第8話 事件は終息した

「人が賑わってきたな。怪しい奴は?」


「……あの、あれ」


「んだよ。ガキじゃねぇか……おーおー薄気味悪く笑ってまぁ」


「誰かを見ているようですけど」


「……おい、あの顔色悪いの……」


 少年の視線の先、人混みの中で胸を押さえて苦しそうにふらつく男の姿があった。


「まるで観察をしているみたい……ゲオル?」


「先日の魔物、急に現れたって?」


「……の、ようですけど……」


「手品がわかった」


 ゲオルの言葉と同時に男の身体が破裂する。

 内部から出てきたのは同じく植物系の魔物。


「出やがった!!」


「まさかそんな!」


 ティアリカは少年と目があった。

 パニックの住人たちをかき分け、一目散に逃げていく。


「あ、待ちなさい! ゲオル、アナタは魔物を!!」


「おい! ……ったく、血気盛んな聖女だこと」


 ゲオルは仕掛け大鎌を取り出し魔物に立ち向かう。


「悪いが俺も早くガキのケツ追いかけなきゃいけないんだ。飛ばしていくぜ!!」


 ゲオルが大立ち回りしている間に、ティアリカは街外れにある倉庫まで彼を追い詰める。


 そこには数々の実験道具があった。

 異臭とともに広がるのは、積み上げられた魔術本とその脇に転がる汚れたフラスコ、いくつもの割れたケース。


 さらにはなんらかの死骸まであるので、ここでどれほど凄惨なことが行われていたかがよくわかる。


「ここは僕の秘密基地なんです。大いなる成果のためのね」


「成果? あの魔物を作り出すことがですか?」


「いいえ、あれは失敗。ですが間違いなく僕の研究は歴史的な成功に近づいているんです」


「どういうことです」


「僕の父は偉大な研究者でしてね。息子である僕にもそうなって欲しいと常々言い聞かせていました。ですが、僕にはどうもその才能がないみたいなんですよ」


「だからこんな真似を? お父上への当て付けで?」


「逆ですよ! 僕は僕のやり方であらゆる病を直すための研究をしているんです。人間と魔物との因子融合。魔物は人間にとって有毒な環境でも生きられます。特に植物系なんかは相性がいい!! そこに目を付けた!」


「……ッ! それで罪のない人を実験台に!」


「あと1歩、あと1歩なんです。もう少しデータが必要だ。必ず成功させ、研究データと論文を学会に出せば僕は歴史に名を残すことができる。一気に夢のスターダムに立てる!」


「させるとでも?」


「無駄ですよお姉さん。僕はね、格闘の心得があります。魔術だってホラ。魔術耐性の加護をもったアクセサリーで身を固めています。おやおや、もう不利になってしまいましたね」


「その程度、ピンチの内にも入りません」


「強がりを言わないでほしいね。アナタのような美人に乱暴するのは心苦しいですが、ククク、同じく実験台になってもらいますよ」


 少年はメリケンサックを両手にティアリカに襲いかかる。


「へぇああ! へぇああ!!」


 身のこなしは確かに速い。

 股関節が硬いなりに、キックも頑張っている。


「もう息切れですか?」


「ふふふ、僕の攻撃を回避し続けるとは、お姉さん中々やるじゃないですか。素人ではないですね?」


「知った風に言いますね」


「そりゃあ、たしなんでいますから」


 やけにノリノリな少年。

 ティアリカも体術の心得がないわけではない。

 こちらも相応の対応をしようとしたときだった。


 ドッカァァァアアアッッッ!!


