第9話 ティアリカと一緒にVIP席
「少年、そこの嬢ちゃんに牢屋でキック教えてもらえ~」
「なに言ってんのよアナタは。さぁ連行して!」
「あのガキどうするんだ?」
「……話によると名家のご子息みたいね。結果を焦ってあんなことするなんて、バカな奴」
「誰かさんそっくり」
「なにか言った?」
「いやなにも。じゃ、そろそろ大人の話でもしようか。報酬は?」
「3日後、店に届けさせる」
「ちょっとでも遅れたら催促すっからな? 俺は手抜かりしねぇししたこともねぇ」
「ガバメント家は約束を反故にしない。安心して。……えー、このたびは犯人逮捕にご協力いただき、ありがとうございました。感謝いたします」
「市民の義務を果たしたまでです衛兵さん」
衛兵たちが忙しなくする中、ゲオルは外で待っていたティアリカと一緒に街中へと歩く。
「何度も待たして悪いな」
「いえ、そんな」
「待たしてばっかりだ」
「いいえ、ちっとも」
「この時間帯ならまだ開いてる店あるな」
「アイス、食べません?」
「相変わらずの甘党だな。……たまにはいいか。俺もダブルでガッツリ食いてぇ」
「ふふふ、じゃあ一緒のにしましょうか」
「任せるよ」
戦いで火照った身体は常に熱の逃げ場を探す。
ゲオルは大抵それを水や酒で冷まそうとするが、今日はティアリカに応えた。
彼なりの恩返しだ。
自発的な協力とは言え、彼女を危険に晒してしまったことへの細やかなお詫び。
「こうしてアナタとアイスを食べる日が来るなんて思いませんでした」
「こんな事件のあとじゃなけりゃロマンチックなんだろうがな」
「いいえ、私たちには十分ですよ」
「……お前、あのガキ相手に本気になれなかったな?」
「確かに許せないことでしたが……更生の余地などを考えてしまい」
「そういうのは衛兵さんのお仕事だ。忘れるな。もうお前は聖女じゃない。俺のドンパチに付き合う必要は……」
「確かにそうかもしれません。でも、なんででしょう。もう一度アナタとって思うと、いてもたってもいられなくなるんですよ」
「……支配人が泣くぞ?」
「大丈夫ですよ。バニーガールにアナタのパートナー、両方見事に勤めてみせますから」
「バニーガール気にいってんのか?」
「ふふふ、どうやらそうみたいです。……知ってるんですよ? アナタが私のほうたまに見てるの」
「うっ、ゴホゲホ!」
「こういう仕事をすると、嫌でも視線に敏感になっちゃうもので」
「否定はしねぇよ。まったく、大物になりやがって」
「……人気の先輩方はすごいですよ? ポールダンスでお客様を沸かせる方や、生粋のギャンブラーに引けを取らない方。彼女たちは彼女たちでキャバレー・ミランダという看板を背負っている。そう考えるとすごく……強い人たちだなって」
ティアリカの輝く瞳を見ながらゲオルはアイスを食べきった。
胸焼けを残しながら、立ち上がり夜空を見上げる。
「街に平和を取り戻したな。俺たちで」
「えぇ、私たちで」
「なんでも屋っぽいのの成果としちゃあ上出来だ。これを機にもっと仕事増えてくれりゃあな」
「でも、聞いた話によればミスラさんにとって秘密裏のものなのでしょう? だとすれば一般の方からの依頼は……」
「……まぁ、そりゃあな。ほらアレだ。ミスラの口伝で色~んなお偉いさん方に俺の名前が伝わるかもってやつだよ」
「そうでしょうか。ミスラさんを見る限り、そういうのはしたがらないタチでは?」
「……なんだってお前人を見る目もグレードアップしてんだよ」
「ああいうタイプは知らんぷりも一丁前ですよ。恐らく部下にも徹底させてますね」
「はぁ、読みがお上手ね」
「そんなにふてくされないでください。じゃあ私が宣伝しましょう」
「お、マジで?」
「ほかのガールにも声をかけてみますね。彼女たちのお得意様にもきっと知られるでしょうし」
「そりゃあいい! ……初めからそうすりゃよかった」
「変なところで抜けているのも、相変わらずですね」
「うるせぇな。ここ最近ワタワタしてて大変だったんだ」
「じゃあこれからもっと大変ですね」
ティアリカも立ち上がり、ゲオルと手を繋いだ。
「帰りましょう。支配人に報告しにいかなくてはいけませんよ」
「そうか。まだ営業時間か。皆にも心配かけてるしな」
「終わったら、おもてなししますね? 今夜はアナタのために、ね」
「……マジで? VIP席に入れるほどの金はないぞ?」
「大丈夫ですよ。支配人に話をつけますから」
「……ホントに強かになったね」
キャバレー・ミランダへと戻り、支配人への報告が済む。
ふたりの無事を大いに喜び、ゲオルへのもてなしを快く承諾した。
「VIP席落ち着かねぇな」
「あら、いいではないですか。ここは人目にも着きにくい配置なんですよ」
早速バニースーツに身を包んだティアリカにもてなしを受けていた。
落ち着いた雰囲気に心地のいいソファー。
テーブルの上のてらてらとした酒ビンと、グラスに注がれた半透明の液体。
「大丈夫、ゆっくり落ち着いて楽しませてあげますよ」
「あ、あぁ……」
「……私を見る目がいかがわしいような気がしますねぇ~」
「ったく、からかうない」
「ふふふ、さぁお召し上がりを」
「改めて、ホントに変わったよ。以前のお前なら逆に『からかわないでくだすぁい!』って叫んでるくらいだからな」
「最早なにも言うまい、ですね。今ではやりがいだって感じてます。さ、飲んで飲んで」
「お前もどうだ?」
「私はおもてなしをする側ですので……」
「お前と飲みたいんだよ俺は」
「ふぅ、もう……」
ふたりで乾杯してひと口。
最初とはまた違う味わいだ。
ふたりして安息に身を委ね、また昔話に花を咲かせた。
しばらくそうして時間を楽しんでいたとき。
「あ、そうそう。アナタ専用のオプション考えてみたんですけど、どうです?」
「オプション?」
「膝枕、とかね」
「そりゃあ……是非」
昔なら考えられないその待遇に目を丸くしながら、その言葉に甘える。
「人生生きててこんなの予想できるか? 聖女の膝枕なんてそれこそ英雄の特権だぞ」
「元、ですよ」
「ガールはお触り禁止だってのに。これ見つかったら俺どやされんじゃねぇか?」
「大丈夫。ここは場所的に人目に着きにくい配置です。それに、支配人も皆もわかってくれますよ。この程度のことは」
「そっか。ならしばらくこうしてるぜ」
「……アナタだけの特別ですから」
「このアングルも特別って考えてもいいんだな?」
「……もう」
仰向けに寝返りを打ったゲオルに頬を染めつつ、ティアリカは彼の頭を撫でた。
「ゲオル」
「ん?」
「ずっと、この街にいてくれますか?」
「どうした急に」
「いえ、アナタって昔からアウトローな感じでしたから、いつか知らない間にフラッとどこかへ行っちゃうんじゃないかって」
「……お前を悲しませるようなことはしないよ」
「え?」
「お前がそれで悲しんで、泣いちまうんなら、そんな不義理はできない」
「私の涙次第……ですか」
「おっと今泣くなよ? まだ膝枕堪能したいんだから」
「ぷっ、ふふふ。なんですかそれ」
「そうそう、笑っててくれ」
閉店目一杯の時間まで、ふたりはこの時間を楽しんだ。
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