第13話 雨に踊れば

 うしろからあの少女の声が聞こえた。

 振り向きこそしなかったが、ゲオルはその言葉を信じて目の前の怪人に注意を向ける。


 グチャグチャと衣装の中から奇妙な音を立った。

 液体のような、生肉のような。


 ティアリカも顔をしかめながら構えた。

 そしてゲオルもまた、目を少し見開きながらも冷や汗を頬に伝わせる。


 どす黒い液体じみた輪郭の腕が数本。

 その手には柄のない禍々しい刀身が握られていた。


 いや、刀身というにはあまりにも闇色過ぎる。

 魔力からなのか、それとも……。


「これが奴の正体。……『ニグレド』と言われる暗黒生命体サ」


 少女はリヒトの隣まで歩いてくると、自らの武器を携える。

 それが『傘』とわかったときは、思わずゲオルとティアリカも二度見した。


「これ、帰してネ」


「ニグレド? なんだそいつは……生命体だと?」


「別名『伝承喰らい』。怪人ダンサー・イン・ザ・レインの伝承を喰って力を得た」


「突拍子もねぇ話だな。だがいいだろう! 黒く染まった伝承を終わらせてやる」


「私も協力スル。だから……」


「では、心してかかりましょう!」


 ふたりの先頭に立つようティアリカが前へ出る。

 彼女が出ることによって、ダンサー・イン・ザ・レインの表情が心なしか険しくなった。


「この私の首、見事討ち取ってごらんなさい!! アナタにその覚悟があるならば!」


 凛としたティアリカに、これまでにないくらいの速度で肉薄し斬りかかる。


(さっきと動きが全く違う!)


 ティアリカのバックステップと同時に、ゲオルが前に出る。

 大鎌を振り回し、ダンサー・イン・ザ・レインに斬りかかった。 


 無数とも言える凶刃といえど、ゲオルは後れを取らない。

 さらにティアリカのアシストは効果テキメンだ。


「火力を上げます!」


「バフ上げサンキュー!!」


「アナタたちだけじゃないよ。援護スル」


 少女は前に出た。

 怪人の触手じみた腕を伸ばし、切っ先を突き出す。


 ゲオルは対応におわれて間に合わなかったが心配はいらないようだった。

 傘を開くと迫りくる刃をいとも簡単に弾き返す。


 傘に魔力でも張り巡らされているのか、傘に傷ひとつつけることすら叶わない。

 あらゆる干渉から身を守る防御、そして────。


「何本かアイツにまわしてくれたお陰で、隙を見つけ出すことができたぜ。お前のマヌケに感謝だな」


「おや、それを言うなら殺人鬼に立ち向かう私の勇気に感謝してほしいナ」


 大鎌と傘による、すれ違いざまに十字斬り。

 黒ずんだ血飛沫、そして下卑た断末魔。

 

 ボトボトと肉体たる闇が消えていく最中、ティアリカに手を伸ばす。

 憎々しい視線を向けながら、「せめてお前だけでも」と言いたげに両腕で這いずり寄るも、とうとう力尽き、最終的には衣服のみが残った。


「ふぅ、被害はひとり……だが死人はいない」


「危なかった、ですね。けして弱い相手ではなかったから……」


「……ナイスアシスト、助かった」


「アナタもありがとうございま……あれ?」


 少女は衣装とともに消えていた。

 

「あんのやろ……俺の傘を」


「アナタの傘ではないでしょう。もとに戻ったんですから」


「……もうちょっと持ってたかったかな」


 事件は終息。

 あんな化け物が街で好き放題すれば、被害は以前の少年のときより遥かに勝るだろう。

 人知れずして街を守った。

 この事実を今だけは噛みしめよう。


 絶望の夜は開けて、新たな1日を迎えるのだから。

 

 次の日からいつもどおりの日常が始まった。

 ゲオルはキャバレー・ミランダを中心にホウホウを駆け回り、ティアリカは客の相手で大忙し。


 だが依然として大雨の日々が続く。

 そろそろ鬱陶しくなってきたときだった。


「なんだよ。あのバケモン倒してはい終わりじゃねえのか?」


「まだなにかあるのでしょうか?」


 仕事終わりの夜道。

 ふたり並んで歩いているときにまさに不可解なことが起きる。


  ────


 空間に固定されたように、雨粒が宙で止まって落下しない。

 そればかりか周囲の動きまで止まってしまっている。

 

 雨垂れに濡れるネオンの輝きも誤って零したビールもすべてだ。


「なんだこれは。時間が止まってる……全部だ」


「ゲオル、あれを!」


 ティアリカの指差す方向に"それ"はいた。

 鳥籠のような帽子からのぞくピンク色の髪に微笑みを絶やさない艶やかな肌。

 漆黒のマントにも似たコートをまとって手には傘を持ち、陽気に口笛を吹きながら歩いてくる。


 それはあの少女だった。


「やっぱりお前が……」


「本当に、ダンサー・イン・ザ・レイン?」


「ありがとう。君たちに改めてお礼をしに来たんだ。本来の姿を取り戻せた」


「お礼って、どうする気だ?」


「────見てて」


 傘を天高く掲げる。

 次の瞬間、また時間が元通りに動き始め、土砂降りの景色になった。


 しかしその数秒後、雨が弱まっていくとともに光が降り注いでいく。

 暗雲は瞬く間に立ち退き、満天の星空と月が顔をのぞかせた。


 その輝きに住人のみならず、リヒトとヴィナシスもまた驚愕と歓喜に表情を明るくさせる。


「すごいじゃないか! これはお前が……────あれ?」


 先ほどまでいた彼女の姿はもうなかった。

 雨とともに現れ、雨とともにいずかたへか去る。


 ふと、小鳥たちのさえずり声が、頭の中で彼女の口笛とかぶった。

 ほんのちょっぴりの間だったが、この奇妙な出会いに感謝の念を持たざるを得ない。


「行っちまったか。……ん、なんだこれ。これは……手紙か?」


 便箋(びんせん)を開けてみるとギョッとする。

 

『また会おうね私のヒーロー。大好き』


 文章の最後に打つピリオドの代わりに、薄いピンクのキスマークが添えてあった。

 伝説的な存在からのラブレターめいたものを貰って戸惑うゲオル。


「やれやれまいったな。大先輩からファンレター貰っちまった」


「ふふ、文通でもしますか?」


「冗談。性に合わねぇ。ま、良い宝物だな」


「えぇ、本当に」


 ふたりは優しい星月夜を見上げる。

 惨劇の血の雨の予兆を防ぎ、満天の星空のもと、人々は安らかな眠りにつくことができるのだ。


 たとえまた雨が降ったとしても────。



「~、~~♪」 


 夜になれば、雨に混じって口笛と軽快な靴のタップ音が綺麗に響いて、見る者に幸福を授けるだろう。

 


 ただ彼女は、人々に与えたい。

 たとえこれから先、永遠に恐れられるかもしれないとしても。


 ────ダンサー・イン・ザ・レインは雨の中で踊りたい。

 ────誰かの幸せを心から願っている、そういう存在だから。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る