空っぽな旅(改訂版)
貴音真
【空っぽな旅】
息を吸って吐くように劇的で非刺激的な今がそこにある………
懐かしいはずの新世界を旅する男は、古く淀んだ
男は空っぽな自分自身を満たしていた全てを捨て去ると限りない不自由に身を委ねて無限の自由を手にしようとした。そして、男は空っぽで満たされていた自分自身をそれまでとは異なる空っぽで満たすための空っぽな旅に出ることを決めた。その旅の果てにはそれまでと異なる新しい空っぽで満たされた自分自身がいると信じ、男は前へ進み始めた。
旅の始まりは離別だった。自分自身を引き止める女へ男は言葉を残した。
「昨日の明日が今日で、明日の昨日が今日ならば、もう何も恐れることはない。……愛しい人よ、
空っぽな自分自身の空っぽな言葉が女に届くかどうか男にはわからなかったが、それでもただ伝えたかった。そして、女を残して男は旅に出た。
闇が男を暖かく包み、光が男を冷たく突き放した。闇が照らし、光が
男にはもう、横や後ろは必要なかった。ただ前だけでよかった。
「天がある。地がある。自分自身がある。そして
旅の途中、男は時折空を見た。だが、男は決して空を見上げなかった。空はいつも男を見下ろしていたため、見下ろす空を見上げていたら真っ直ぐ向き合えないと思った男は空を見るとき必ず地を背にしていた。そうして空と向き合った男はいつも、過去の自分自身と会話するように、旅の始まりに残してきた愛しい人に問いかけた。それは、愛しい人への未練でも捨て去った自分への執着でもなく、前を見続けて見つけた空っぽな決意の証だった。
全てを捨て去り空っぽになった男、その男には記憶があった。それは、男が自分自身で捨て去り自分自身で拾い集めた新しい過去の記憶であり、空っぽな過去と空っぽな現在と空っぽな未来を紡ぐ証であった。
旅をする男には夜も昼なく、闇と光だけが男の傍に寄り添っていた。闇と光に包まれながら男は新しい空っぽで自分自身を満たす旅を続けた。
男は前を向き、前へ進んだ。男は横を前に変え、前へ進んだ。男は後ろを前に変え、前へ進んだ。男はただ前へ進んだ。座るときも寝るときも、男は前だけを見ていた。男の前にはただ、前という空っぽがあった。
前にある空っぽだけを見て、前だけに進んだ空っぽな男の空っぽな旅はいつしか終わりを迎えた。かつて空っぽで満ちていた自分自身を捨て去り、異なる空っぽで満たすための旅に出た空っぽな男は、旅路の果てに自分自身を新しい空っぽで満たした。
旅の終わりで男は地を背にし、空っぽで満ち溢れた自分自身を空へ向けた。
自分自身を満たす空っぽを見つけた男は、空っぽな空へ向けてそっと呟いた。
「……愛しい人よ、空っぽな俺はもういない。あなたは今、どこにいるのだろうか?」
そして、男は静かに瞼を閉じた。
男が捨て去り、そして探し求めた空っぽは、もうどこにもなかった。
空っぽな旅(改訂版) 貴音真 @ukas-uyK_noemuY
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