第15話 ユリアスに相談だ
一度基地を離れたふたりは石畳の道なりを並んで歩き、小さな公園へとおもむいた。
古いベンチくらいしかなく、ところどころ雑草が生い茂っており、人の出入りがほかと違って極端に少ない。
もはや打ち捨てられていると言っても過言ではないだろう。
「さて、ここならいいでしょう。……あのガキンチョが死んだのは今から6日前。死因は頭部をハンマーのような重量あるもので……」
「あっは~……ガツンってわけね」
「そ。抵抗や助けを求める隙も与えずに一撃で」
「とんでもねぇな。見張りはなにしてた」
「丁度交代の時間帯でね。その間の空白を狙われた」
「ずいぶんとタイミングがいいな。となると、軍関係者か?」
「全員洗ったけど、真っ白よ」
「ふ~ん、となると第三者の線と……あ、そうだ。お前、ニグレドって知ってるか?」
「あの伝承喰らいの? 確かにこの大陸ではわりと有名だけど……ニグレドがやったって言いたいの?」
「ダンサー・イン・ザ・レインのことは知ってるだろ? なんかこう、そういうのでないか?」
「ん~、そういう線もなくはないだろうけど……」
「……まぁ範囲が広すぎだわな」
「ニグレドは各地の伝承を概念的に取り込み、悪性新生物として顕現するいわばウイルスのようなもの。そういう奴らは本能にしたがって動くから……」
「わざわざ誰にも見つからず牢屋まで忍び込んで殺人っていうテマはしないってことか。となれば第三者だな。被害者もいるし怨恨の線もある。あのガキにはどうしても死んでほしかった。だから殺した。直接殺したのか、それとも暗殺者を雇って殺させたのか、か」
「これまでの話でなにかわかったことある?」
「……さっぱりわからん」
にこやかに返答したところで話は一旦終了となる。
「こういうのは自分の足使って調べるのが一番だ。なにかわかったら連絡よこす……ところだが、連絡手段はどうする?」
「私がなんとかする」
「そっかぁ、いや、俺も考えよう。まぁ今から調査してみるわ。報酬期待してるぜ?」
「えぇ、また弾んであげる」
貰えた仕事の危険度と難易度、報酬への期待感に舌なめずりしながらここらへんで怪しい人物を見なかったかを聞いて回る。
だが6日前のことだ。
誰も覚えてないだろうし、なによりこれだけの人口の街だ。
(こりゃ折れる骨がなくなっちまいそうだな……情報収集つったって、基地でなにが起こったかどうだかなんてわかるわけねぇもんなぁ)
誰も彼もが基地付近で怪しい人物を見なかったと言う。
街の中でなら質の悪いチンピラや強盗などは見かけたというが……。
「はぁ~どうするかね。……暗殺、かぁ」
ユリアスの顔が思い浮かぶ。
餅は餅屋、専門家に聞くのがよい。
目的変更。
ユリアスはどこにいるかの聞き込みを開始したら、思ったほどに上手くいく。
彼女は人望があるらしく、なにより同性からの人気が高い。
訪れた場所は、これまで来たことのある住宅区よりも色々と整備されている。
道の脇に並ぶ街路樹沿いに歩きながら、ユリアスの家がある方向へ向かった。
「ここか……おーい、いるか? ……もしもーし」
ノックを2.3度、そのあとドアノブガチャガチャ。
「そういうのやめてくれる? ドアノブが痛むから」
「うお!? いつからそこに……」
「あれ、ずっと君のうしろ歩いていたんだけど……ふーん、気付いてなかったんだ」
「さすが専門家。入れてくれねぇか? 話がある」
「……ふ~ん、手ぶらでねぇ」
「……菓子折り買ってくる」
「あはは、冗談だよ。君には大変世話になってるからね。さぁどうぞ」
鍵を開けた先の内部は外と変わらない清涼感が漂っていた。
キッチン周りには汚れひとつなく、本やビンなどはキッチリと並べられている。
