第11話 ダンサー・イン・ザ・レイン

 どこまで調べてもただの傘。

 だがこの日からゲオルは良いこと続きだった。


「あれ? 今日もその傘持って歩いてるんスか?」


「ん、ああ」


「落し物でしたっけ? この店にそんな可愛い系の持って来る客いないッスよ?」


「わかってるよンなこと。でもよ、これ持ってからなぁんか調子狂うんだよなぁ」


「えぇ? もしかして呪いのアイテムとか?」


「欲しいか?」


「いいい、いらないいらない! もう俺仕事行きますから!」


 職場に持って来るのもなんだとは思ったが、気になって仕方がない。

 拾った直後にキャバレー・ミランダ以外の仕事でガッポリ稼げる日々が続くなんてのはあまりにできすぎている。


(情報が少ないな。幸運をもたらす傘だなんてよぉ。……ティアリカに見てもらうのもいいかもしれねぇな)


 休憩中で屋上にいるティアリカのほうへ行く。

 

「よう、休憩中悪いね」


「ゲオル? 場を離れていいのですか?」


「時間はかけねぇよ。ブラザーズにも声かけたし」


 散々降り続いていたが今は小雨へと変わる。

 簡易式の屋根から雨垂れが滴り落ち、ピチョピチョと音を鳴らす中、彼女は神経を集中させていた。


「この、傘ですか……」


「なにかわかるか?」


「アナタはなにも感じないのです?」


「最近運がいいなってくらいかな」


「もうゲオルったら。……噂に聞いたことがあるんです。『怪人ダンサー・イン・ザ・レイン』のね」


「やけにポップな名前の噂だな。踊りたくなるね」


「この街に古くから伝わる都市伝説で、夜の雨の中どこからともなく現れて、見た者に幸運を与えるとされる縁起の良い存在なのです」


「ほーん、で、ソイツの傘だっていいたいのか?」


「確証はありませんが、この傘には強い想念のようなものを感じます。人間とは思えないほどの」

  

「……お前がそういうのなら、信じるよ。だが、なんでそれが?」


「アナタの住まいの付近の方々にお心当たりは?」


「すでに確かめた。誰もそんな傘知らねぇってよ」


「アナタはこれをどうする気なんです?」


「持ち主探して、なんであそこに置いたのか聞く。適当に置いたにしてはちょいち引っかかるからな」


「まるでアナタに拾われることを望んでいたかのように……」


「だな。でもいらね」


「どうして?」


「……タダより高いものはない」


「堅実ですね。では私も協力しましょう」


「そう言ってくれると思ってたよ。元聖女の感覚が物を言う……ん? おい、なんだその手は?」


「手間賃をいただきます」


「はぁ!?」


「あら? 私なくして探せますか?」


「……売れっ子バニーガールが貧乏人にたかるのか?」


「でも今はとても稼いでいらっしゃるんでしょう?」


「……ホンット言うようになったねぇ。わかった。この件が終わってからでいいだろ?」


「踏み倒しはご法度ですよ」


「信頼は裏切らない。これ俺のモットー。昔からそうだったろ?」


「……」


「おい黙んな」


 後日、ふたりは時間を見つけては捜索にあたった。

 元聖女としての超常的な感覚でゲオルでは探れなかった概念的なものを言語化し、新しい手がかりを手に入れていく。


「おい、マジでこれ……ダンサー・イン・ザ・レインのなのか」


「間違いありません。かの存在は2週間前にこの通りにいました。当日は雨。その傘を持って踊っていたのです。人通りは少ないので、目撃証言はなさそうですが……」


「あぁ、誰もそんな存在を見ちゃいない。でも、なんで傘を……?」


「それが、急にノイズがかかったようになって……。でも突然苦しみだしたのはわかります」


「肝心なことはお預けか」


 ダンサー・イン・ザ・レインになにがあったのか。

 考察するふたりに水を差すかのように、また雨が降ってきた。


 駆けつけ一番雨宿り。

 だが雨足は強まるばかりだ。


「おい、ここバーらしいぞ。中に入ろう」


 ドアを開けると、小さな間取りと薄暗い雰囲気の中で紳士然とした店主がグラスを吹きながら出迎えてくれる。


「ひどい雨降りですねぇ」


「まったくだ」


「すみません。突然押しかけてしまって」


「かまいません。さ、どうぞおかけに」


「安いのでいい。一杯頼むよ」


「……」


「ツケの心配ならしなくていい。俺は酒に敬意を払える男だ」


 ふたりともマスターから視線を外していた。


 ゲオルが顔を下に向けながら手で顔を拭っていると、コトリとカウンターの小気味よい音とグラスと氷の音がする。


 しかし目の前に出されたのは水だった。


「……サービスが下手なのか、ジョークが下手なのか、悩むところだな」


「どちらでもないサ」


「なにっ!?」


「え?」


 顔を上げるとマスターの姿はない。

 その代わりにピンク色のショートヘアーの少女が目の前に立っていた。


「飲まないの?」


「……手品もサービスか?」


「先ほどのマスターはどこに?」


「安心しテ。ベッドでちょっと眠ってもらってるだけダカラ」


 警戒するふたりにケラケラ笑う少女。

 敵意も殺意も一切感じず、変幻自在、神出鬼没が少女の形をしているかのようでつかみどころがない。


「私知ってるヨ。最近ダンサー・イン・ザ・レインを嗅ぎ回ってる人たちだよネ?」


「有名人らしいからな。気になるんだ」


「アナタはなにか知っているんですか? もしも知ってることがあれば……」


「ダンサー・イン・ザ・レインはまた人殺しをスル」


「……なんだって?」


「今のアイツは血に飢えた怪物。恐らく今夜あたり……。私じゃ止められなかっタ。だから、止めてほしい」


「ちょっと待ってください! なぜアナタにそれがわかるのです!」


「お前まさか……あ!」


 気づいたときには少女はいなくなっていた。

 残された水ふたつが灯りによって切なく煌めいている。


「ゲオル、あの少女は……」


「……今夜ダンサー・イン・ザ・レインは人を殺すってよ。ここまできてガセネタってことは恐らくない」


「じゃあ……」


「俺は今夜街を見張る。お前は?」


「私も同行します。前の事件のこともありますので」


「じゃあ、真相を確かめなきゃな。傘を返すのはそのあとだ」


 いつの間にか雨は上がっていた。

 ふたりは店をあとにし、夜に備えた。

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