第12話 張り込みしながら殺人鬼を待つ

 夜の街、雨こそないが湿り気と怪しい陰りが街に横たわっていた。

 殺人が起きる夜には、うってつけかもしれない。


 ティアリカとゲオルはキャバレー・ミランダの屋上から、そんな街の様子を俯瞰していた。


「嫌な予感しかしねぇな」


「こんなに胸がざわつくのは久しぶりかもしれません……」


「しっかし、これじゃ衛兵の張り込みだな。暇で仕方ねぇ」


「あんパン……」


「俺はジャムパン派」


 お互いそんな軽口を利きながら待つこと4時間。

 ティアリカは無口になり、ゲオルはパイプ椅子を持ち出して座り込む。


 暗雲と宵闇が深くなり、生温い風が緩やかに頬を撫でたときだった。


 キャァァァアアアアアアッ!!


 この悲鳴でふたりの意識が一気に戦闘モードへ覚醒した。


「南のほうだ!!」


「はいッ!!」


 屋上から飛び降りなにごともなかったかのように爆走していく。

 ふたりの速度は凄まじく、現場につくまでそう時間はかからなかった。


「テメェ!!」


「な、なんてこと……!!」


 凄惨な現場。

 建物の壁に寄りかかるように血を流す女性。


 その傍らに『奴』はいた。


 血濡れた鳥籠のような帽子と布で顔を隠し、漆黒のマントにも似たコートの周りには仄暗い霧状のモヤがかかっている。


 とてもマトモな人間ではない。

 幸福の怪人は殺人鬼へと成り果てていた。


「よぉイカレ野郎。殺し足りねぇだろ……? 俺が相手になってやるよ」


 怒りを滲ませた笑みと眼光を向けながらゲオルは一気に距離を詰めた。

 ダンサー・イン・ザ・レインは格闘には慣れていないのか、もろに拳や蹴りを受けている。


「ヴヴヴ……」


「待て逃げんな!!」


「ゲオル!」


「お前は衛兵呼べ! あとできるのなら蘇生も!!」


「わかりました!」


 ゲオルはダンサー・イン・ザ・レインを追う。

 お互い超人染みた速さで広い大通りや入り組んだ裏路地を疾駆していた。


「なぁに逃げてんだオラァ!!」


 仕掛け大鎌を取り出し、すかさず斬りかかる。

 狭い通路ゆえ、刃部分が擦れることで火花と甲高い音が鳴り響いた。


 これには超常的な存在とて、自らに舞い降りる死神を感じとる。

 危機一髪といったところで天高く飛び上がり屋根や屋上を移動しながら夜闇へと消えていった。


「……逃げ足の速い野郎だ」


「ゲオル!」


「ティアリカ。おい、被害者はどうなった?」


「なんとか一命は。今は衛兵の医療班の方々に引き継いでいます」


「ふぃ~。間一髪ってところか」


「……ダンサー・イン・ザ・レインは?」


「逃げ足だけなら俺より上だな。戦いには慣れてないって感じだ」


「これからどうするのです?」


「言わなくてもわかるだろ」


「でも、どこに潜んでいるのか……」


「それを知るための、あの傘」


「傘?」


「そ、いい考えがある」


 次の日に実行したのは……。


「棒占いならぬ、傘占い。ホラ、倒れた方向に進むってやつ」


「仕事戻っていいですか?」


「まぁ待て。これは幸運の傘だぜ? 今の俺はラッキーガイ。そんでお前は?」


「ただの従業員バニーガールです。……けど」


 店の外で作戦を練るふたり。

 ティアリカがチラリと店のほうを見ると支配人が親指を立ててニッコリしていた。


「行ってこいってよ酒の聖女様」


「せめて着替えさせてくれませんか!?」


「いいじゃないの~久々にその格好で戦うの見たくなった」


「目の保養とおっしゃりたいんでしょうけど、場所と状況選んでくれませんかね?」


「……お前がその格好で一緒に来てくれたら、俺もっと頑張っちゃう」


「調子いいんだから」 


 傘の倒れた方向へ。

 進んでは倒していくうちに、人通りは少なくなっていく。


 バカみたいなやり方の癖に、邪悪な気配は色濃くなっていった。


「もしかして近くに? ずっと見張っているのでは……」


「いや、恐らくまだだ。奴も気配は感じてる」


「あの殺人鬼をおびき出しましょう」


「どうやって?」


「幸い私の顔はわれていません。私が囮になりましょう」


「……そのカッコで来るんじゃなかったな」


「襲いやすそうだから? それとも場違いだから?」


「……全力で守る。で、方法はどうする?」


「歌でも歌いましょう」 


「歌ァ!? ここでか!?」


「これでも評判いいんですよ?」


「いやそう言うことじゃなくて……」


「煮え切りませんね。この格好ならもっと頑張ってくれると言ってくださったのはどこのどちらです? そもそもですね」


「あーいやわかった。それでいこう」


 こんな場所と状況でなければ、もっと喜べただろう。

 かつての旅の中でも鼻歌は聴いたことはあるが、ここまで美しい歌声は聴いたことがない。


 どんな暗闇にも負けない澄み渡る声調。

 かつてこの声で、聖女としてすべての希望を謳ったかもしれない。


 懐かしい気持ちになっていると、気配が濃くなったのをいち早く感じ取った。

 ちょうどゲオルが隠れているほうの向かい側。


(へっ、飛び掛かろうとしてやがるな? ん、武器が変わったな。……なるほど本腰入れるってやつだな)


 ダンサー・イン・ザ・レインの武器は自身の身長ほどある棍。

 鋼鉄のそれを振り回しながら一気にジェット気流気味に跳躍。


 それに合わせてゲオルも仕掛け大鎌を振るいながら躍り出る。


「そぉおら!!」


「……ッ!」


 刃の煌めきが暗闇を照らす。

 血に飢えた怪人を貫くように振り回した。


 敵は本能的に察したのか、棍で受け流したりすることなくしっかりと躱してゲオルに肉薄してくる。

 頭上で高速回転させながら振り回す連続攻撃に、ゲオルの神経も研ぎ澄まされていった。


「ゲオル、加勢します!」


「おう、一緒にぶっ潰すぞ!!」


 ふたりがかりで囲み、右からも左からも攻撃をあびせていく。

 息もつかせぬ勢いにのまれ、防戦一方になるダンサー・イン・ザ・レイン。

 

「アナタを放置しておけばさらに被害が増えるでしょう。我が力で浄化します!」


 ティアリカの聖属性の魔術によって顕現した大槍がダンサー・イン・ザ・レインを貫いた。

 断末魔は上げないが、隙間から覗く瞳には驚愕と憎悪がひしひしと伝わる。


「観念しろ。もうお前に明日は来ない。血の雨が降ることはけしてない」


 ダンサー・イン・ザ・レインは棍を手放し虚しい金属音が響かせる。

 だらりと降ろした手を見ながらワナワナと震えていた。


 そしてゲオルを、続いてティアリカを憎たらしそうに睨みつける。


 


 

「気をつけテ! ソイツはまだ諦めてナイ!!」

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