「な!? 両サイドの壁から魔物が!!」 


「備えあればナントヤラですね。軍事開発用に売り込めるように作っておいた試作品が役立つだなんて」


「アナタは、一体どれだけの人を!」


「人類すべてのことを考えれば、安い犠牲ですよ!!」


 ティアリカから容赦が消えた。

 炎の渦に、雷の剣の束。


 全方位に向けた魔術は瞬く間に魔物を飲み込んだ。


「無駄ですよ。その程度の攻撃ではアレは壊せません。それに、そら!」


「く!」


「防御が上手くたって、このままじゃジリ貧ですよホラホラホラァ!!」


 メリケンサックを魔杖でいなしつつ、体術で眠らせようとしたとき、触手が両サイドから伸びて四肢を封じられる。


「しまっ……ッ! あ、あぁあああ!!」


「ハァ、ハァ、てこずらせやがって。……頑張ったほうですかねお姉さん。ふふ、しかし本当に綺麗だなあぁ。一応聞きます。どうです? 僕と手を組みませんか?」


「なん、ですって」


「その美貌と才能、やはり実験台として損なわれるのは惜しい。僕とアナタが出会えたのはきっと運命なんです。僕と一緒に世界を変えましょう。人類を救いましょう。僕たちならやれる!」


「……愚かですね。アナタは」


「なんだって?」


「こんなものが評価されると思って……、自分が過ちを犯しているという自覚もない。私はそういう人を軽蔑します。……お願いです。自首して」


「どうやら、自分がどういう状況にいるかわかっていないようですね。仕方ありません。ここは痛みでわかっていただこう。……だってそうでしょう? 僕の誘いを断ったんだから。ぶん殴られたって文句は言えねぇよなぁ!?」




「────じゃあお前もぶん殴られても文句は言えねぇよな?」


 拳がティアリカの腹部まで差し掛かったとき、彼女は思わず目をつむった。

 そんな恐怖から救ってくれたのは、馴染み深い彼の声だった。


「な、なんだお前は!?」


「そりゃこっちの台詞だクソガキ。ちょっと待ってな。お片付けしてからお説教だ」


 颯爽と登場したゲオルにティアリカの顔がパァアっと明るくなる。

 すぐに触手から解放されたティアリカとともに魔物の討伐を仕上げた。


 瞬く間に形勢逆転したことに少年は狼狽し、狂ったように頭をグシャグシャとかき乱す。 


「き、貴様……! 貴様らぁぁぁあああッ!! よくも、よくもぉおおお!!」


「お、メリケンサックか。ハイカラなもん使いやがって。だが、殴り合いにそれを使うの不粋ってもんだぜ?」


「黙れ黙れ黙れぇぇええ!! よくも僕の邪魔を……」


「お、殴り合いか。いいぜ。ティアリカ、お前はミスラに連絡してくれ。僕ちゃんの相手は俺がしてやる」


「わかりました。お気をつけて」


「うぉぉおおお!! ちょっと強いからってなめるな! 僕は格闘の心得があるんだぞ!!」


「ほう、じゃあ是非ご教授してもらいたいね。行くぜ僕ちゃん先生」


「へぇああ!!」


 殴り合い、と言うにはあまりに一方的だった。

 ゲオルのワン・ツーからのハイキックがすべて炸裂し派手な音を立てながら倒れる。


「ほれ、もういっちょ」


「なめやがってぇええええ!!」


「ほら、キックもっとしっかりしろ硬いんだよ身体」


「うぎゃあああああああ!!」


 キックを軽く受けとめ、軸足を踏みながら足を無理矢理大きく開かせてやると、少年は情けない断末魔を上げる。


「そぉら!」


「うげぇぇえ!」


 勢いよく背中を蹴っ飛ばすと、少年は顔面から地面に激突し、顔と股関節をおさえるようにしながら背中で這いずり回る。


「そんなんで格闘の心得があるなんてよくもまぁ言えたな」


「だ、だまれぇ……」


「お縄につきな。それかここで殴り殺されるか?」


「く、クソォオオ!!」


 今度はダバダバとタックルをしてくるが、鋭いアッパーカットが入り、一気に昏倒。


「ヘヴィ級になってから出直してきな」


 数分と経たずミスラ率いる衛兵隊がやってきて、少年を捕縛。


 事件は幕を閉じた。

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