ひと言で言えば……
「俺の家とは大違い」
「想像に難くないね。まぁ座りなよ。ワインでもどう?」
「いや、実は今仕事中でね」
「君に仕事? よかったじゃないか。……でも、ボクを探してたのはなんで? ずいぶん人に聞きまわってたみたいだけど」
「それすらもお見通しかい」
「情報網って言うのは、色んな人間が色んなところに張り巡らせてるものさ」
「おみそれいたしました……」
「それで、ボクに用事なんだろう?」
「あぁ、一度、まぁちょっとした無神経な好奇心で聞いちまうんだが、アンタはずっとこの街で料理人を? もう、殺しとかは……」
「……あぁ、つまりこう言いたいわけか。ユリアスは元暗殺者とは言っているが本当に現役を退いているのかって。なぜそれを今になって聞くのかは知らないけど、少なくともその質問の仕方じゃボクじゃなくても速攻ではぐらかされるよ?」
「……だろうな」
「ふふふ、当たり前だよ。自分の裏の仕事をいとも簡単に明かすわけがない。ボクの場合はあの場でふたりきりで見破られる形にはなったけど、ティアリカのことで君を信頼してるからね。……もう誰も殺してない。これはまぎれもない真実だよ」
「なるほど、野暮な質問だったな。うし、じゃあ今度は専門家として聞きたい。軍基地の牢屋に囚われてる囚人を殺すことは可能か? ただし殺しの方法は強い力で頭をぶっ潰すこの一択!」
「……は?」
まあ当然の反応である。
しかし親切にもユリアスは考えてみてくれた。
足を組み、指を顎に当てて目を閉じる。
「……細かいこと言うけどさ、暗殺って難しいんだよ」
「そりゃわかってるよ」
「わかってるのならありがたい。実際下準備がすごいんだから。潜入先の間取りを頭に叩き込む作業、さらにはどういうセキュリティー対策を組んでるか。見張りの配置にシフト、人の出入りの頻度に道具の選定、対象の人物がどの時間帯にどの場所にいるかそのルーティーン、エトセトラエトセトラ。わかる? それだけ入念にやっても当日成功するかの確率は理不尽に変動する」
「気が遠くなるねぇ」
「……暗殺業なんてそんなもんさ。地味・オブ・地味。さらにスムーズに仕事を片付けたい場合は、手引きしてくれる内通者の存在が望ましい」
「生々しいな……」
「で、君の質問に答えるとだ。軍基地相手に忍び込むのは並大抵じゃない。もしも忍び込むって言うのなら手引きがいる。仮に牢屋までうまく辿り着いたとしても……問題はそこからだよ」
「誰にも気付かれずに、頭をグシャー。スイカ割りみてぇにな」
「牢屋だからなあ。逃げれはしないけど騒ぎはするだろうし、動き回れないわけじゃない……。それすらさせずにわざわざ頭をでしょ?」
「これが謎なところだ。『誰が』、『どうやって』、肝心な部分が抜けてる状態だ」
「これからどうする気?」
「また地道に動くさ。それしかねぇ」
「探偵みたいだね」
「転職しようかな」
「やめてよ。"アイツ"みたいなのが増えたらたまったもんじゃない」
「……アイツ?」
「出会えばわかるよ」
「……ま、いっか。ありがとよ。何度も付き合わせちまって」
「いいさ、ボクも暇だったからね。あ、そうだ」
「ん?」
「今夜あたりご飯でもどう? どうせひとりでなにか適当に済ませるつもりでしょ?」
「飯? いやいや、俺は……」
「別にレストランとかそういうんじゃない。ここでさ。ワインも出そう」
「え!? アンタの飯食えるのか!?」
「腕を鈍らせるのはマズい。最高のおもてなしをさせてもらうよ。仕事頑張って」
「こりゃ幸先がいい」
先ほどよりも朗らかにゲオルは街中へと進んでいった。
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