1-10
「どうかお願いします!僕はクソみたいな人間だけど、ユメは……ユメはまだ何も知らない。せめてこの世界が苦しいだけじゃないって事だけは教えてあげたい!だから、お願いします!!」
そういってディスプレイの土下座する男の映像。
それは他の誰でもない。
僕だ。
その姿をただ冷静に見つめていた。
昔の仕事仲間である、もう一人の共犯者と共に。
「中々の再生数だな」
「ああ、ユメの傷跡を載せた動画を掲載して誘導したからな、明らかに数値が伸びている」
「批判も凄いけどな」
「批判は良い。一番怖いのは無関心だからな。批判はどれだけされても構わない」
僕は……いや、僕たちはユメの全てを動画にまとめネットに公開した。
ユメの消える事のない傷口や目を覆いたくなる虐待行為、さらにユメの病気も全て。
その反響は決して小さくは無かった。
ユメの事を考えていないという批判や、金儲けに利用している等の声。
それらが心無いコメントと共に浴びせられる。
ただ、それ以上に同情や寄付も集まった。
過度な同情や行き過ぎた批判。
それらは大きな唸りとなった。
たった1日。
一日で僕が数か月……いや、数年働いても稼げない額に達するほどに。
「しかし、このままではすぐに頭打ちだ」
「それは困る。資産を全て入れてまだ全体の3割を超えたかという位だ」
「金額的には十分だが……プラットフォーム側の取り分がデカい。このままだと厳しい」
「そうだな。批判があるうちはいいが、それに飽きられたら終わりだ」
共犯者からの忠告。
それは反論の余地すらない。
ただの純然たる事実であった。
「ユメちゃんを生配信するか?健気でかわいい子だ。十分に同情を引ける。その分アンチからは心無い言葉が来るだろうがな」
「ユメはもう動画に出さない。ユメに興味を持つ層に情報は行き渡った。その導線を繰り返しても同じユーザが着目するだけ。なら別の切り口の方が良い」
動画の分析画面を見ながら、僕は冷静に告げる。
「ならどうする?」
「そうだな、テレビや新聞などのオールドメディアにでも出したいな。あれは別の層に刺さる媒体だ。動画サイトとは違う、新規開拓が出来る場所だ」
「金を払うか?ただ、大規模にやれば、数千万、いや、数億あっても足りないぞ?」
「向こうから報道したいと言わせればいい。そうすれば無料だ」
「聞かせてみろ」
僕はかねてから考えていた案をゆっくりと語る。
それは現在も広告業の最前線で働く共犯者をも驚かせるのに十分な内容だった。
「……まともな方法じゃない。正気か?」
僕は答えずに、ただゆっくりと頷く。
驚くのも無理はない。
内容はシンプルだ。
募金活動中に僕自身を犯罪者に襲わせ、それをネットに配信するという物だ。
しかも、ただ襲われるだけじゃない。
なるべく酷い状態になる様に注文をつけて……。
「腕や足の骨なら喜んで折られてやる。一目で酷い状態だと分かる形なら尚いいな」
「狂ってるな……」
僕の共犯者はため息をつき、冷ややかな視線を僕に浴びせかけていた。
だが、僕は知っている。
昔の同僚の助けがあれば、これくらいの事など簡単にできる事を。
「今回の件、正直に言えば実行は出来る。だが、バレれば致命的だ。だから足もつかない様にする。だがその分細かい制御も出来ない。最悪死ぬかもしれないぞ?お前」
「それくらいの方が緊張感があっていい。演技っぽくならないからな」
「もう一度言うぞ。お前死ぬかもしれないんだぞ?」
共犯者は僕の目を見つめてくる。
僕の覚悟。
それを見極めるかのように。
「ああ、覚悟なら出来てる」
正直怖い。
でも、やらなきゃいけない。
ユメを救う為に手段なんて選んでられないのだから。
「わかった。念には念を入れて依頼元は辿れない様にしておく。だが、本当にどうなるかわからないぞ?細かな注文なんてつけられない」
「ああ、本当にすまない」
本当に頼りになる。
これほど出来る奴が味方だという幸運に僕はただただ感謝する。
「なら襲われた後のプランを詰めよう。達成目的はテレビや新聞で大々的に報道される事だ」
「任せるよ。懸念点としては、テレビで報道されれば犯人は捕まらないか?そこから足がつく可能性がある」
「大丈夫だ。さっきも言ったが依頼を辿れない様にする。基本犯人が捕まえられる事を前提に考える。だから細かな制御が効かない。捕まる奴らは依頼されたとも思わないからな」
