第10話 おえらいちゃんのお偉いさん
あれから3日、キャバレー・ミランダの仕事以外にもぼつぼつ仕事が回ってきたころ。
「……お出迎えなら、女がよかったよ」
集合住宅の自室のドアを開けると黒づくめの男たちがズラリ。
「ゲオル・リヒターさん。仕事場までお送りします」
「引率の先生はいらないよ。はじめてのおつかいじゃねえからな」
「いえ、護衛です」
「それこそいらねえ! なにが悲しくて見ず知らずのおっさんどもと一緒に行かなきゃいけねぇんだよ」
「おい貴様!」
「やめろ。……失礼、申し遅れました。我々は国家機密魔導官の者です。我々のボスがアナタに会って礼がしたいと」
「アポもなしに、しかも職場にまで押しかけてくるたぁ。……なぁんか既視感あるな。いいよ、行こうかい」
ゾロゾロとやってきたことで、オープン前とは言え従業員たちで店は騒然。
ゲオルは苦い笑いをしながら応接室まで足を運ぶ。
「どうも支配人。お騒がせしたね」
「一体これはどういうことなのかなゲオル君?」
「俺にもさっぱり」
「いや、いいんだ。突然押しかけてきたのは私のほうだからね」
「黒いコートの美老年。なるほど、ひと目でお偉いさんってわかるよ」
「若者にはまだまだ負けないつもりだが、そう褒められると照れるよ。……すまない支配人、勝手を重ねるようで悪いが、ふたりにしてくれるかな」
「わかりました。ゲオル君、くれぐれも粗相のないようにねッ!」
「了解」
応接室にはゲオルとボスらしき男のふたり。
出勤直後にこの空気、とてもではないがリラックスはできそうにない。
「……俺に礼が言いたいって? 俺がなにをやらかしたのか話しちゃくれませんか?」
「そう訝しむ必要はない。本当に感謝の念を伝えにきただけだよ」
「感謝ねぇ。おかしいな。オタクみたいなのに優しくした覚えが……」
「ミスラのことは知っているね」
「あ~……ご親族?」
「私の名はコルト。コルト・ガバメントだ」
「やっぱりガバメント家か。今後は事前にアポを取るってのを家訓にいれといてほしいもんだ」
「それはすまなかった。……ミスラは正確には養子として迎え入れた娘でね。だが、ふふふ、お爺様だよ。まぁ歳も歳だしな。別に気にはしていない」
「……アンタがここへ来たってことは、なるほど、ミスラが俺に依頼したこと知ってるってことで?」
コルトはうなずく。
自分の力だけでなんとかしようとする彼女が、見ず知らずの他人を頼るという行動を取ったのがコルトにとっては意外だった。
「見守ってたわけね」
「あぁ、あの娘がそういうことをするだなんて思いもよらなかった。……そう決断させたのは、恐らく君に出会ったからだ」
「出会いから始まる変化? 少なくとも殴りにかかられたくらいしか覚えがないな」
「血気盛んなおてんば娘だ。許してほしい」
「乱暴な女の関わりは、今に始まったことじゃねぇ」
「フッ……さぁ、これは報酬だ。受け取ってくれ」
「……一応聞くが、それはあの娘の金か?」
「無粋なマネはせんよ」
「……そうか。確かに報酬の額だ。ありがたくちょうだいいたしますっと」
ゲオルは報酬を受け取るとソファーから立ち上がる。
「今から仕事なのに悪かったね。なんなら私から支配人に話して……」
「オタクは国からお金出るだろうけどさ。俺はそうじゃないんだ。死ぬもの狂いで稼がなきゃいけないの」
「……私もまだまだだな」
「遊んでく? 部下の皆様がたも一緒にさ。サービスいいよここ」
「やめておこう。私も失礼する」
「なぁ、1個だけ教えてくれないか?」
「なにかな?」
「ミスラが手柄を急いでいた理由ってわかる?」
「……いや。それがどうかしたのかね?」
「いや特には。今度会うときあったら、一杯やりましょや」
ゲオルが去り、コルトも部下を引き連れて歩き始める。
「あれがゲオル・リヒター。魔王討伐に選ばれし7人のうちのひとり……」
「……しかし、教団やかの国は別のストーリーを用意したようですね」
「うむ……確か聖女ティアリカもここで働いていたな。……彼女とも話をしてみたいが。まぁ今はよそう」
ゲオルとの出会いはかなり記憶に残るものだった。
とぼけたように見えて一部の隙も見せない。
「……いずれあの男の力を必要とするときがくるかもしれん」
「問題は山積みです。"例の男"の件もありますし……彼ほどの実力者なら」
国家機密という暗黒に潜む彼らの目は、ゲオルのまだ見ぬ力へと向けられていた。
その数週間後、コルトたちの抱える案件とはまた別の事件が起きる。
雨続きの日々の中で、人が刃物に刺されて死ぬというもの。
そんな中ゲオルは仕事で街を回っていた。
「こんなときに屋根の修理頼むなよなったく……」
ベショベショになりながらの帰路。
あの日から特に変わったことはなかった。
ただ、不自然なまでの雨続きに目をつぶればだが。
「だぁああもう! 降りすぎなんだよ!! 花の水やりでもこんなにやんねぇぞ!」
地団駄踏みながら住宅のほうへいこうとしたときだった。
「あん? 傘?」
集合住宅の玄関に無造作におかれた傘。
開いたままで中には水溜まりができていた。
「傘、誰かの忘れ物か?」
ひょいと拾ったそれをみたとき、なにか不思議な感じがした。
(こんな傘使ってる奴、ここにいたか?)
ここの住民が使うにはあまりに上等すぎる。
少し調べるために一度傘を持ち帰ってみることにした。
「やっぱりただの傘だよなぁ。うん、傘だ……なんで俺、これを持ち帰ろうとしたんだ?」
なぜかこの傘は大事にしなくてはという思いが強くなっていく。
そしてそれは日常において"運の良さ"として現れていくことになる。
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