1-11(ユメ)



「はぁ……ひぅ……」


呼吸が出来ない。

いくら息を吸っても、穴の開いた風船のように空気がどこからか漏れている感じ。


今日はいつもとは違う。

意識を保つので精一杯。


立つことさえ出来ない。



「もう……そろそろ……」



言葉さえ上手く紡げない

今日がきっと最後なんだ。



「夢……叶った」



凍える位寒い夜。

水をかけられてお母さんに外に追い出されたあの日。


向かいのマンションの窓に凄く暖かい光景が見えた。。

私と変わらない位の子がお父さんとお母さんから、ケーキとプレゼントを貰ってた。


優しく撫でられ、ご馳走を口いっぱい頬張る姿。


私はその光景を体を震わせ唇をガチガチと鳴らしながら見ていた。

その時に、神様にお願いした。



(一度でいいです。私の持っている物全部あげますから、私もあんな風になりたい)



その願いはすぐには叶わなかった。


でも、叶えてくれる人がいた。

私の前で何度も泣いて、一生懸命頑張ってくれる大事な人。


その人は本当のお父さんじゃない。

でも、本当のお父さん。

いや、今まで会ったきたどんな人よりも私を大事にしてくれた恩人。


本当は”お父さん”なんて呼ぶ資格なんてないけど……

その人は”お父さん”と呼ぶ度に、嬉しそうに笑って…てんてくれた。



「もう……満足」



そう思った。

あの時願った事が全て叶った。

だから満足……


そう思ったはずなのに……



「ヒッ……グッ……」



涙が止まらなかった

呼吸は乱れ、どんどん苦しくなっていく。


それなのに、涙だけは止まらない。



「助けて……」



ダメなのに。

もうお父さんを頼っちゃダメなのに。



(アンタはいるだけで周りを不幸にする!!)



お母さんから言われた言葉。

全部正しかった。


お父さんは私の為に無茶して、大変な目にあった。

全部知っている。


お父さんは私の為に一生懸命お仕事頑張って。

でも、私は迷惑をかけた。

たくさん……たくさん、悪い事して


それなのに、お父さんは怒らないで私に世界を見せてくれた。


あの日見た窓の向こう側。

暖かい世界を私に見せてくれた。


なのに、お父さんはどんどん不幸になっていく。

死んじゃう可能性だってあった。


私と関わったせいで。


それが耐えられなかった。

きっとこれからも私はお父さんを不幸にする。


だからこれでいい。

叫べばきっと来てくれる。


でも、もうそれはしちゃいけない。

もうこれ以上……お父さんを不幸にしちゃ……ダメ。



「……会いたい……よぉ」



朦朧とする意識。

最後に一目だけでもいい。


お父さんに会いたい……


そんな我儘はダメ。

声が漏れないようにギュッと口を絞って私はゆっくりと目を閉じる。


キリキリと締め付けられるような痛み。

どれくらいの時間が経ったか分からない。


ゆっくりと意識が輪郭を失い、痛みも何処か遠くに……



「……メ!ユ……!ユメ!ユメ!!」



「お父……さん?」



不思議と痛みはもう感じなかった。


ああ、そうか。

最後にまた神様がお願い聞いてくれたんだ



「どう……して?」

「ユメが苦しそうにしてて、意識も無くて!!」



お父さんはポロポロと涙を零してた。


……お父さんは泣き虫だ。

でも、その涙はいつも私を本当に心配してくれて結果だ。


それが堪らなく嬉しかった。



「会いた……かった」

「頑張れ!今先生来るから!なっ!!」

「……うん」



痛い位に力の入ったお父さんの腕。

凄く痛くて、幸せな腕の中。


あぁ……やだなぁ……

これが最後なんてやだ……。


お別れ……するの、やだよ。



「お父……さん」

「どうした?」

「泣いて……いい?」

「ああ!我慢なんてしなくていい!!」



その言葉を聞いた瞬間、私は声を上げて泣いてしまった。


泣いたって何も変わらない。

それどころか事態が悪化する事しかない。


お母さんに蹴られた時も、お母さんの連れてきた人に殴られ、たばこの火を押し付けられた時も……


泣いたら、泣いただけ、余計に酷くなった。



「ごめんな……ごめんな……ユメ。お願いだからもう少しだけ頑張ってくれ。そしたら父さんが絶対、絶対助けて見せるから!!」



でも、今日は、今日だけは違った。

泣いたら、泣いた分だけ、幸せを感じる。


お父さんが私の想ってくれる気持ちが伝わるから……


ああ……泣くって……こんなに幸せなんだ。

胸の奥にたまっていた嫌な事や辛かった事が次々と外に出ていく感じがする。


私はお父さんの胸の中で沢山泣いた。


体の痛みも忘れ、限界まで泣いたら店…

最後には暖かい物だけが体に残った。


心が軽くなる。

ああ、だからか。


だから、お父さんは泣くんだ……。

始めて分かった。



「私幸せだった……よ」



ずっと一緒にいたい。

お別れしたくない。


心からそう思うけど。

最後にお父さんに一番伝えたい事が言えた。



「待て!まてまてまて!!ダメだ!目を閉じるなユメ!!!」



星が……見える。

お父さんと一緒にみた星の海……


ああ……幸せだったな……



「ユメ!!ユメェェ!!!」



ゆっくり瞼を閉じる。

そこには……あの星の海が広がっていた。



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傷だらけの天使 rirey229 @rirey229

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