「なるほど。最悪死ぬかもしれない……とはそういう意味か」
「そうだ」
共犯者は真剣な眼差しを向け大きく頷く。
それは決して大袈裟な表現ではない事を示していた。
「問題ない。最悪僕が死ねばユメは確実に助かるだろうからな。悪いがその時は」
「……ああ。手続きは全部やってやる。あとでこれからのスケジュールを送る。お前はそれの通りに行動しろ。いつ襲われるかも分からないから、常に動画が撮れる準備をしておく。くれぐれも勝手な行動はするなよ」
「わかった。本当にありがとう」
僕は共犯者の手を握り、頭を下げた。
自分を殺すような依頼。
それを頭を下げてまで依頼するなんて狂っていると自分でも思う。
だけど、僕の頭ではユメを助ける方法なんて……これ以外考えられなかった。
■
「募金お願いします!」
僕は共犯者から送られたスケジュール通り駅前で朝から大声を張り上げていた。
正直、募金の効果なんてあまり期待してなかった。
それは前になんの成果も得られなかった経験があるから……
だが、拡散された動画のせいか成果は今までとは比べも物にならなかった。
次から次へと募金は集まり、一日の仕事で稼げる額などすぐに集まる状態だった。
「……動画見たよ。応援しているからね」
その時、とある紳士が僕に声をかけ100万円の束を3つ渡してきた。
「あ、ありがとうございます!」
僕は困惑しつつもその束を受け取り、深々と頭を下げる。
それと同時にカシャっという音が周りから響いた。
その紳士は頭を下げた僕の肩に優しく手を置き、頑張ってね。とだけ言い残し去っていった。
(……今日だな。間違いなく)
僕は頭を上げることができなかった。
確信にも似た何かが頭の中を占拠したから。
100万円の束3つ。
道端でそんな寄付、普通ではありえない。
となれば……これは何か意図があると考えるのが自然だ。
心当たりしかない……。
僕は頭を上げ、ゆっくりと出来るだけ丁寧に100万円の束を募金箱のしまい、今日これから起きる事を想像する。
(僕が望んだことだ。しっかりしろ)
覚悟はとっくにした……はずだった。
だけど、これから起きる事を想像するだけで、足も手も震えていた。
恐怖のあまり勝手に涙まで流れてくる有様だ。
周りから見ればありえない寄付に感動している様に見えるかもしれない。
……そんなんじゃない。
ただただ、怖かった。
腕や足を折られる事。
もしかすれば、殺されるかもしれない。
想像する恐怖が現実に迫っている。
その事実が何よりも怖かった。
だけどそれは全て自分で提案した事。
それが今日。
いや、数分後にも自分に確実に降りかかるかもしれない。
それは机上の出来事なんかじゃない。
考えただけで体が震える。
今まで経験のしたことが無い、最大級の恐怖。
脚も震え、もはや立つことさえ出来なかった。
僕は地面に膝を付き、涙を拭い深呼吸する。
(……ここにいたら死ぬかもしれない。それはユメも望まないはずだ)
逃げる理由が溢れる。
それは決して無視できるような物じゃない。
幸い理由もしっかりしている。
僕が怪我する事をユメが望むはずがない。
もし怪我したらユメがどういう反応するのか想像する。
悲しむ姿。怒る姿。色んな様子が想像できる。
ただ、どんなに想像しても涙を流すユメの姿だけは……想像できなかった。
”私たぶん死んじゃうから”
ふと、ユメが言った言葉を思い出す。
達観し、全てを諦めたような目で僕に告げた時のユメ。
その姿が鮮明に浮き上がってくる。
(ああ、もし僕が死んだとしても、多分ユメはこんな感じで……)
また、諦めるんだろうな。
それが分かった。
恐怖のその先。
諦める。という境地に至るには一体どんな経験をすれば辿り着くのだろうか。
ユメは今僕が感じている恐怖なんかよりももっとずっと先にいる。
確実にやってくる恐怖にすら、怯える事もない。
(……誓ったよな。絶対助けるって)
ユメに抱きしめられた時
僕は誓った。
何をしたって助けてやるって。
でも、僕は本気で理解していなかった。
死ぬかもしれない。
そんな恐怖を目の前にして同じ事を言えるのか?と。
僕は大きく息を吸い、自身を鼓舞し顔を上げた。
一度は嘘をついて、ユメを児童相談所に預けた。
なら、もう二度は無い。
……やるしかない。
ただ、やりきるだけ!!
