消されたタバコを拾って再度くゆらせる浮浪者を横目にゲオルは久々のタバコを手に入れた。

 銘柄は特に気にはしない。吸えればいい。


「あら、こんなところでなにをしているの?」


「喫煙。ガキはどっかいけ」


「また私をガキ扱い……」 


 ミスラは部下に指示を出して先に帰らせる。


「……ずいぶん悪人を逮捕したんだな」


「今日で4人。なんでかしらね」


「お前が近くにいるからって、俺はタバコやめねぇぞ」


「いいわよ別に。タバコ臭い場所なら慣れてる。あのキャバレーだってそうでしょ?」


「そういやそうだな」


「……今日仕事は?」


「生憎暇を持て余してるんだ。キャバレーも臨時休業」


「生活大丈夫なの?」


「なんとかやりくりすんのが庶民なの」


「大変ね」


「ご貴族様は庶民が安心してやりくりできるよう頑張ってくれよ」


「はいはい。……ねぇ、今時間あるのよね?」


「そうだな。絶賛暇」


「じゃあちょっと基地まで付き合って」


「デートスポット選びのセンス皆無かお前?」


「違うわよ。ホラ、こないだ捕らえたガキンチョいたでしょ」


「ガキンチョってお前とそう歳変わんないだろ……。あぁ、なんだ? いきなりマッチョにでもなって脱走でもしたか?」


「いいえ、死んだ」


「死んだ!?」


 あの事件のことは鮮明に覚えている。

 この街に来て最初の事件だ。


 容疑者の自称格闘の心得がある少年。

 メリケンサックと股関節の硬さが目立つキックが印象に残っている。


「……歩きながら話すわ。タバコ消して」


「歩きタバコ!」


 しかしミスラに歩きタバコ禁止の立て札を指差され、しぶしぶタバコを始末する。

 街の賑わいが遠のいていくにつれ荘厳な雰囲気と衛兵たちの規則正しい立ち並びに緊張感を覚えた。

 

 ミスラは慣れたように前を進み、彼らからの敬礼を受ける。

 

「これじゃ俺が連行されてるみたいだな」


「静かに」


 黒の古城を増改築し、分厚い城郭と防御回廊に守られた要塞。

 重苦しい扉は開かれ、軍人たちの世界へと引き込まれていく。


「ここが、あのガキンチョがいた牢屋。道中で話したとおり、死んだと言っても病死や自殺じゃない。明らかな他殺」

 

「……暗殺か?」


「かもね。上層部は獄中で病死したということで済ませるらしいわ。ずいぶんと手際のいい指示ね」


「……それで、俺にどうしてほしいんだ?」


「私と手を組んで」


「お前と?」


「えぇ、アナタと私で真実を探すの」


 彼女の瞳には見覚えがある。

 苦手な輝きだ。

 危険と災厄を呼びかねない安易な希望の……。


「上が隠したがるレベルだぞ?」


「……アイツは、確かに殺されてもしょうがない奴だった。でも捕まえた以上キチンと法で裁かれないといけない。でもそんな機会すら失われてしまった。……私の、いえ、私とアナタの手柄なのに!」


「ミスラ……」


「報酬は出すわ。お願い協力して」


 頭を下げようとするミスラを止めてゲオルは軽く溜め息をついて微笑んだ。


「とりあえず話聞かせろ。こちとら『何でも屋っぽいの』だ」


「!! ……えぇ!」


 


 

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