震える足を必死で押さえつけ、僕は立ち上がる。
「募金お願いします!」
泣きながら。
気が付けば、今日一番大きい声で僕は叫んでいた。
■
(これで終わりか)
ずっしりと重くなった募金箱。
僕はその箱を体に括り付け、荷物を纏め始める。
僕は大分長い時間募金活動を行った。
あたりは昼から夜へと変わり、帰宅ラッシュで賑わっていた駅前もいつのまにか、人影がまばらになっていた。
(結局何もおきなかった……恥ずかしいな)
数時間前に恐怖に怯え涙を流した自分を思い出す。
とても恥ずかしい……けど、僕の心には安心感が溢れている。
襲われなかった。
その事実が僕を何よりも落ち着かせてくれていた。
今日はとても充実していた。
数百万寄付された時の様子がネットにばらまかれていたらしい。
しかも、恐怖に怯え、地面に膝を付き涙を流した姿まで。
それは僕の意図とは全然違う風に解釈され、一気にネット上に広がったらしい。
そのおかげで、寄付や応援の声がさらに大きくなっていた。
「……感謝しかないな」
他人の善意。
それがこんなにも暖かいのだと、今まで経験すらしてこなかった。
僕の共犯者に見知らぬ人々。
人は……捨てたもんじゃない!
心からそう思えてしまう位に。
ガンッ!!
その時だった。
衝撃が頭に走り目の前が一瞬真っ白に染まり、足から力が抜けた。
ゴン!
地面の固い感触を感じた瞬間、再び鈍い音が響いた。
それは何か固い物が僕の頭弾く音だった。
ただ、不思議と痛みは無い。
「キャアァァ!!!」
誰かが叫んでいる。
なんだろう。
すごい高い声の叫び声。
大きな音なのに物凄く遠くから聞こえる。ような感じがする。
「早くしろ」
今度は僕の耳元で声がした。
それと同時に僕の体が大きく揺れた。
「え?」
グイグイと引っ張られ、体が大きく揺れる。
僕の体から寄付のお金が入ったバッグを引きはがそうとする男達のせいだった。
「!!」
時間と共に思考が戻ってくる。
その瞬間、全てを理解した。
突然の出来事で一瞬意識が飛んでいた!
僕は咄嗟に自分のカバンを抱えダンゴムシの様に丸くなる。
その時、何かヌルッとしたものが顔や手に張り付いた。
真っ赤な血。
僕の頭から流れ出た大量の血が、僕の顔や腕、バックや服を赤く染め上げている所だった。
「離せ!!」
一人の男が血のついた赤い金属製のバットを振り上げ、僕を脅す。
恐らく僕を殴ったのはこの男。
「これは娘を!!娘を救うために必要なんです!!!」
僕はここぞとばかりに、事前に用意していたセリフを狂ったように繰り返し叫ぶ。
ここは駅前。
幸い目撃者は少なくない。
叫んで注目を集めれば男達だって逃げていくはずだ!
「腕を折れ!!!」
ただ、男たちの行動は僕の想像から完全に外れていた。
高く掲げられた金属製のバットが僕の腕に全力で振り下ろされる。
キンッ!
甲高い音が響き、カバンを抱えていた僕の腕が文字通り……曲がった。
「あ”あ””ぁぁぁ”!!!!」
情けない声が零れる。
ただ、動く事すら出来ない。
少し遅れてやってきた信じられないような痛み。
それが僕の全ての意思と行動を拒否する。
まるで、神経が麻痺した様に体が動かなかった。
「え?撮影じゃないよね」
「あれ募金の人じゃん!え?襲われてない?強盗!?」
「ちょ!ヤバくない?!だれか警察!!」
あたりがざわつく。
「チッ!千切れるまで引きずれ!!」
駅前の広場に猛スピードで1台のバイクが走ってきた。
僕はそのバイクに乱暴に繋がれ、バイクはそのまま無理やり発進した。
「いだい”!いだぁぁぁ!!」
バイクに引きずられ、僕の体はアスファルトに徐々に削られる。
痛みは想像を超えていた。
体を徐々に削られる痛みなんて、耐えられるわけが無かった。
もう、募金箱などどうでもよかった。
ただ、折れた腕ではバイクときつく結ばれたバッグを体から外す事も出来なかった。
必死に動いても、バイクに繋がれた体は動かない。
ただただ、粗い地面に体が少しづつ削られていく。
僕は痛みに耐えきれず、ただ声にならない声を泣き叫ぶ子供の様に垂れ流していた。
「警察!!警察!!」
「ヤバい!ヤバい!!死んじゃうよ!!!」
周りから悲鳴が上がる。
でも、その声が聞こえる度バイクのスピードが上がる。
(これ、死ぬ……な)
痛みが段々薄くなっていく。
もう無理だと悟った。
「ユメ……ごめんな、本当にごめん」
幼い少女の顔を浮かびあがる。
その姿にただ謝る事しか出来なかった。
僕は覚悟も何も足りてなかった。
(願わくば、どうか……)
ユメが……笑顔で生きていけますように……
もう言葉も紡げない。
ただ僕は願い。
そして全身の力を抜いた。
「おい!動かなくなったぞ!」
「馬鹿!前!前!!!」
バイクは急にハンドルを切った。
あまりにも急な動作にバイクは制御を失い、僕ごとガードレールに突っ込んでいく。
目の前に迫る白細い鉄の棒。
それが僕が覚えている最後の光景だった。
■
「もう遅いぞ。寝ないのか」
「いい」
親子程離れた二つの人影。
それが手術室の前に並んでいる。
病院はとっくに消灯し子供は勿論、大人だって自由に出歩いていい時間ではない。
ただ、例外として。
今日だけは誰も二人を咎めはしなかった。
「大丈夫だって、あいつは」
「やめて!」
男の言葉を、少女は叫びながら止めた。
「泣いていいんだぞ?」
「泣いたらもっと悪い結果になる。だから泣かない」
小さな体は小刻みに震えていた。
必死に何かと戦い、抗うかの様に。
そして、少女は膝を付き何かに祈るような姿勢を取る。
「もう一度、お父さんと喋れたらもなんでもあげます」
「?」
「私の持っている物なんでもあげます。もうお父さんと一緒にいたいとか願いません」
少女は小さく呟く。
両手を胸の前で組み目を瞑りながら。
「全部お母さんが正しかった。だから……お願いします。私の全部あげますから。お父さん……だけは」
「……」
嗚咽が混じる声を必死に紡ぐ少女。
そんな姿を男は後ろで眺める事しか出来なかった。
歪で脆い少女の姿。
「もう喋るな。これを噛め。必死で噛め。そうすれば泣く事は無い」
男は小奇麗なハイブランドのハンカチを少女へと差し出す。
少女はそれを奪い取うようにしてひったくり、そのまま口に入れ込んだ。
口にハンカチを含み、体を小刻みに震わせ、一心に祈りを捧げる少女。
(俺たちが望んだ成果は間違いなく達成する……。ただ、違う。理屈ではないが、何かが決定的に間違っている……そんな気持ちになるな)
男はそんな思いを浮かべながら、ゆっくりと携帯を触り少女の姿を撮り始めた。
(後で見せてやる。これを見れば、お前はどう思う。俺はそれを知りたい)
祈り続ける少女は自分が撮られている事に気が付く事も無くただ、同じセリフを嗚咽の合間に繰り返し唱えていた。
■
気怠い。
体は重く、頭はズキズキと痛む。
ズンと頭の奥に響き続ける痛みのせいで目が覚めた。
「……起きるの遅いよ」
目を開ければ、少しむくれた表情を浮かべる少女がいた。
(ああ……そうか)
僕は全てを思い出し、理解した。
何が起きて、僕はどこにいるのか。
思い出したくもない。
だけど、幸いにも僕は生き残れたらしい。
「またユメに会えた。良かった」
その事実に僕はただただ安堵する。
「ううん。起きるの分かってたから」
ユメはそう言うと僕のベットに潜りこんできた。
「っ!」
ユメの小さな体が、腕にコツンとあたり、僕は小さな呻き声を漏らしてしまった。
「痛いの?」
「どうって事ない。時間さえ経てば直る痛みだ」
本当にそうだ。
体の傷なんて時間さえ過ぎれば簡単に消えるのだから。
僕はユメの心配を吹き飛ばす様に笑いかけた。
「お父さん」
「ん?」
「お話出来た。とっても嬉しい」
ユメも笑って、毛布で顔を半分だけ隠した。
「お父さん。私幸せだったよ」
「何言ってんだ。幸せになるのはこれからだぞ」
「……うん」
ユメは頷くと、すぐに小さな寝息を立て始めた
「ずっと起きてたのか……?」
相当疲れていのか、ユメはあっという間に夢の中へ落ちていっていた。
ほんの少し前まで起きていたのに……
「ありがとな」
多分ユメは僕をずっと看病してくれいたんだと思う。
病気の体で無茶をして。
安静にしていて欲しいと思うが、こればっかりは怒れない。
僕は小さな頑張り屋の頭を出来るだけ優しく丁寧に撫で続けていた。
■
「この犯人達、許せませんね!」
テレビの中の男が激しい怒りを見せる。
「彼は娘さん救うために募金活動してたわけでしょ?その募金を奪うだけならまだしも、どうしてこんな真似ができるかな!人としてあり得ないでしょ!!こんな事言ったら炎上するとおもうけどね、もうあえて言わせてもらう!こんな奴らさっさと刑務所入れて二度と出てこれなくしたらいいんですよ!!」
激しい身振りや過激な発言がその男がどれだけ怒っているのか示してた。
「ちょっと発言が過激になってきましたので、ちょっとVTRの方を。この男性の娘さん、実は男性と本当の父親ではないみたいなんですね」
「え?そうなの?」
「元々虐待されていた子供を引き取ったという事で、ちょっとそちらをまとめましたので」
アナウンサーが促し、画面が変わる。
そこにはユメや僕の過去が無駄なくまとめられ、全国へと流れていった。
「この後、さっきの怒っていたコメンテーターはお前が如何に頑張っているか力説する手筈になっている」
僕の共犯者がつまらない物を見るかのように、冷めた口調で言い放った。
全てはこの男。
僕の共犯者の計画通りに物事は進んでいた。
「さすがの仕事だな」
「効率的ではなかったがな、結果的に過剰だった」
「過剰?という事は?」
「もう動画を出す必要もない。目標額をはるかに上回る寄付が集まった」
「!!……そうか、そうかぁ!そうかっ!!」
気が付けば僕は力強く拳を握っていた。
全てが揃った!!
無理だと諦めていた。
出来る訳ないと思った。
何度心が折れそうになったか分からないけど、出来た。
達成できたんた!と心の底から
「本当に!本当にありがとう!!!心から感謝している」
隣の共犯者の手を握り。
僕は何度も頭を下げた。
そのたびに体がギシギシと痛んだが、そんな事はもうどうでもよかった。
「……いや、これで認める事が出来た。お前は十分に凄い奴だと。そして比べるのも無駄だという事がな」
「僕が凄い?違うさお前の方が俺なんかよりはるかに凄い!!」
僕は首を大きく横に振る。
この偉業が達成できたのは自分の力ではない事位とっくに理解している。
「覚悟が違った。俺がお前と同じ決断を出来るか?と言われれば、俺なら理由を付けて逃げるだろうな」
「いや、それが分かってるだけ僕より優秀だ。僕は直前になってそれに気づいて正直逃げだすところだった」
正直、僕はあと少しのきっかけさえあればあの場から逃げ出していた。
自分から提案し、覚悟も決まっていた……はずなのに。
それを最初から理解している方が僕なんかより遥かに優秀だ。
「それに純粋に楽しかった。お前とまた仕事をしたいと思うが、それが叶わない事も理解出来た」
「……ありがとう。だけどもう、ああいうのは御免だ。これからはユメと共に生きていくことが最優先だから」
「だろうな」
僕の共犯者は楽しそうに笑った。
とてもいい笑顔で、高級なスーツに身を包んだ彼の姿はどこか名のある俳優のようにも見えた。
「いい。俺の目的も果たされた。俺も本気で5年位仕事したら……」
「したら?」
「会社辞めて好きなことするかな、少しお前が羨ましくなった」
「知らないぞ?後悔しても」
「分からなくなったんだ。結果だけを求めるのが……正解なのか、な」
「今の僕には耳が痛い」
「そうだな」
そういって僕らは笑い合った。
親友とも仲間とも違う僕らの関係。
何と呼べばいいのかわからないけど、ただ凄く良い関係を築けたと思う。
「お父さん!」
後ろから響く声。
その声の主はドンと僕の胸に飛び込んでくる。
「安静にしてなきゃダメ!寝るまで私が見張る!!!」
僕の胸にすっぽりと収まる小さな体。
可愛らしい瞳は僕を睨み、細い腕にはギュと力が籠る
「一緒にいてやれ、手続きは進めてやる。来週には渡米できるだろうさ」
「ありがとう。本当に感謝してるよ」
僕はそう言って手を差し出し、固い握手を結ぶ。
こいつになら任せても平気。
そんな安心感があった。
もう何もかもが幸せ……だった。
想定していたお金が集まった事。
今まで0に違い可能性しかなかったのに、希望を得る事が出来た事。
なにより。
ユメと一緒に生きる未来が想像できる事。
その全てに僕は感謝した。
ただ、その幸せはすぐに瓦解した。
たった3日。
幸せの絶頂だったその日から数えてたった3日目。
ユメは自室のベット上でその短い命を終わらせた。
たった10年程度。
それがユメの生きた全ての時間だった。
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